パナソニックグループは6月23日、同社のAI技術戦略について説明した。あらゆる顧客に素早くAIを届ける「Scalable AI」と、あらゆる顧客の信頼に応える「Responsible AI」に注力する姿勢を新たに示した。

パナソニックホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センター所長の九津見洋氏
パナソニックホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センター所長の九津見洋氏は、「これまで事業に使える技術をそろえることと、事業でAIを使いこなせる人を増やすことに力を注いできたが、今後はAI活用を加速するために、より多くの顧客に寄り添い、AIを届ける活動を強化していく」と述べた。
生成AIの活用については、社内業務の効率化を目的に「PX-AI」の全社導入を開始していることに触れながら、「PX-AIでは倫理的課題や業務における問題などを克服したり、学んだりしながら、経験値を積んでいる段階。こうした大規模言語モデルを持つ企業とのパートナーシップに加えて、パナソニックグループの現場から集めたデータを活用し、パナソニックならではの基盤モデルを活用した生成AIにも取り組む。生成AIには、2段構えで取り組むことになる」などと述べた。
パナソニックグループは、パナソニック コネクトが先行する形で、2月17日から「Microsoft Azure OpenAI Service」を活用したAIアシスタントサービス「ConnectGPT」の活用を始めた。これをベースにしたパナソニックグループ版AIアシスタントサービス「PX-AI」(発表当初はPX-GPT)を4月14日から活用している。
パナソニックグループのAIに向けた基本姿勢として九津見氏は、「AIの研究開発に専念するのではなく、実際の事業でお役立ちをすることが重要なテーマだ。AIは、事業で活用するための道具という考え方が前提にあり、デジタル・AI技術センターでは、それを使いこなす大工のような存在を目指してきた。今は大工の役割を果たす人を増やすことにも注力している」とする。

現在パナソニックグループのAI人材は1505人に上り、今後は自然言語に関するAI人材を増やしていくという。「AI人材は事業会社に多いが、組織横断のつながりが強く、コミュニティーを通じた連携もしている。そうした人たちが自律的にAIを導入し、活用してもらうための技術提供やインフラ構築を進めているのが、これからのデジタル・AI技術センターの役割」(九津見氏)
また、パナソニックグループでは、2014年から暮らしに関するデータを「Panasonic Digital Platform」に蓄積している。300万人以上のユーザーが利用する家電など30種類以上の対応機種から1兆8000億以上のデータ(レコード)を収集し、さまざまな商品での活用や、横断的な価値創出に向けた取り組みを行っている。九津見氏は「パナソニックのAIの特徴は、多様なお客さまの暮らしとつながることで、継続的に価値を提供できる点にある。これは他社にはないもの」と胸を張る。
さらに九津見氏は、幅広い事業のプロがAIを使いこなしている点も特徴の一つに挙げる。「2022年4月に事業会社制がスタートし、事業やお客さまに向き合う体制が強化され、お客さまやモノづくり、プロダクトを熟知した最前線の技術者がAIを活用し、大きなお役立ちができるようにった。これはドメイン知識の活用といえ、暮らしの領域や環境の領域でAIを活用した製品、サービス、業務改善の事例が数多く出てきている」と話す。
その上で今後は、「Scalable AI」と「Responsible AI」への取り組みを強化していく考えを明らかにした。

