第1回:なぜ今、改めてERPなのか

大手企業の統合基幹業務システム(ERP)の導入は一巡したと言われる。また、経済産業省のいわゆる「2025年の崖」においてもERPを含めた基幹システムの老朽化が課題として取り上げられている。ERPは過去のトピックに感じられるが、この印象と実態は異なり、いま改めてERPの導入や再構築を検討する企業が増えている。

なぜ今になって改めてERPを検討する企業が多いのだろうか。それは過去のERPブームの時に思い描いていた構想と、実際に実現できたことのギャップが原因ではないだろうか。かつてERPブームに乗った企業がERPの再構築を考え、まだERPを使っていない企業は昨今の環境変化の中、ERPがもたらす恩恵に注目する。そのような観点で、ERPの過去と現在と未来について整理をしてみたい。

今改めてのERPブーム

矢野経済研究所が発表した 「2022 ERP市場の実態と展望」によると、2021~2024年のERP市場の成長率は6%といまだに高い水準を見せている。

また、SAPジャパンがプレスリリースで公開した新たなERPプロジェクトは2022年に28件。情報公開を敬遠する企業が多い中でこの数字は多く、ERPブームはいまだに陰りを見せていない。


図表1:SAPジャパンが発表した2022年のERPプロジェクト

ERPの構想と実際のギャップ

多くの企業の経営層がERPに求めたことは、業務の標準化や経営の可視化、環境変化への対応力の向上といったものが中心であった。企業によってはこれらの目的に加え、事業のグローバル化への対応、最新技術の活用と総所得コスト(TCO)の削減なども加わる。しかしERPを利用する企業においてそれらの目的が実現できていなかったり、実現できたか判別が困難だったりすることが現実の多くである。

ERPを使った経営改革のプロジェクトを多くの企業はITプロジェクトとして進め、その中で既存ITシステムの老朽化対応やシステム置き換えと宗旨替えが行われた。その結果、経営層が期待した結果に至らなかったのではないだろうか。

そこでまず考えてみるのは過去の視点だ。経営層はERPに何を期待してきたか、という点から考察を始める。

ERPの過去

ERPで期待されてきた経営における主な恩恵は、「業務の標準化」「全体最適」「可視化」「リアルタイム経営」「データに基づく経営」などのキーワードに集約することができる。

業務の標準化と全体最適

その中でも多く挙がるキーワードは「標準化」や「全体最適」というものだ。だが、この言葉はビジネスにおいてどのような意味なのだろうか。曖昧語として使われることが多い言葉なため、話し手によってその意味が異なるし、ビジネスとしての意味を考えずに使われることも多い。その点が後段で述べるERP導入の問題の一因となっている。その本質的な意味が共有されていないために、いわゆる掛け声倒れが起きる。そこで、まずはその言葉が含む意味について、幾つかの視点で考えてみたいと思う。

スループットを最大化する全体最適

スループットという考え方がある。著名なビジネス書「The Goal」で取り上げられていたマネジメント手法「Theory of Constraints」(制約理論、TOC)と関連付けて考える人も多いだろう。これらの概念で取り上げられていることを例示すると、「購入する力:100個/時間」「生産する力:100個/時間」「品質確認する力:50個/時間」「販売する力:30個/時間」といったプロセスがあるとすると、「生産する力」をいくら上げても結果は良くならない、「販売する力」がボトルネックになるからだ。

製造業で生産力を強みとする企業は「生産する力」を120個/時間にしようとするが、スループット(時間当たりの処理量)に変わりはない。工場など現場を見ると品質確認の前に50個/時間の在庫がたまっていたりするので、品質確認の工程に目が行きがちだが、そこを改善してもスループットは30個/時間のままだ。ボトルネックを改善しなければ、結果は変わらない。

そこでプロセス全体を把握できるシステムを持つことで全体のプロセスを把握できるようにすることと、個別で最適化しがちな現場に対して全体最適なプロセスの型紙としてERPを利用し、業務改革を推進する。

ERPはBusiness Process Re-engineering(顧客視点での業務再設計、BPR)のための道具という主張もこれに近しい考え方だ。ERPによる標準化を通じて全体最適を実現し、スループットを向上させるという経営に対する利益になる。


図表2:スループット

拠点をまたがる全体最適

例えば、A拠点、B拠点にはそれぞれに独自のやり方が存在し、普通に拠点を増やしていけば、自然とそれぞれの拠点で業務プロセスが形成されていく。経営者の目から見ると、同じようなことをやっているA拠点とB拠点、C拠点があれば、それぞれを比較したい。そしてA拠点のやり方が優れていれば、B拠点にも展開して業務を効率化したい。

また、A、B、Cの各拠点を集約することで効果があれば、そうしたい。しかしバラバラのやり方を行っている限り、比較も集約もできない。

全ての拠点が標準的なやり方をしているのであれば、比較も集約もしやすい。それぞれの拠点に歴史や積み重ねてきた工夫がある中で、標準プロセスを描けないのであれば、ERPの標準プロセスに合わせる形が一つのやりようである。


図表3:拠点間の全体最適

属人性の排除と組織の柔軟性の向上

先に挙げた拠点の話の解像度を上げていくと、個々人の工夫やその結果としての個々人の特殊性に行きつく。とても優れたやり方を行う人がいる。その人がやると成果が高い。でも、他の人ではまねできないし、実はその本人しかできない/知らないこともある。このような風景はどの企業でも見られるものではないだろうか。

