創業から約140年変えてこなかったビジネスモデルの変革に着手。東京ガスがDXで掲げる「3つの戦略」

 2023年6月に開催された「Intel Connection 2023」。東京ガス 常務執行役員 CDO カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー 副カンパニー長の菅沢伸浩氏が登壇し、「東京ガスグループの3つの主要戦略と実現に向けたDX」と題してセッションを行った。1885年の創業時から様々な事業を展開してきたが、ビジネスモデルは大きく変えていなかったという。しかし「22-25年中期経営計画」ではビジネスモデルも含めて大きく変革していきたいとし、3つの主要戦略と、それぞれの取り組み事例について説明した。

変革に向けてまずは経営理念を刷新

東京ガスは1885年に創立された。液化天然ガスを調達して電気、ガスを製造し、顧客に届けている。創業時はガス灯の事業を展開していた。その後、将来需要を見据えて熱源事業へ転換。1969年には日本で初めて液化天然ガスを導入した。2016年に電力が全面自由化されると電力の小売販売を開始。2019年には国内エネルギー企業初の「CO2ネット・ゼロ宣言」をした。近年は再生可能エネルギーにも取り組んでいる。

このように東京ガスグループはその時々で事業の変革を起こしてきた。しかし、創業から約140年間、ビジネスモデルは大きく変えていないという。菅沢氏は「22-25年中期経営計画ではビジネスモデルを含めて大きく変革していきたい」とし、その戦略について説明した。

初めに取り組んだのが、経営理念の見直しだ。理念を決める際は、東京ガスグループの社会における存在意義は何かということを議論した。そして「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる。」を新理念に決定。これには、東京ガスグループ従業員が何を大切にして行動するのかを示した4つの価値観「挑み続ける」「やり抜く」「尊重する」「誠意をもつ」も反映されている。

中期経営計画で打ち出す「3つの主要戦略」

22-25年中期経営計画では3つの主要戦略を掲げている。1つ目がエネルギーの安定供給と脱炭素化の両立だ。

「私たちは天然ガスを輸入している立場なので、ロシア・ウクライナ戦争が始まり大変大きな影響を受けました。エネルギーの安定的な調達もさることながら、価格自体も非常に大きく変動します。先が見通しにくい時代の中でも、安定的にエネルギーをお客様にお届けするという我々のミッションは変わりません」(菅沢氏)

東京ガス 常務執行役員 CDO カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー 副カンパニー長 菅沢伸浩氏

脱炭素化は、すぐにマネタイズできる事業ではない。しかし、早く事業化して周知していくことが大事だ。菅沢氏は、エネルギーの安定供給と脱炭素化を両立していくことが重要だと説く。

2つ目はソリューションの本格展開だ。東京ガスグループは電気とガスの事業を2本の柱としているが、それに次ぐ第3の柱がソリューション事業となる。GX・DXの取り組みを取り入れたソリューションをブランド化し、顧客の課題解決に資するソリューションを提供・拡充していく。

3つ目は変化に強いしなやかな企業体質の実現だ。DXによるビジネスモデル変革や生産性向上に取り組むとともに、人的資本経営や財政基盤強化により市場ボラティリティや不確実性への耐性を向上させる。

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エネルギーの安定供給を“コントロール”する

次に菅沢氏は、3本柱の具体的な取り組みをそれぞれ紹介した。

1つ目の「エネルギーの安定供給と脱炭素化の両立」では、エネルギーの安定供給とDXを掛け合わせたLNGバリューチェーンの変革を掲げている。

「我々はLNG船とLNG基地、LNG発電所を設備として持っています。これはある意味、我々が自由にコントロールできるということです。当社保有のアセットを最適にコントロールすることで、LNG・ガス・電力の需要と供給の最適化に向けた取り組みを、短中長期それぞれの時間軸で展開しています。具体的には、データ・業務基盤整備によるエネルギー需要やアセット運用状況の見える化、AIによる需要・価格予測、市場取引最適化、リスク管理の高度化等により意思決定の迅速化に取り組んでいます」(菅沢氏)

足元の取り組みとして、市場売買・発電所稼働を最適に組み合わせた需給収支の最大化に向け、システムを活用したトレーディングの自動化を推進し、取引範囲も拡大している。システムの巧拙が収支に直結するため、市場動向や取引ニーズの変化に応じて短時間でシステムを修正し、リリースできる仕組みと体制が必須となる。そこで、仕組みとして「基盤システムモジュール化」、体制として「予測や取引戦略立案のシステム群のトレーダー社員による内製化」を推進している。

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また、日本に4ヵ所あるLNG基地のデータ基盤をすべて一元管理しているという。本社が基地操業データを一括ハンドリングし、総合的な管理・戦略を検討している。これによって各基地はトラブル対応や現場改善のための分析などに集中することができる。