Scalable AIでは、わずかなデータで導入できるAI、多様なフィジカル空間へ簡単に実装できるAIを実現し、あらゆる顧客に素早くAIを提供するという。またResponsible AIでは、人間中心のAI活用を実現するために、AI倫理やガバナンスの仕組みと、信頼して使ってもらうためのAI品質保証により、あらゆる顧客の信頼に応えることを目指すと位置づける。
パナソニックグループのScalable AIは、基盤モデルと少数データで学習できることが特徴だという。
「基盤モデルの構築は、データ量を背景にしたパワー勝負だと先進的なAI企業に太刀打ちができない。だが、パナソニックグループだから得られるデータや、実業をしているからこそ得られるデータを中心にパナソニック版の基盤モデルを作り、事業の現場に適用していきたい。だが、基盤モデルが現場に直接フィットするとは限らない。そこで、現場にある少数データを使うことで、それぞれの現場にフィットさせる。現場にフィットするAIを、いかに早く作るかというところで価値を出したい」(九津見氏)
また、多様な物理空間にAIを簡単に実装することが重要だとし、製造現場で使用するロボットにAIを実装する際には、従来ならロボットの動き方や周囲の状況をデータとして与え、プログラミングをしたり膨大な強化学習を行ったりすることが必要だったが、世界モデルを活用することで、ロボットが置かれた物理環境の情報を獲得し、少ない思考回数で、それぞれの現場にフィットする環境適応力の高いロボティクスを実現できるという。
例えば、搬送ロボットでは、人やロボットが共存する環境で、人や障害物を安全に回避しながら、目的地にたどり着くために、ダイナミックにスケジュールを更新する技術が適用されている例があるという。

パナソニックグループでは、ロボット制御において大規模言語モデルと世界モデルの「Newtonian VAE」を融合し、自然言語文で指示する未知のタスクや動作に対して自律制御ができるか概念実証を行い、高確率でタスク命令に対応するコード生成とロボット制御を成功することを実証した実績についても説明した。
さらに、精度劣化の無いエッジAIを実現する取り組みも開始した。九津見氏は、「大規模なAIモデルを現場展開する際に性能を劣化させないロスレスAI技術を実現し、コンパクトなエッジハードウェアでも動作し、素早く展開することを目指している」などと述べた。
Scalable AIの適用事例として紹介したのが現場最適化CPSだ。工場などの現場をセンシングなどによって、デジタルツインとしてサイバー空間に同じ環境を構築する。シミュレーションで無駄を検出し、それを省いた最適な業務の実現や、エネルギーの効率利用が行えるようにし、既に社内外の現場で適用した実績があるという。
また、「1日導入キット」も用意する。技術者が現場に入り新たなセンサーを設置する。そこからセンシングして、収集データを基に分析し、最適解を示すといった作業をわずか1日で実施している。AIの現場実装を進めて、効果を早期に出すことにつなげているという。さらに九津見氏は、「製造、物流といった個々の現場だけでなく、BlueYonderのサプライチェーンシステムとつなぐことで、AIを活用しながら全体連携による最適化にも取り組んでいる」とした。
Responsible AIは、パナソニックグループ独自のAI倫理原則の制定や、その実践などを通じて、「信頼あるAI」を実現するための活動となる。
パナソニックグループは、2019年にグループ横断のAI倫理委員会を設置し、2022年8月にAI倫理原則を制定した。さらに、全社員向けにAI倫理に関する教育を開始したり、全社規模でAI倫理チェックシステムの運用を開始したりするなど、グループ横断でAIガバナンス体制を確立している。「データから実装まで一貫したAI開発プロセスの高度化により、責任あるAIの活用を加速している」(九津見氏)
また、AIの信頼性に対しては、要素技術と開発プロセスの両面からアプローチしていることも強調する。例えば、AIモデルの判断根拠を説明する「Explainable AI」、未知の情報に対して知ったかぶりをしない「Out-Of-Distributiondetection」、ツールを活用して品質検査および再学習を自動化し、AIモデルのアップデートを迅速化する「品質保証MLOps」などがあり、ブラックボックス化しがちなAIに対して、説明性や信頼性を担保するとともに、AI開発運用プロセスの保守の効率化も推進する。AIを業務に活用できる水準を維持する取り組みにも余念がない。

