予測不可能な時代に合った「シナリオプランニング」の進め方

サマリー:多くのリーダーたちは、自社に関する将来のリスクを特定するために、シナリオプランニングに注目してきた。しかし、想定していないような衝撃に見舞われた時、この手法は大きく失敗する可能性が高い。そして、いまの.時代、半年前には考えもしなかったような、重大で、時には存亡に関わるような出来事に直面することが増えている。シナリオプランニングは、こうした新しい現実に合わせて、どのように更新すべきか。

想定外の事態に備えるシナリオプランニング

この数十年、リーダーたちは自社のビジネスに関する将来のリスクを特定するために、シナリオプランニングに注目してきた。この手法では、グローバルに展開する拠点の収益や利幅などを分析することによって、外部の出来事や結果について想定される選択肢に対し、柔軟な長期計画を設計できる。そのアウトプットには、短期的な財務予測や「ベースケース方式、ベストケース方式、ワーストケース方式」によるビジネスプラニングがある。

しかし、シナリオプランニングが最も効果的なのは、インフレ率の予測や新しい競争相手の出現、代替製品の市場参入の可能性など、予見されるリスクや静的な不確実性に関する場合だ。一方で、企業のリーダーが想定していないような衝撃に見舞われた時、この手法は大きく失敗する可能性が高い。そして、いまの時代、リーダーは半年前には考えもしなかったような、重大で、時には存亡に関わるような出来事に直面することが増えている。ある企業幹部は、筆者らに「謙虚でなければならない理由がたくさんあります」と嘆いた。「パンデミックも戦争も、実際に起きる前は、リスクマップにいっさい載っていなかったのですから」

シナリオプランニングは、こうした新しい現実に合わせて、更新できるだろうか。予期せぬ事態に備えるために、組織は何をしなければならないのだろうか。

シナリオプランニングと新たなリスクの出会い

筆者らの研究チーム(株式上場企業の元CEOで現在は複数の会社で取締役会議長を務める人物、戦略コンサルタント、ハーバード・ビジネス・スクール教授など)は、特に北欧企業が新しいリスクに直面した際に、意思決定やシナリオモデルをどのように進化させているかについて洞察を得たいと考えた。北欧のリーダーシップチームは、次の2つの理由から世界的に興味深いベンチマークになっている。

まず、シナリオプランニングは予測可能なリスクや、静的で小規模な不確実性に対して非常に有効であるため、この数十年、比較的スムーズなグローバル化を経験してきた北欧の企業によくマッチしていた。リーダーたちは稀に起こる「ブラックスワン」現象に注意するようになったが、企業はプランニングのプロセスにおいて多くの結果に対応する一連のシナリオを検討し、かなりうまくやってきた。

もう一つは、北欧の企業が、パンデミックと地理的に近接しているロシアのウクライナ侵攻という最近の極めて重大なリスクにさらされてきた点だ。

筆者らは、航空旅行や製造業、一般消費者向けの分野など、北欧のいくつかの国に拠点を置く14のグローバル企業で、40人以上のトップリーダーにインタビュー調査とアンケート調査を行った。調査の多くは、新型コロナウイルスのオミクロン株が再びロックダウンを引き起こし、ロシアがウクライナに侵攻した2022年第1四半期に行った。北欧企業の多くはロシアで主要な事業を展開しており、またすべての企業がエネルギー価格などの要因に重大な影響を受けていた。リーダーたちが組織を適応させて前進させる間、2022年の終わりまでさらなるフォローアップを行った。

インタビューに答えた人々は、ここ数年は状況が厳しくなっただけでなく、特異な課題に直面したと示唆している。ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のロバート S. キャプラン、ハーバード・ビジネス・スクール教授のハーマン B. レオナード、オックスフォード大学サイード・ビジネススクール准教授のアネット・マイクス教授が「未知のリスク」と呼ぶ「予期せぬ出来事、何の変哲もないように見える出来事の複雑な組み合わせ、前例のない規模とスピードで起こる見慣れた出来事から生じるリスク」について、リーダーたちは「曖昧」「不明瞭」という言葉をよく使った。明確さに欠けるため、企業幹部はシナリオに設定する重要なパラメーターを定義できず、さらに従来の手法で未来を個別のシナリオに分割することは不可能であることに気づいた。

組織もリーダーも格闘している。あるリーダーは、「プランBの概念が恒常的に存在している」とこぼした。それでもリーダーたちはシナリオプランニングを手放したくない。そして、私たちも諦めていない。嬉しいことに、筆者らが調査したリーダーたちが苦労している分だけ、シナリオプランニングを新しい現実に適合させる方法において、多くの進歩が見られた。

そこで、以下に対応策を4つのレベルに分けて整理した。

レベル1:検討するシナリオを拡大する

驚くまでもなく、ほとんどのリーダーは、より大規模で多様な状況をカバーしようと、検討するシナリオの数を増やしている。たとえば、自国への侵略や台湾をめぐる米中戦争など、かつては考えられなかった事態も検討の対象になっている。このように視野を広げることは、最も一般的であり、すべての企業が取るべき方法だ。パンデミックや戦争は過去にも起きたことであり、今後も起こるだろう。

