先進企業に学ぶマルチクラウド活用

現代の企業にとってクラウド活用はあたりまえ、「マルチクラウド」もDXを果たすための重要な施策として捉えられるようになりました。実際に先進的な企業は、どのようにマルチクラウドを活用しているのでしょうか。インプレスの田口潤氏が、ヴイウェムウェアの渡辺隆氏と共に、サワイグループホールディングスの竹田幸司氏とユニチカの近藤寿和氏へ両社の取り組みについて伺いました。

写真左から
株式会社インプレス
編集主幹 兼 IT Leadersプロデューサー
田口潤氏
サワイグループホールディングス株式会社
グループIT部 部長
竹田幸司氏
ユニチカ株式会社
情報システム部 シニアマネージャー
近藤寿和氏
ヴイウェムウェア株式会社
マーケティング本部 チーフストラテジスト
渡辺隆氏写真左から

株式会社インプレス 編集主幹 兼 IT Leadersプロデューサー 田口潤氏

サワイグループホールディングス株式会社 グループIT部 部長 竹田幸司氏

ユニチカ株式会社 情報システム部 シニアマネージャー 近藤寿和氏

ヴイウェムウェア株式会社 マーケティング本部 チーフストラテジスト 渡辺隆氏

すでにマルチクラウドもあたりまえ DXのための重要な戦略

株式会社インプレス
編集主幹 兼 IT Leadersプロデューサー
田口潤氏株式会社インプレス

編集主幹 兼 IT Leadersプロデューサー

田口潤氏

田口氏「マルチクラウド」というキーワードをよく耳にするようになりました。

渡辺氏複数のパブリッククラウドを用いたり、複数のパブリッククラウドとプライベートクラウドを組み合わせたりすることをマルチクラウドと総称します。ヴイウェムウェアでは、“複数のパブリッククラウドを用いる”という意味で使用するケースのほうが多いですね。

田口氏日本企業ではまだシングルクラウド──AWSならAWS、AzureならAzureを主に利用していて、ほかのクラウドを使ったとしていてもちょっとだけというケースが大半だと思います。とはいえ、1つのクラウドだけというのはリスクになりますよね。万が一ダウンしてしまうと、そのサービスは継続できなくなってしまう。

渡辺氏今のクラウドはマルチリージョン構成を採っているため、仮にどこかが落ちたとしてもリスクは以前よりも小さいと考えます。「こんなサービスを使いたいからA社を使う」「基幹に関しては長くいろいろなノウハウを持っているこのクラウドを使いたい」といった使い分けのほうが一般的じゃないでしょうか。

田口氏信頼性の問題やアプリケーションの特性、ほかにもベンダーロックインの回避という意味でも、ひとつのものだけを使っていくというのは、この先なくなっていくのでしょう。マルチクラウドは、すでに先進的な企業では現在のテーマになっているようです。

渡辺氏ヴイウェムウェアは2021年、5,000人以上の企業でITに携わる方を対象にアンケート調査を行いました。すでに70%もの企業がマルチクラウド環境を展開しています。

DXブームもあるのでしょうが、やはり顧客体験を変革していくための道具として、ビジネスを伸ばすためにマルチクラウドになっていったというところです。また過去2年間を振り返ると、グローバルでも働き方がどんどん変わってきています。そこでマルチクラウドを用いて、どこにいても最高の仕事ができるような環境を作っていこうという点もモチベーションとなっています。

IT部門がけん引するユニチカのクラウド戦術

田口氏ここからは、実際にクラウドを活用している企業から、ユニチカの近藤さんとサワイグループホールディングスの竹田さんに話を聞いてみましょう。では近藤さんから、ユニチカにおけるDXジャーニーについてお話いただきたいと思います。

近藤氏ユニチカでは、本社のホストは2018年に電源を落とし、2022年には事業所のホストも落とすことができました。デジタイゼーション(デジタル化)についてはペーパーレス化やMicrosoft Teamsの導入を進め、電話もMicrosoft Lync化しています。

デジタライゼーションについては、製品管理や生産管理、購買管理のシステム連携をやってきましたし、RPAにも早い段階で取り組みました。営業支援についても、CRMやデジタルマーケティングなどを採用しています。

ただデジタルトランスフォーメーションについて、当社の経営陣は、喫緊のリスクではないと判断し、全社的・組織的に取り組むという考えは持っていません。現状ではまだまだ、日本企業の経営者も同じ思いの方々も多いかもしれませんが、個人的には、日進月歩で先行している企業が多くなってきているのではないかと思っています。

近藤氏デジタライゼーションは全社的なトップダウンでなく、事業部のトップの判断で実施できるのではないかと私は考えています。ただし、情シスは関わらなければならない。要はやっぱりITですから、それを理解できる情シスは必然的にそういう立場にならなければならないと思ってます。