この風景、経営者の目からすると別に見えるかもしれない。働く人々の配置換えが困難になるし、後継者に引き継ぐことも難しくなり、組織の柔軟性を低くしているという捉え方もできるだろう。業務を標準化することで、特定の分野ではパフォーマンスが下がったとしても、組織の柔軟性を高めることになる。

そうした業務のノウハウが豊富なベテラン社員を説得することは非常に困難である。「あなたがこれまで重ねてきた工夫は今後取り止め、標準的な業務プロセスを実施してもらう」という言葉を想像すると、その困難さは想像に難くない。そこで悪役としてのERPが役に立つ。「システムを置きかけることにしたので」という枕詞がつくことで説得の難易度を下げることができる。

経営の可視化と即時のデータに基づく経営

上述のような形で標準化がされた業務プロセスとそれを支えるシステムがあることによって、全体最適が成されるとともに、経営の可視性は大きく向上する。

ヒト・モノ・カネの経営資源が即時に見える

工場に行けばモノが見えるし、経理部門に行けばカネを知ることができる。経営層がいる部屋からは何が見えるのか。そこで見えることは各部門から定期に送られてくるレポートだ。各部門である時には恣意(しい)性を持って加工されたレポートを見てさまざまな経営の判断をしなければいけない。ここで何か情報が欲しいと言った場合には、1カ月などの期間を待って各部門にレポートを作ってもらうことが必要になる。そこで出てきたレポートが感覚と異なる際は、そのレポートが正しいのか、という点についての精査も必要となる。

ERPがあることで、ヒト・モノ・カネの経営資源が即時に見ることができる。信頼できるファクトが即座に手に入り意思決定に利用できる。

拠点や時間をまたぎ、比較や相関性が見える

いまこの拠点のパフォーマンスは良いのか、悪いのか、改善の余地があるのか。それを考える際には比較が必要であり、単体のデータだけを見ても分からない。その際の比較対象は何か、複数拠点に展開しているのであれば同じ役割を担う他拠点であり、過去との比較、そして同業他社との比較になるだろう。業務の標準化がされていれば、その比較も容易に行うことができる。また、それぞれの数値の相関性についても現在の人工知能(AI)の技術を用いれば簡便に把握することができる。

見るべき視点で見える、「見せる化」する

最近は投下資本利益率(ROIC)という指標と、ROIC経営と言われるような手法への着目が高まっている。一昔前は自己資本利益率(ROE)や総資産利益率(ROA)、利払い前・税引き前の減価償却前利益(EBITA/EBITDA)などの指標がもてはやされてきたし、工場に行けば歩留率や労働生産性や原価率などの指標が存在する。実際、適した切り口で指標を継続的に見ることで改善につなげることも可能だし有益なものである。

一方で、このような指標を使いこなせる人はどれくらいの割合なのだろうか。また、継続的に業務の一環として見ている割合はどれくらいなのだろうか。ERPに内包され常に自動的に更新し続けられていて、毎日出勤とともに指標が自動的に表示される、そのような環境があることで、見るべき指標を見るべき人が継続的に確認し業務を改善するといったことを実現できる。「見える化」を超えた「見せる化」により幅広い層の改善を加速できる。

データに基づく経営

データに基づく経営、一歩踏み込んでデータドリブン経営を実現したい経営者は多い。経営層、管理職層、現場と、日々の業務の状況と結果をデータ化し、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)のPDCAサイクルをそれぞれの単位で回す姿だ。

例えば、これまで経営層には月に1回の経営会議に向けて担当者が粛々と分析レポートを作成してデータが与えられてきた。しかし、その分析レポート作成の過程で恣意(しい)性があったり、そもそものデータが間違っていたり、必要なデータがそろっていないことも多かった。

ERPによって日々のデータが発生源で入力され、その時の最新の状況が経営層だけでなく、管理職層や現場にも分かり、生かされるようになる。


図表4:企業全体としてのデータドリブン経営
経験と勘の功罪 叩き上げの経営者の多くはデータを見なくても適切な意識決定ができる。これまでその企業が成功してきたことが証である。また現場ではデータがなくても業務は回ってきたし、日々の業務改善も行われてきた。そしてそれらの判断の質はデータに基づく判断よりも正確なことが多かった。いわゆる職人芸というやつだ。

ただし、これらの経験と勘で行われた決定はその人に依存する。「誰々さんが言ったことだから正しい」と「誰が」言ったのかに依存することになる。また、その再現性が乏しいため、後任者は同品質の意思決定が困難であるし、間違った判断をした際の検証や改善も難しい。業務標準化の段で述べたが意思決定の場面においても「属人性」が課題となるのだ。データに基づく経営は意思決定の場面における属人性の排除にもつながる。

ERPの過去から現在へ

ここまで経営層がERPに期待してきたことについて述べた。IT部門の読者はきっと大きな違和感のある話だったのではないだろうか。既存システムの老朽化対策だったり、古くは2000年問題であったり、そのような話を期待していたのではないだろうか。

今回は特に経営者の視点を重視し、特に「ERPを使えばBPRが実現できる」と信じた経営者が多かった時を振り返った形である。さて、これらの経営の期待を実現できた企業はどれほどあるのだろうか。次回は実際にERP導入企業で起きた課題について見ていきたいと思う。

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