9年で140店舗展開/グロース上場を果たしたサンクゼールのDX──ゼロからの“内製化”に成功のヒント

 信州斑尾高原でのペンション経営からジャムの製造・販売に転じ、ワインやパスタソースなど商品を広げてきたサンクゼール。食品ブランド「サンクゼール」「久世福商店」「Kuze Fuku & Sons」を軸に、商品企画から製造・店舗運営まで一貫した製造小売を展開している。同社は2013年頃からIT組織を強化してシステム内製化に着手、2022年12月に東証グロース市場に上場を果たした今もDXを推進している。今回は、IT組織をけん引してきた同社のキーパーソンに自社開発システムとSaaSなど外部サービス切り分けのポイントをはじめ、内製化、DXを軌道に乗せるまでについて訊いた。

大人気店舗を支えるITシステム、長野で“ゼロから”はじめた内製化

自然豊かな長野県飯綱町に本店を構え、日本だけでなく世界にもファンを抱えるサンクゼール。ショッピングモールなどで久世福商店といった店舗を見かけた方も多いのではないか。そんな同社は、IT戦略やDX戦略が功を奏して事業拡大を続けており、これをリードしているのがサンクゼールで全社DX推進室 室長を務める宮本卓治氏だ。

わずか9年で「久世福商店」140店舗を展開、2022年12月21日にはグロース市場に上場している

写真提供:サンクゼール

同氏は、行政システムを開発するITベンダーでエンジニアとして、またマネージャーとしても経験を積んできた人物。2016年頃、IPOを目指すため、ITによる統制や業務プロセス改善が求められていたサンクゼールは、DX関連組織の前身である情報管理部を拡充・強化するタイミングに差し掛かっていた。当時について宮本氏は「ちょうどアジャイル開発といった最新の開発手法に興味を持っていた頃でした。設計書ベースではなく、実務のメンバーといっしょにお客様の期待に応えることができそうな点に魅力を感じ、思い切ってサンクゼールに飛び込みました」と振り返る。

現在サンクゼールでは、自社開発システムとSaaSを組み合わせて業務を遂行している。たとえば、契約書審査・管理などには「LegalForce」「LegalForceキャビネ」を利用しているという。同社経営サポート部 総務法務人事課 係長の伊藤祥氏は、「上場企業として個人情報管理やセキュリティ強化など注力しています。当社はフラットで風通しの良い文化が醸成されており、全社DX推進室をはじめ、どの部門とも気軽に声をかけあい連携しています」と語る。ITを活用することで事業が伸長している、まさにDX先進企業とも言える同社だが、起業当初から今のような企業文化があったわけではない。

サンクゼールは現在、サンクゼールと久世福商店をあわせて全国に150以上の店舗を運営しているが、情報管理部が設置されたのは2013年。当時は約30店舗を運営している状況にあった。店舗数拡大にともない、取り扱う商品点数も増えており、サプライチェーンから店舗管理まで、人手による業務負担が高まっていた。そうした課題を解決しようと、IT人材を集めることで情報管理部をゼロから発足させたのだ。

「情報管理部の発足当時、ERPやPOSシステムなどは外部サービスを使っていましたが、スムーズなシステム間連携が出来ておらず、出荷指示やレポートのためにスプレッドシートで集計する作業が発生するなど、従業員の負担が増していました」(宮本氏)

サンクゼール 全社DX推進室 室長 宮本卓治氏

写真提供:サンクゼール

IT人材の積極採用に舵を切ったサンクゼールでは、自社開発システムによって業務の自動化・省力化を推進。この成功体験から、社内の業務システムの自社開発比率を高めていくことに。その初手として取り組んだものが“データ連携の効率化”であり、地道にデータベースを整理していくことで、出荷指示や分析レポートの自動化を実現している。

サンクゼールには、早いときには会議中に議論をしながらプロトタイプを作り上げ、すぐに利用者のフィードバックをもらえるアジャイルな開発環境があります。当初は、圧倒的なスピード感と低コストで実現できたことに驚きました。前職での行政システムの作り方とは根本的に異なり、MVP(Minimum Viable Product:最小限のプロダクト)を育てていくことを基本的な考えとしています。思い描いたものをすぐに実現できる『アジリティ』と、素早く軌道修正できる『適応力』の2つが自社開発のメリットです」(宮本氏)

その後、購買管理や生産管理、在庫管理、店舗での販売管理、POSレジ、勤怠管理など、自社特有の機能が求められるシステムは、すべて自社開発システムに変えていると言うから驚きだ。

店舗拡大の中でコロナ禍に、逆境を乗り越えた鍵は「リテールDX」

内製化が進み、各種システムが拡充してきた2018年頃、今度はEC(Eコマース)の重要性が高まっていた。オンライン通販をはじめ、デジタルマーケティングやアクセス解析の強化に着手するなど対応を進めていた矢先、2020年のコロナ禍により、実店舗が大きな打撃を受ける。多くの店舗が休業となり、客数も減少。これを契機にECの強化に拍車がかかり、いわゆる「リテールDX」に取り組むことになる。