クラウド&マイクロサービスは環境変化へ俊敏に応えるための土台

ユニチカ株式会社
情報システム部 シニアマネージャー
近藤寿和氏ユニチカ株式会社

情報システム部 シニアマネージャー

近藤寿和氏

近藤氏基幹システムは2012年にJavaでリフォームしたのですが、中身はモノリシックのままなんです。現状の基幹システムは、契約業務1つを採っても、市販契約や市中買契約などが複雑化しています。30年もの積み重ねですから、ちょっと変更を加えるだけでも、どこに影響があるのか、テストにすごく時間がかかるんです。

そこで、短サイクルスピード開発に応えられるようなプラットフォーム、マイクロサービス基盤を追加で構築しようと考えました。市販契約などの小さな単位で、独立した小さなサービスを作ります。基幹システムがリクエストを受け取ったら、(それをインターセプトして)マイクロサービスへ処理を依頼するという仕組みです。これならば業務パターンの変更が他に及ぼす影響を抑えられます。私たちはMicrosoft AzureとKubernetesを用いて基盤を構築し、CI/CD環境も整備しています。

私はこうしたマイクロサービス化について、経済産業省の『DXレポート2』でも述べられているように“時代の流れ”、止めることはできない企業の目指すべき方向性だと捉えています。

ただし、DXは目的ではありません。ビジネス環境の変化に即して現状を変革していく、その目的を達成するための取り組みがDXです。ビジネス環境は常に変化するものですから、DXという取り組みも1回では終わりません。継続的に改良・改善を重ねながら、常に変化していくことが求められます。そのためユニチカでは、クラウド/コンテナ/マイクロサービスを、ビジネス環境の変化へアジャイル──敏捷に対応するための土台にしたいと思っています。

ステップ・バイ・ステップ サワイDXへの歩み

田口氏つづいて竹田さんに、サワイグループの取り組みについてお話していただきます。

サワイグループホールディングス株式会社
グループIT部 部長
竹田幸司氏サワイグループホールディングス株式会社

グループIT部 部長

竹田幸司氏

竹田氏沢井製薬は、従来のジェネリック医薬品の安定提供に加え、病気になる前の未病予防についても社会貢献していかなければならないと考えて、(幅広い事業へ)取り組みやすいホールディングス体制に移行しています。

私が入社した2015年度ごろ、デジタライゼーションを進めていく必要がある、セキュリティも保たなければならない、コストも湯水のようには使えない、ではITをどうしたらよいのかという悩みを抱えていました。

私が最初に取り組んだのは、当時4つあったデータセンターを統合することでした。また、オンプレミスのサーバー環境を数年ごとに更新する作業も、なんの価値も生み出さないという課題がありました。そこでAWSを用いて、全面的にクラウドへ移行していくことを決断したのです。

フェーズ2では、いろいろなITを導入していきました。コストコントロールという点で、クラウドは非常に効果的でした。そうしてIT化を進めていく中で、AWSにこだわらず、適材適所でいろいろなクラウドを使っていくのがよいのではないかと考えました。

とはいえ、乱立は避けなければなりません。ルールを作って、しっかりとした理由があればAWS以外も使っていこうと決めました。例えば、いま当社はゼロトラストへ移行しているところですが、ID管理はAzureを用いてAWSと組み合わせていますし、一部の業務ではGCPも活用するなど、マルチクラウド化が進んでいます。

フェーズ3の現在は「サワイDX」というものを作成中です。未病・予防の新しいビジネスモデルなど、業務改革型のDXと新規事業創造型のDXをうまく組み合わせて、新たなフェーズへ移っていきたいと思っています。

複数のクラウドを併用していると、コスト管理が課題となります。ベンダーからコスト削減の提案もありますが、それが最適かどうか、まちがいをどう補正していくかという点も課題になります。

そこで当社は「CloudHealth by VMware」を導入し、AWSのコストをリアルタイムに管理しています。どこに費用がかかっているのかわかりますし、どうすればライトサイジングできるかも提案してくれます。ベンダーと議論できるようになったことは非常に大きな効果です。また同時に「CloudHealth Secure State」を導入し、適切なセキュリティ設定になっているかどうか、見落としがないかどうかもチェックしています。

遺産の価値を生かしつつすばやく新しい価値も生み出したい

田口氏ユニチカの取り組みについて、竹田さんや渡辺さんはどう感じられましたか?

