ガートナー社の「ハイプ・サイクル」に見るAIの「過度な期待」のピーク期と幻滅期

はじめに 2012年に始まった第3のAIブームは、2015年頃から一気に加熱し、2017年頃に「過度な期待のピーク」を迎えました。当時、Think ITで「 ビジネスに活用するためのAIを学ぶ 」という連載記事を2017年10月〜2018年6月にわたって掲載し、また、筆者の会社のHPではAIの技術に関するブログ「 AI技術をぱっと理解する(基礎編) 」を2018年1月〜2018年6月まで掲載しました。そして、これらの内容をベースとした書籍「 エンジニアなら知っておきたいAIのキホン 」をインプレス社から2019年1月に出版しています。

https://thinkit.co.jp/article/18460

それから3年が経過した2021年、AIはどこまで実用化され、どこで壁にぶち当たっているのでしょうか。過度な期待はすっかり落ち着きましたが、AIは着実に社会のあちこちに浸透しています。一方で、本当はAIとは呼べない従来型のロジック処理を宣伝のためにAIと謳っている例も多く、実際にどのくらいAIが活用されているのかが見えにくくもなっています。

そこで本連載では「AIのキホン」の続編的なスタンスで、2021年現在のAIの実状を解説していきます。AIのキホンと同じく、前半は技術解説編、後半はビジネス活用編の2パート構成とします。

ハイプ・サイクルが示す
AIの社会浸透度

「AIがどこまで社会に浸透しているのか」を判断するのに便利なツールがアメリカの調査会社ガートナー社が毎年発表している「ハイプ・サイクル」です。これは、ある技術が登場したときにどのような関心を持たれて社会に浸透するかを表した曲線グラフで、その技術が今どのようなう状態にあるのかを「黎明期」→「過度な期待のピーク期」→「幻滅期」→「啓発期」→「生産性の安定期」という5つの段階に分けて表しています(図1)。

図1:ガートナーのハイプ・サイクル (出典:ガートナージャパン)

ハイプ・サイクルの5段階は、ガートナージャパン社のホームページで次のように定義されていてます。これによると、技術がビジネスに花開くには、いったん過度な期待から幻滅期を経て、ようやく理解が広まっていくことになるようです。

表1:ハイプ・サイクルの5つのフェーズ (出典:ガートナー・ジャパン)

フェーズ状況
黎明期潜在的技術革新によって幕が開く。初期の概念実証((POC)にまつわる話やメディア報道により、大きな注目が集まる。多くの場合、使用可能な製品は存在せず、実用化の可能性は証明されていない
「過度な期待」のピーク期初期の宣伝では、数多くのサクセスストーリーが紹介されるが、失敗を伴うものも少なくない。行動を起こす企業もあるが、多くはない
幻滅期実験や実装で成果が出ないため関心は薄れる。テクノロジの創造者らは再編されるか失敗する。生き残ったプロバイダーが早期採用者の満足のいくように自社製品を改善した場合に限り、投資は継続する
啓発期テクノロジが企業にどのようなメリットをもたらすのかを示す具体的な事例が増え始め、理解が広まる。第2世代と第3世代の製品がテクノロジ・プロバイダーから登場する。パイロットに資金提供する企業は増えるが、保守的な企業は慎重なまま
生産性の安定期主流採用が始まる。プロバイダーの実行存続性を評価する基準がより明確に定義される。テクノロジの適用可能な範囲と関連性が広がり、投資は確実に回収されつつある

世界と日本のハイプ・サイクル

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図2は2020年8月にガートナージャパン社が発表した「Original Postr-20200819" target="_blank" rel="noreferrer noopener">先進テクノロジのハイプ・サイクル」です。これはアメリカのガートナー社が発表した世界のトレンドですが、ガートナージャパン社は図3の「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル」も発表しています。日本の方はインフラ関連ということで対象が少し違いますが、この2つを見比べると興味深いです。

プロットの記号にも意味があります。安定的に使われるまでに必要な期間として、白丸は2年以内、水色は2〜5年、青色は5〜10年、黄色三角は10年以上要する技術であることを示しています。

図2:先進テクノロジのハイプ・サイクル2020 (出典:ガートナージャパン)

図3:日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル (出典:ガートナージャパン)

ハイプサイクルに登場するAI技術

2つのハイプ・サイクルの中からAIに関係するものをピックアップすると表2のようになります。登場している技術は「AIのキホン」でも取り上げたものが多く、これらは2017年の段階で少なくとも概念はありました。つまり、2020年のハイプ・サイクルに載るAI技術は、全く新しいものというわけではなく、AIが浸透するにつれ概念が形になってきたものが多いのです。そして、それらの多くが未だに黎明期にとどまっている状況が見て取れます。

表2:世界と日本のハイプ・サイクル(2020年のハイプ・サイクルよりAI関連を抜粋)

世界日本
黎明期自己教師あり学習(Self-Supervised Learning)
敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks)
アダプティブな機械学習(Adaptive ML)
コンポジットAI(Composite AI)
生成的AI(Generative AI)
責任あるAI(Responsible AI)
汎用人工知能
AIOpsプラットフォーム
エッジAI
AIプラットフォーム
過度な期待のピーク期組込型AI(Embedded AI)
説明可能なAI(Explainable AI)
エッジ・コンピューティング
幻滅期人工知能

日本の方は“インフラ・テクノロジ”と謳っているだけあってプラットフォームやエッジなどインフラ系技術が中心ですが、人工知能という看板キーワードが幻滅期に入っているのが少し気になりますね。

4年間のハイプ・サイクルの変遷

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AI技術の停滞感が少し気になるので、本当にそうなのか別の角度で見てみましょう。2017年から2020年までの4年間の「先進テクノロジのハイプ・サイクル」を比較し、この中からAIに関する技術のみピックアップして表3にまとめてみました。

表3:4年間のハイプ・サイクルからAI関連を抜粋

この表からは、以下の3つのことが読み取れます。

  • a. ハイプ・サイクルにはその時点のトレンド技術が登場
    前年登場した技術の多くは消えており、丁寧にトレンドを追跡するものではない
  • b. AI関連技術は、未だに幻滅期に到達していない
    幻滅期を経て啓発期(普及期)になるのだが、まだそこまで到達できていない
  • c. 未だに黎明期に登場する技術が引きも切らず
    未だに黎明期に新ピックアップが登場しており、まだまだ活性状態と言える

まとめると、まだまだ「黎明期」「過度な期待のピーク期」を抜け出せていないが、相変わらず注目度は高く勢いは衰えていないという状況が伺えます。

おわりに

日本では(たぶん、世界でも)、なんでもかんでも“AIによる”という枕詞を付けて「すごい技術」を強調する風潮があります。特にTVドラマなどでは顕著で、思わず微笑んでしまいます。しかし、AIビジネスに携わっている立場からすると、これらの多くはAI技術を使っておらず、ロジック処理で行っているか、架空の虚言である実態が透けて見えます。

では、AIは行き詰っているのでしょうか。確かに日本ではそんなムードも漂い始めています。しかし、世界に目を向けると全くそんなことはなく、相変わらずすごいスピードで膨張し続けています。日本ももっと食らいつかなければ差がますます開く、そんな危機感から再び連載を執筆することにしました。よろしくお願いします!