GXとDXを掛け合わせた取り組みの事例としては、e-methane(合成メタン)製造コスト削減のための触媒探索・開発がある。e-methane製造コストの削減のためには、その原料となる水素の製造コストを低減する水電解技術が必要だ。従来、水電解の電極触媒には資源制約を受ける高価なイリジウムが使用されていたが、AIやデータの高速取得が可能な新しい実験方法を活用し、イリジウムを用いない安価で高活性・高耐久な触媒を開発している。

GXとDXを掛け合わせた取り組みの事例の2つ目は、風車ウエイク現象[1]の高精度シミュレーションモデルの開発だ。

「残念ながら日本は山が多く、再生可能エネルギーを設置する場所に恵まれていません。唯一、洋上での風力発電がポテンシャルとして非常に期待できるということで、政府も2040年の国内導入量4500万kWを目指しています。洋上風力発電所の風車ウエイク現象に着目し、ウエイクを高精度に再現するべく、AIを活用した新規ウエイクシミュレーションモデルの開発に取り組んでいます」(菅沢氏)

顧客体験向上に向け、英国企業と合弁会社を設立

2つ目の「ソリューションの本格展開」では、CXとDXを掛け合わせた取り組みの事例がある。

東京ガスは2021年2月にイギリスのオクトパスエナジー社との合弁会社「TGオクトパスエナジー」を設立。オクトパスエナジーが保有するデジタル技術や顧客獲得手法を用い、日本の電力販売におけるデジタルアタッカーとしてのポジション開拓を進めている。2021年10月より電力小売供給を開始。再エネプラン「グリーンオクトパス」を中心に、2022年6月から沖縄県を除く46都道府県に展開中だ。

「イギリスではデジタルマーケティングが広がり、効果を出しています。オクトパスエナジーが開発したデジタルプラットフォーム『Kraken』を用いたお友達紹介割引では、お客様からお友達にURLを転送してもらい、お友達がURLをクリックすると見積もりが確認でき、そのまま料金プランを申し込むことが可能です。供給開始後はお客様とお友達双方に割引ポイントが付与されます。こういったデジタルマーケティングが、低コストで顧客を増やすアプローチとしてイギリスで広がっています」(菅沢氏)

Krakenは、顧客情報管理から料金管理、請求書発行などの様々なエネルギーサービスが一元化されたオールインワンシステムだ。Krakenには、顧客からの電話を自動で担当チームに振り分けたり、顧客との通話を文字化し、その内容をAIに分析させたりすることでオペレーションやシステムの改善をサポートする機能が搭載されている。TGオクトパスエナジーにおいても、日本版にカスタマイズされたKrakenを用いて、これまでのエネルギー会社とは異なる新たな顧客体験を提供しているという。

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また、ガス機器の修理の仕方の効率化にも取り組んでいる。今までは受付や実際に訪問して修理をするといった一連のデータが統合されていなかったが、データ分析基盤にすべての情報を集めて最適化する一気通貫のオペレーションモデルを目指しているとした。

DXをいかにビジネスに結び付けて、成果を出すかが大事

3つ目の「変化に強いしなやかな企業体質の実現」では、グループ組織間の連携促進のためにDX推進会議を定期的に開催していることを挙げる。また、分散化しているデータの一元管理を進め、ツールの整備やデータの活用を始めているという。データ・業務システムに横串を通したデータ利活用の環境としてデータ分析基盤「DAM」を構築・活用するとともに、システム新規開発・改廃の方針とロードマップ(業務・IT都市計画)を策定し、継続的な見直しを行っている。さらに、デジタル技術を活用した業務プロセス・パフォーマンスの可視化により、グループ内のスタッフ業務標準化・集約を行い、固定費の削減を目指している。

菅沢氏は「様々な取り組みを行うに当たって一番大事なのは人材」と言う。東京ガスでは、DXを推進する人材を大きく3つのカテゴリーに分けている。ビジネスの変革を担うビジネス変革人材、データサイエンティスト、そしてデジタルエンジニアだ。この3つの領域の人材を増やしていく。そのための育成プログラムを用意し、毎年アップデートしている。

「最初は基礎教育プログラムから始まります。実務でDXを使えるようになったら『DX活用人材』に認定します。スキルが上がってきたら発展教育のプログラムに移行し、そこでさらにスキルが上がったと認定されれば『DX中核人材』となり、高度人材との協働や各種デジタルツールの支援の仕組みを活用した上での実務を行います。2025年にはDX人材を3,000名まで増やしたいと考えています」(菅沢氏)

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菅沢氏は、DXは大事だがDXそのものが目的ではないとし、「DXをいかにビジネスに結び付けて成果を出していくかということが非常に大事です」と締めくくった。

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