必要なのは“ビジネスとデジタルをつなぐ人材”──創業150年を目前とするサッポロビールのDX戦略

 サッポロホールディングスは、2023年から2026年のグループ中期経営計画において、経営基盤強化の重点施策の一つにDXを掲げ、2022年3月には「DX方針」を策定した。また、これを推進するための施策として2022年3月に「DX・IT人財育成プログラム」を開始し、2023年も同プログラムを継続。さらに、育成した人材が活躍できる環境の整備として、社員が自発的に起案したDX企画の検討や実現を支援する「DX イノベーション★ラボ」を同年5月より運用開始している。これらの取り組みからも分かるように同社では、DXを推進するための大きな柱に「人財育成」を据えている。2026年で創業150年を迎える“老舗企業”の同社は、どのようにIT人材を育成し、変革を進めようとしているのか。サッポログループのDXを牽引するサッポロビール 取締役 執行役員の牧野成寿氏に話を聞いた。

「Beyond150」に向けたDX基盤作りを

牧野氏は1996年に新卒でサッポロビールに入社。営業からキャリアをスタートさせ、営業本部や人事・生産技術など幅広い経験を積んだという。その後、海外での事業立て直しやサッポロホールディングスでのグループ全体の構造改革、長期経営計画の浸透の指揮を執った経験も持つ。

同氏は現在、サッポロビールの取締役として経営企画、広報、そしてDXを推進する改革推進部の責任者を務めている。中期経営計画のアップデートを行い、計画達成の確度を高めていくための具体的な施策の展開に取り組んでいるところだ。

サッポロビール 取締役 執行役員 経営企画部 広報部 改革推進部 担当 兼 改革推進部長 牧野成寿氏

サッポログループの中期経営計画では、経営基盤強化に向けた重点施策の一つにDXのほか、人材戦略も重要な柱として位置づけられている。同社は2026年で創業150年を迎えるが、中期経営計画の基本方針では「Beyond150」を掲げる。150年のその先を見据え、「ちがいを活かして変化に挑む」ことを目指しているのだ。これを達成するために、人材の育成・確保は重要な施策だという。牧野氏は「サッポロビールは、あくまで大衆消費財の食品製造とその販売を担う企業」であるとし、デジタル導入が目的ではなく、デジタル最適化によりビジネス変革を起こせる人材の育成を目的にしていると強調した。

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出典:サッポロホールディングス『中期経営計画2023-26』より、33ページ

サッポロビールは、DX推進の基盤作りとして2018年にBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)をスタート。その結果、2021年までの3年間で36万時間の業務時間削減を達成した。その後、さらなる業務改革を目指すためにフォーカスしたのが、自社ビジネスを理解した上でITスキルを保有する人材を「内製化」することであったという。

「自分たちの業務を理解し、改善すべき点を理解していないとDXは進められないのです」(牧野氏)

同氏は2023年3月に改革推進部長に就任した際、ビジネスに即したDXを推進するために、部門に対して3つの方針「明確な事業戦略」「ガバナンス・モニタリング」「早期成果創出」を掲げたという。しかし当時は、部署単位でDX推進とBPR推進の役割が分かれており、これらを達成するには体制が不十分であった。そこで同年8月にこれら2つの部門を、「BX(ビジネストランスフォーメーション)企画グループ」に再編。社員が成果を出せるような体制を整えたと話す。

ステップで取り組む「全社員DX人財化」

DX人材育成の具体的な取り組みとして、サッポログループは2022年から「全社員DX人財化」を目指したDX・IT人材育成プログラムを展開。同プログラムは、全社員の底上げを目的にeラーニングを利用した基礎研修などを行う「全社員ステップ」、DX案件を推進・支援する力を養う「サポーターステップ」、そして、人材育成を担う人材の創出を目指す選抜型の「リーダーステップ」の3つを用意している。リーダーステップの対象者は、DXに関するビジネスを企画・立案・推進する人材を育成する「DXビジネスデザイナー」、ノーコード・ローコード開発であれば開発が可能なレベルの人材を育てる「DXテクニカルプランナー」と「ITテクニカルプランナー」の3つの専門研修に分かれて講義を受け、より高度な人材育成を目指す。

