DX大賞受賞の日本郵船が取り組むデータレイク──IoTデータでトラブル未然防止と運航船舶ケアの両立へ


 世界貿易の9割以上(重量ベース)は、海上輸送により支えられている。海運なしに世界経済は成り立たない中、世界には船舶燃料の価格の高騰や環境規制の強化、労働力不足など様々な課題がある。これらの課題を解決するために、海運業界でもデジタル化を推進してDXに取り組むことが求められている。そうした中、日本を代表する海運会社である日本郵船は、経済産業省、東京証券取引所、独立行政法人情報処理推進機構が主催する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2023」において「DX銘柄」に選ばれ、さらに「DXグランプリ企業」にも選定。そこで、同社のDXの取り組みについて話を訊いた。

経営戦略を支えるDXに加え、船舶IoTデータの活用に積極的に取り組む

日本郵船では、2023年度から開始する4年間の中期経営計画『Sail Green, Drive Transformations 2026 – A Passion for Planetary Wellbeing –』(PDF)を策定し、取り組んでいる。これは2030年に向け、「総合物流企業の枠を超え、中核事業の深化と新規事業の成長で、未来に必要な価値を共創します」という、同社のありたい姿を目指す戦略となっている。

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経営戦略は(ABCDE-X)と表現されており、既存中核事業の深化と新規成長事業への投資となる「AX(両利きの経営)」、将来の戦略的成長事業への挑戦となる「BX(事業変革)」が戦略の基軸となる。そしてこれらを支える戦略として多様性、多元性を確保する「CX(人材・組織・グループ経営戦略)」、デジタル基盤の整備を推進する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」、脱炭素戦略の本格化となる「EX(エネルギートランスフォーメーション)」がある。

DXは、両利きの経営である既存中核事業の深化と新規成長事業の開拓を支える戦略であり、そのためのデジタル人材の育成、自律自走のDX組織づくりなどDXのための基盤整備がある。

その上で「トランスフォーメーションを支える基盤としてデジタルを活用していく環境を作るのが我々の仕事です」と語るのは、日本郵船 DX推進グループ長の塚本泰司氏だ。データとデジタル技術を活用して様々な改革を行い、競争上の優位性を確保する。日本郵船でまさに現在取り組んでいるが、本当に活用できるデータがあるのか、さらにはデータを活用する文化が定着していくのか、これらは解決するべき大きな課題という。

日本郵船 DXグループ グループ長 塚本泰司氏

一方で全社規模での新たなDXの取り組みとは別に、日本郵船では船舶系のデータ活用は既に10年以上前から取り組んでいる。データを揃え、活用する人材を育てることも既に行ってきている。その結果として予防保全なども実現されており「まさにDXの成功事例の1つになっています」と塚本氏は語る。

このようなDXを進めるには、改めて人が重要であり、すべての人がデータを用いファクトに基づいた考えで進める必要がある。そしてこれから様々な改革を実践するには、新しいデジタル技術も欠かせないと指摘する。DXのためのデジタル活用には、当然ながら安全かつ安定した基盤が必要であり「ここも絶対忘れてはなりません」 と塚本氏は語る。

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日本郵船では、DXの0丁目では当然あるべきものとして「基盤」を整えてはいる。そして1丁目では、基盤の上データを整え、2丁目で業務を整える。そして3丁目では組織横断でデータを用い新しいアウトプットを生み出していく。

このDXの1丁目、2丁目、3丁目をキャッチフレーズにDXの推進を始めており、その1つ事例として船舶に各種センサーを取り付け、通信でデータを集め、それらのデータの活用を行う取り組みがある。これは日本郵船だけでなくグループ会社のNYK BUSINESS SYSTEMS、Monohakobi Technology Institute(MTI)と共同での取り組みとなっている。

船舶からのIoTデータに機械学習技術を適用し、異常検知の自動化を実現

船舶から得られる様々なデータを蓄積し活用できるようにしているのが「NYKシップデータプラットフォーム」だ。ここには船舶に取り付けた各種センサーから、SIMS(Ship Information Management System)というデータ収集装置によってデータを収集し、船上から陸上のサーバーに送信される。他にも外部から購入したAIS(自動船舶識別装置)のデータなどが蓄積されている。

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これらの情報は、研究開発を行っているグループ会社のMTIで様々なデータ分析に利用される。また、外部にデータをリアルタイムに提供するものもある。他にも日本郵船社内のユーザー部門にデータを提供し、BIツールを用いレポートを作成するなどの用途にも使われる。

さらに集められたセンサーデータは、船舶の安全運航を支えるための早期異常検知に利用されている。SIMSには主にエンジン系データを収集するデータロガーから温度や圧力油量などのデータを集めている。さらに航海系データである本船位置情報、風向、風力、スピードなどの情報を集め、陸上にあるサーバーに送る。

SIMSは2008年に最初のバージョンとなるハードウェアを開発し、その後2014年、2021年に順次更新し現状はSIMS3となっている。SIMS1のころは通信の帯域幅が狭く、センサー情報の種類も少なかったという。それが2014年にSMS2となり、データロガーでエンジン系のログデータや航海データ記録装置のデータを収集できるようになり、それらをすべて陸上に送ることが可能となった。