九津見氏は、「AI倫理は安心、安全をお届けするためのお客さまとの約束」と前置きし、「人間のための人間による人間に寄り添う責任あるAI利活用を通じて、一人ひとりの生涯の健康、安全、快適へのお役立ちを果たすことを目指している」とする。
ここではパナソニック ホールディングス 執行役員の松岡陽子氏が、2023年5月に米国カリフォルニア州で開催された国際会議「IEEE ISCAS 2023」で、責任あるAIについて講演し、その中で「For Humans, By Humans, With Humans」という言葉を使った。
AIのトップサイエンティストでもある松岡氏は、人間中心の考え方を軽視することなく、「Human-centric(人間中心)」な姿勢で顧客に向き合い、責任あるAIの開発と、活用を行うことが重要だとする。「責任あるAI」のポイントとして、常に人間とユーザーを中心に置き、その上で役に立つテクノロジーは何かを考える「人間のためのAI」、オペレーションループの中に人間を置き、人間がAIを制御する「人間によるAI」、非倫理的な使われ方を断固阻止する「人間に寄り添うAI」の3点が重要であると提言した。パナソニックグループでは、この基本姿勢をベースに、「責任あるAI」を活用し、社会変化に対応した一人ひとりに合った価値を提案できる「くらしのソリューション・プロバイダー」を目指すことを示して見せた。

さらに、パナソニックグループのAIへの取り組みを、「Not a Science Project」と位置づけ、「パナソニックグループの特徴はお客さまの私生活に密接に関わり、コンシューマー製品を提供する企業であること。家族のウェルビーイングを守り、より良くするために非倫理的な科学プロジェクト(Science Project)とは全く異なる角度から、倫理にアプローチしなくてはならない」とし、そこに、パナソニックグループが、責任あるAIの取り組む理由があることを示した。
この考え方が、パナソニックグループの「Responsible AI」の基本姿勢となっている。
一方、今回の説明会には、立命館大学 情報理工学部教授でパナソニックホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センター 客員総括主幹技師の谷口忠大氏も登壇した。

パナソニックホールディングス テクノロジー本部デジタル・AI技術センター 客員総括主幹技師(立命館大学情報理工学部教授)の谷口忠大氏
谷口氏は、日本初の「クロスアポイントメント」として、8割の時間を立命館大学で、2割の時間をパナソニックグループで勤務する。パナソニックグループでは、全社AI推進とAI研究チームの育成に取り組んできたという。
「社外からではなく、社内に入り一緒に活動をすることが大きな違いであり、共同研究とも異なる。AIの知識を特定のテーマを基に渡すという役割ではなく、社内の立場とアカデミアの立場を活用してさまざまなシナジーを生んだりオープンイノベーションにつなげたりする役割を担っている」(谷口氏)
パナソニックグループでは、「弱いロボット」と称する「NICOBO」を商品化しているが、ここにも、開発初期段階で谷口氏が関与したという。
「コミュニケーションロボットは失敗例が多いが、失敗事例を学ばずに取り組んで、また失敗するといったことが日本でも頻繁に起きている。ロボットとコミュケーションをしていると、ロボットが言語を理解して話していると感じてしまい、結果としてAIのインタラクションに落胆してしまうことが原因の多くを占める。『ChatGPT』でコミュニケーション力が一段上ったが、当時はまだそのレベルに達していなかった。NICOBOの開発者の話を聞いていると、豊橋技科大の岡田美智男先生が切り拓いた分野と親和性があると感じ、アカデミアの人脈を生かして両者を結びつけ、それが製品化につながった」(谷口氏)
また、パナソニックグループ内で谷口氏を中心に、「REAL-AI」と呼ぶ取り組みも実施している。AI分野の第一人者を招き、トップ人材の育成と先端技術の現場展開を加速する。Stanford AI Labや、UC Berkeley BAIR Commonsと連携し、最新AI技術の導入を促進したり松岡氏と米国AI組織との連携によってAIのインテグレーションやプラットフォーム化を共同で推進したり、先進AIを事業にスピーディーに実装することに取り組んでいるという。

「世界のトップレベルの研究を見ることが大切であり、また現場の応用と研究レベルにギャップがあってはいけない。事業の現場でも最適な最新AI技術を使えるようにすることが大切」と谷口氏は述べ、「Reaching the Top, Bridging the Gap !」との考え方も示した。