2023年からは、全社員ステップの対象者を関連会社の社員まで拡充。その結果、受講者は前年比1.5倍となる約6,000名にのぼった。公募型のサポーターステップにおいては、応募の時点で600名ほどが集まったという。リーダーステップでは、サポーターステップで知識と経験を積んだ社員が受講したことで、当初150名を予定していた受講者が、現在では200名程度までになりつつある。

能動的に学ぶための「市民開発」イベントも開催

グループ全体での受講者が増えてきた一方で、全社員向けのeラーニングはどうしても“受け身”の研修になってしまい、BXの目的からも離れ、研修の質を担保できていないのではないかと懸念を感じたという牧野氏。そこで、サッポロビールの社員が各々で感じる課題を自らデジタルで解決できるように、参加希望者を対象としたハンズオン形式のWeb研修も行うようにした。その一つが、Microsoftが提供する「Power Platform」の市民開発イベントの開催だ。「Power Automate」「Power BI」「Power Apps」などのアプリケーションを自由に使えるスキルを習得できるような研修を行っている。実際に手を動かして学ぶ市民開発型のプログラムを取り入れることで、従業員全体のスキル底上げを図り、ビジネスに即した早期成果創出を狙っているのだ。

公募型の研修では「40~50代の社員が積極的に参加していることに驚きました」と牧野氏は語る。若い世代の現場社員は、新しい技術やデジタルをキャッチアップする意欲が高いが、業務経験が少ない分、業務の何が問題でどこを解決したら良いかについてわからないことも多い。一方で40~50代の社員は、現場業務における課題意識が高いため、それをデジタルでどう解決できるのかという現場課題起点のアプローチができる。デジタルの取り組みには世代間ギャップが生じてしまうケースも少なくないが、同社では補い合う形で良いシナジーを生み出す環境が構築されつつあるのだ。

「DX イノベーション★ラボ」で早期成果創出へ

DX人材を内製し、人材の活躍による成果創出をより活性化させるべく、サッポログループは2023年5月30日に「DX イノベーション★ラボ」を始動。グループ社員と外部パートナーを巻き込んだ「DX成果創出に向けた共創」を目指している。ここでは、ラボ始動前から動いていた案件も含めて200案件がエントリーされ、そのうち約5割の100本以上が進行中だという。「実際、業務に適用できるフェーズまで来ているのも事実です」と牧野氏。

牧野氏は、同ラボでの取り組みについて「大きく考えて、小さく早くトライ&エラーを繰り返す。このループを回していきたいです。今後は、デジタルを活用して今ある商品やサービスをより良くしていく既存製品の強化といった取り組みが次のステージではないかと思います」と語る。

DX イノベーション★ラボでは、DXを推進する改革推進部とビジネスの舵取りを行う経営企画部がタッグを組んで進める体制をとっている。経営企画部が会社の方針と早期成果創出に向けてビジネスの方向性を調整し、改革推進部は技術的な視点からプロジェクトの進行をサポートする。「この体制が整っていないと、ビジネスにおいて自分たちの進むべき方向を見失ってしまいがちです」と牧野氏。

また、ラボの外でもプロジェクトを円滑に進められるよう、企画を進行するにあたっては必ず所属部門の上長が把握できる体制を整えているという。部門を越えたプロジェクトの場合は、関係する部門のすべての上長に承認を得る仕組みになっている。こうすることで、上長にも支援者となってもらい、ラボの外でもサポートを受けられるようにしているのだ。

さらに、メンバー間での定期的な情報交換など、コミュニティの場としてもラボが機能している。特にリーダーステップの研修を経たメンバーは、ITに関する最新の情報をやり取りしながら、実際に使えそうな技術や事例について議論を深めることができているという。

AIを使うのも“人”。デジタル「最適化」を目指して

ビジネス変革のためにデジタル技術を活用して成果をあげるために、自社のビジネスを理解してDXを進められる人材を増やしていく。これはAIなど新しい技術によって日々状況が変化する時代でも変わらないサッポロビールの方針だと牧野氏は強調した。

「AIも結局使うのは人なので、当社はAIと人の協働を意識しています。デジタル技術の導入を目的にせず、最適化できるDX人材が必要です。DX イノベーション★ラボを通じて、2025年以降は事業化まで持っていけるような新しい取り組みを生み出していけたらと思っています」(牧野氏)
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