顧客のスマートフォンアプリとPOSレジを連携する仕組みを作り、それまで外部サービスを利用していたECシステムを自社開発。顧客IDの統合管理を実現した。ECシステムを内製化することで、たとえばオンライン通販におけるメッセージカードサービスを追加機能として開発するなど、顧客の声にスピーディーに応えられるように。また、顧客とのデジタル接点が出来たことで、オンラインコミュニティを立ち上げ、顧客との対話を促進するなど新しい施策を次々と打てるようになった。

「これまでのEC事業におけるマーケティングとしては、市場分析やSNSなどの調査に閉じていました。店舗とECを包括する『デジタルプラットフォーム』を内製化したことにより、一人ひとりの声により耳を傾けることが出来るようになっています。たとえば、主なブランド認知のきっかけが店舗ディスプレイであること、メッセージカードサービスはお祝いよりもお礼に使われていることなどに気づくことができるなど、より効果的なマーケティング施策を打てるようになりました。結果として、店舗会員数におけるファン層の比率が右肩上がりに伸びています」(宮本氏)

自社システムとSaaSの使い分けも肝心、ローコード/ノーコードツールによる全社的なスキル向上も

コロナ禍におけるリテールDXの施策が功を奏したこともあり、2022年にはDXをより前進させるために“全社DX推進室”を発足。各事業部の成長戦略を実現するため、DXの方向性や実現手段を策定する社長直轄の部門だ。

社長直轄で「全社DX推進室」を発足、DX加速を狙う
画像提供:サンクゼール

DXの目的は、業務全体の課題解決。自社開発の良さを実感している一方で、必ずしもそれに固執することなく、外部サービスも要所で利用している。導入後にフィードバックを得て改善していくべきシステムは自社開発を行い、導入後に変更なく利用できるシステムについて外部サービスを選択する。たとえば、法改正など専門領域の知識が必要な法務や経理、給与システムなどには外部サービスを利用しているという。

たとえば、前述していた「LegalForce」については、法務の負担軽減のため2022年5月に本格導入されている。

「当時、業務が拡大していく中、一人で法務を担当していたこともあり、タイムリーに契約業務が出来なくなっていました。そんなとき全社DX推進室の発足によってDX推進の機運が高まったこともあり、LegalForceを導入しました。法務担当でなくても契約書を見られる状態になり、法務業務の専門知識のないメンバーも1次レビューを行えるようになるなど負担が減っています。現在は人員を増やしながら、スピードや品質の向上のために役立てています」(伊藤氏)

サンクゼール 経営サポート部 総務法務人事課 係長 伊藤祥氏
写真提供:サンクゼール

全社DX推進室長として宮本氏は、内製化文化が醸成されている中でのSaaS導入について「DX部門のリソースには限りがあります。そのため、法務や経理、マーケティングなど各業務部門が自走出来るという点において、SaaS導入は良い選択肢です。導入においてデータ連携などが必要になりますが、その部分さえクリアできれば各部門が主導していけますので、非常にうまく活用できていると思います」と話す。

また、全社DX推進室が次に目指すのは、社員一人ひとりのITスキル向上だ。ECプラットフォームの内製化によって、HTMLやCSSなどのスキルがなくともサイト更新やメッセージ配信ができるようになり、データ分析やレポート作成を得意とする人材も増えている。今後は、SQLやRPA、ローコード/ノーコードツールの勉強会や成功事例の共有によって、社員一人ひとりのITスキルを向上させ、“自発的な改善活動”に取り組める体制を構築したいという。

ITの専門人材ではない事業部門側の社員による改善活動が継続的に行われ、これまでより課題の発見と解消のサイクルが早くなる。その結果として業務負荷が減少し、作業品質は向上するなど事業全体の収益も高まる好循環が生まれると考えている。

最後に宮本氏は、「私たちは自社開発によってアジリティと適応力を得ることができました。そのためにはIT人材が必要です。採用コストを負担する印象が大きいと思いますが、メリットは大きいと言えます。IT人材と呼ばれる人たちも、決してベンダーやSIerだけが活躍の場所でなく、事業会社でも活躍できると思います。(2023年3月取材時点)全社DX推進室には11名のメンバーがいますが、システム開発や導入、運用だけでなく、新たなDXの構想立案や業務改善相談、DX教育なども行っています。『内製化によるDX』に取り組むことで、多くの人材が活躍できる場を作ることが、ビジネスを勝ち抜く力になり、日本の経済・社会にとっても理想的な未来が描けると思っています」と、DXに取り組む人たちへメッセージを送った。

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