「とはいえSIMS2では1時間に1回のデータ送信でした。それがSIMS3になり昨年の後半くらいから粒度を細かくし、1分に1回の送信になっています」と解説するのは、船の現場視点から提言する、日本郵船 海務グループ グループ長代理 機関長の山田省吾氏だ。

日本郵船 海務グループ グループ長代理 機関長 山田省吾氏

この膨大な情報を船舶管理会社や本社の様々な部署が活用できるよう見える化をしている。それぞれの部署の視点で、現状がどうなっているかの把握に利用できるようになっているのだ。「重要なパラメータをトレンドや散布図で見られるようにしています」と山田氏。

たとえば、見える化を実施したシステムの1つに「Anomaly Detection System」がある。これは、パラメータの異常な振舞いをできるだけ早く検知するためにスコア化し、パラメータの異常度を示すようにしたものだ。「Data Quality Management System」では、データを取得している際に衛星通信が途絶えたり遅延が発生したり、あるいはセンサーが壊れていたりでデータの質が下がっている状況を見える化をする。

「センサーが壊れて海水温が70℃と言ったエラーデータは集めたくありません。そういったものをいち早く検知できるようにしています」と山田氏。エラーが含まれたデータを分析しても、出てくる結果はエラーとなる。それを排除するのは重要なことであり、この開発には苦労したと解説に力を込める。

当初現場からは揶揄も。今では必要不可欠なものへ

2021年のSIMS3からは、取得できるデータが増えたことでやりたいことがかなりできるようになったそうだ。情報の粒度を細かくしたことで、異常の検知なども迅速に行えるようになっているのだ。これらのデータはRemote Diagnostic Center(RDC)でモニタリングすることで、運航船舶の安全性と効率化向上に活用しており、今後もさらにこの体勢をブラッシュアップする。

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とはいえ、このような仕組みがなくてもこれまで船舶を運航できていたこともあり、現場レベルでこれらの情報の活用は、「余計な手間仕事」にも捉えられ懐疑的な反応もあったという。現場には新しいものを取り入れることに嫌がる部分もあり、データ活用の仕組みを浸透させるのは「当初、現場からはほとんど奇異の目で見られていたと思います」と山田氏は振り返る。

そういった中で、小さいながらも現場が納得でき、便利だと感じる成果を出し成功体験を味わってもらう。それを積み上げることで、徐々に現場でも理解を得られるようになった。今ではこういった情報が見られないのかと、現場から要望が出るようにもなっている。

以前は船が一度出帆してしまえば、以降は船の上だけで運航は完結するしかなかった。運航中に何らか問題があっても、修理は乗組員によって行うしかなく、陸上では事後に報告を聞くだけだった。今は、それがかなり様変わりした。運航している船舶の状況を陸上から多くの目で監視し、大きなトラブルに発展する前の対処を可能にしている。とはいえ監視する目が増えれば、監視そのものを行う人的な負荷は高くなる。そのために異常の検知を自動化するためのアプリケーションを構築している。

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「異常検知システムが出す結果が100%正しいわけではありません。若干閾値を緩めて多めに検知するようにして、あとは人がフィルターをかけます。それは、モニタリングをしている海技者(エキスパート)の仕事としてやってもらいます」と山田氏。

異常の検知は閾値だけでなく、範囲内での値の振る舞いを監視している。そのための機械学習のロジックを作り、それを用いて検知し自動でアラートが出るようになっている。検知された異常は、エキスパートの付加情報を加えて現場に送られ対処することになる。

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船上では、機関士などが見るべきデータは極めて多い。それらを限られた人数で常に監視することは不可能だ。結果的に閾値を超えアラームされたものだけを見て対処することとなる。一方で安全で効率的な運航には、大きなトラブルに発展する前段階で異常を検知し早めに対処することが求められる。

それにはセンサーデータの振る舞いを見る必要があり、機械学習の活用と陸上からモニタリングを行うエキスパートが検知結果を精査することで実現している。このようなデジタル技術と専門知識を備えた人間が協調することにより、トラブルなどへの早期対処が可能となっているのだ。日本郵船では将来的に、現在現状陸上で使っている異常検知のロジックを船の上のオフライン環境でも利用できるようにすることも視野に入れている。

日本郵船のDXの取り組みは、船舶運航におけるIoT活用のようにかなり進んでいる部分もある。進んでいるところはさらに先に進めるよう強化を図る。それと並行して、中期経営計画に掲げている社内全体でのDXの取り組みは「全社員1人ひとりが取り組めなければなりませんが、そこはまだできていません。今後の課題です」と塚本氏。

最後に塚本氏は、海運事業における同社のさらなる改革について力を込めて語った。

写真左から、日本郵船 DXグループ グループ長 塚本泰司氏、Monohakobi Technology Institute 船舶物流技術グループ 機関ソリューションチーム ユニット長 プトゥ・ハンガ・ナン・プラヨガ氏、NYK Business Systems 海務工務システム部 王維氏、NYK Business Systems 海務工務システム部 課長 丸野由紀子氏、

日本郵船 海務グループ グループ長代理 機関長 山田省吾氏

「1人1人がDXに対しできることを増やし、組織全体にデジタルの活用を浸透させる。そのためにもデータを当社グループ個社に閉じるのではなく、業界にも広げオープンエコシステムの取り組みを当社が主導して行きたいと思います」(塚本氏)

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