竹田氏コンテナやKubernetes、CI/CDなどの流行のキーワードをふんだんに採り入れて、かっこいいなあ!と思いますね。(笑)新しい技術をスタッフが学習・習得していくのはたいへんなはずです。

ヴイウェムウェア株式会社
マーケティング本部 チーフストラテジスト
渡辺隆氏ヴイウェムウェア株式会社

マーケティング本部 チーフストラテジスト

渡辺隆氏

渡辺氏他のお客さまと比べてもかなり進んでいると感じます。なぜこうした新しい技術を、率先して入れていこうと決められたのだろうかと。

田口氏そうですね。なにかきっかけはあったんですか。

近藤氏もともと先達が自分のビジネスに合わせて作ってきたスクラッチの仕組みには、何らかのビジネスメリットが隠されていると思っていました。とはいえ、もっと柔軟に、いろいろな要望へ、すばやく応えられないかなと考えていました。

システムリフォームを実施しても、どうしてもモノリシックなんですね。販売管理システムにある変更を加えるだけで8か月かかる。これはまずいということで、思い当たったのがマイクロサービス/コンテナだったのです。

田口氏人材育成についてはいかがですか。

近藤氏幸いにも優秀な若手がおりまして、彼らを中心に進めています。子会社時代の部下や外部ベンダーに協力してもらいながら、うまく人的リソースを配分しています。

田口氏モノリシックなものを少しずつマイクロサービスへ置き換えるという方法は合理的に感じます。渡辺さん、いかがですか。

渡辺氏大きい基幹システムと流行のデジタルサービスをどう組み合わせようかというときに、APIゲートウェイで吸収するアーキテクチャは増えていますね。

近藤氏お金があれば(1から)作り替えたいんですよ。ただ経営的にはNGだったので、苦肉の策というところです。

田口氏竹田さんは、この手法をどう思われますか。ちょっとやってみたいななんて思いますか。

竹田氏製薬業界では、規制の変化にすべて追随しなければなりません。人命に関わるものですから、さまざまなバリデーション(確認・検証)が必要になり、内製では対応が難しいのです。そこでパッケージ製品をうまく活用しながらやっています。うらやましく思うのですが、なかなかそこまでいけないですね。

予算が小さいからこそ適材適所でよいクラウドを選ぶ

田口氏サワイグループでは2015年、製薬業界としては早いDXジャーニーのスタートだったと思います。

近藤氏2015年ごろは、まだパブリッククラウドの安全性が確立されていなかった時期ですね。そこで決断されたのはご苦労があったのではないですか。

竹田氏当時は製薬企業でも、全面的にパブリッククラウドへ行ったところはなかったのかなと思います。私たちはAWSを採用しましたが、ジェネリック医薬品のデータが膨大すぎて、当時それを吸収できるインスタンスがなかったんです。検証してもパフォーマンスが出ないものですから、いったんプライベートクラウドへ基幹システムを逃がして、別のシステムから取り組みました。実は、基幹システムをAWSに持っていったのは2020年です。

田口氏2018年にはマルチクラウドに取り組んでいます。

竹田氏きっかけは米国子会社がAzureを使っていたことですね。情報共有にはAzureを経由しなければならないので。それからセキュリティ管理やゼロトラストのID管理はAzureのほうが適切なのではないかと、利用が広がっていきました。サーバーはAWSをファーストチョイスで選んでいます。Googleはメールやワークプレイスを利用しています。医薬品企業として、限られたIT予算でよいものを採り入れるには、積極的に新しいよい技術・クラウドを採り入れていく必要がありました。今も変わらない考えです。

田口氏ユニチカのマルチクラウド戦略はいかがですか。

近藤氏ユニチカではMicrosoftを主に利用していますが、個人的には、IoTやAIについてはAWSのほうが一日の長があるかなと感じています。

そこで、AWSに「砂場(サンドボックス)」を作ろうかと思っています。Azureにも開発環境はありますが、荒らされるのは嫌だと思うんです。自由にチャレンジできる砂場があれば、技術者を教育するための場にもなります。

また基幹システムも次の更改時期にはクラウド化したいと考えており、「VMware Cloud on AWS」などに注目してまして、一旦、基幹システム全体をクラウドに移行できたらと考えています。

その中でSoRの部分は無理にマイクロサービス化させる必要はないと思っていて、SoE部分を徐々にマイクロサービス化してSoR部分と上手くリンクさせていきたいですね。

田口氏サワイグループでは早いタイミングでコスト管理に注目して、CloudHealthなどを活用されていますね。

竹田氏私たちのIT投資・費用は、2015年から横ばいなんです。うまくコストをコントロールしながら、サーバー数は3倍近くに伸びています。CloudHealthは、この先どうしていこうかというときに、気づきにくいところを可視化してくれるのです。導入直後から大幅なコスト削減を実現しています。

田口氏確かにクラウド活用には課題も残されていますが、サービスや管理ツールも強化されて、乗り越えられることが可能になってきています。皆さんもぜひお二方のように、アグレッシブに技術を活用し、経営の革新へつなげていっていただきたいと思います。