ただし、注目すべき意外な展開が生じていた。ウクライナ侵攻後の意思決定は、決定における会社、株主、顧客の道徳的価値の役割が強くなったため、パンデミック時より複雑だったと企業幹部は報告している。取締役会の関与も強まった。

こうしたことを苦に思わず安堵しているリーダーもいれば、不満を抱くリーダーもいた。「ビジネスとして賢明な決断ができなくなった」という声もあった。検討するシナリオを拡大する際は、同じような種類のシナリオが発生した場合に、どの基準を重視するかについて話し合っておく必要がある。

レベル2:脆弱性という色眼鏡でシナリオを見る

一つ上のレベルにおいて、リーダーたちは、ビジネスの重要な部分、特に脆弱性への影響をさらに研究して、シナリオプランニングを補強しようとしていた。

たとえば、あるリーダーは「戦略の仕事では、危機それ自体が大きな問題になることはない。原材料の不足など、その結果から大きな影響が生じる」と指摘した。この考え方をもとに、自社の主要な脆弱性について、厳密な作業リストを作成し、維持することができる。

ただし、サプライチェーンの単一化のように軽減できる脆弱性もあれば、単純化できないものもある。筆者らが調査した企業のうち2社は、ロシアでの事業を中心に組織が構築されており、コスト構造を破壊しない限り、再構築は不可能だった。どのような脆弱性が露呈し、それがどのように組織内に広がっていくかを知ることによって、その原因が何であれ、企業は次の衝撃に備えることができる。

同様に、筆者らがインタビューをした企業幹部は、パンデミックや戦争に際して積極的に行動することについて、組織の財務能力を嘆く、あるいは称賛することが多かった。未知の衝撃は予期せぬところからやって来るが、企業は50%の収益減でも3カ月の間、乗り切るために必要な手持ち資金をすぐに計算できなければならない。そのために、筆者らが話を聞いたリーダーの中には、すべての部門の計画と予算に最悪のシナリオを含めることを要求しようと考える人もいた。ある企業は、衝撃とそこからの回復が「V、U、Y、L」のどの形になると予想されるかによって、出来事を選別していた。

経営幹部は、認めたくない潜在的な脆弱性にも目を向ける必要がある。たとえば、重要な人材の離職が危機を深刻化させて、従業員との絆が弱い組織では大量離職を招くかもしれない。あるリーダーは、過去の危機について「従業員は何が起こっているのか、まったく気にしていなかった」と嘆いていた。

ある企業では、最大の弱点が重要な戦略的優位性でもあった。彼らは欧米の制裁に対するロシアの報復によって物流の競争力を奪われ、戦略を全面的に見直す必要に迫られた。

レベル3:強力な行動指針の構築と組織内のコミュニケーション

筆者らがインタビューしたリーダーたちは、整然としたシナリオの記述よりも、あらかじめ定義された行動や役割が重要になってくると、しきりに指摘した。ある経営者は、多くの企業がシナリオとそれに対応する行動を詳細に定義するのではなく、「あらゆるシナリオに対応するための一般的なガイドラインを使うようになった」と説明している。

別の経営幹部は、次のように指摘する。「重要なのは、シナリオを具体的に決めることよりも、取るべき行動を判断することです。私たちが目指すのは、何か出来事が発生した場合にどうすべきかというシナリオがすでに描かれていて、すぐに実行に移せるようなものです」

こうしたガイドラインの下、今回のパンデミックでは、中央集権的な意思決定ではなく、地域レベルでのスピードが優先された。たとえば、2020年当時は取締役会が運営上の意思決定に大きく関与していたが、筆者らのインタビューに答えた人々は、同様の出来事が再び起きた時に迅速な意思決定を行うため、取締役会が関与する頻度を減らして最新情報を重視することを提言した。

「何も決断しないよりは、10個の決断を素早く行い、いくつか失敗するほうがいい」と、あるリーダーは語っている。最上層のリーダーシップは「取るべき行動の大まかな方向性」を組織に伝える必要はあるが、それ以外は行動指針によって導くことができる。重要なのは、シナリオプランニングの手法を成功させるためには、すべての関係者の責任を前もって明確に定義しておく必要があるということだ。

ただし、ロシアのウクライナ侵攻については、とらえ方が異なる。リーダーたちは企業の評価が危機にさらされていることを強調し、社内のあらゆる組織が一貫した共通のメッセージを発信し続けることが必要だと語った。取締役会の役割は、意思決定を導き、そのプロセスを慎重に進めることであり、経営チームの重要な最初の行動は、必要な情報を提供することだった。

あるリーダーは、このような状況において、行動に移る前に「深い理解を求める」ことを推奨している。このように、リーダーは行動計画を策定する際に、より熟慮すべき危機の特徴を明確にしておく必要がある。

レベル4:危機管理を組織構造に組み込む

筆者らが調査した企業の大半は、従来の中央集権的なシナリオプランニングから離れ、パンデミック対応の一環として意思決定権を地域レベルに委譲していた。この方針は定着し、あるリーダーは「ヒエラルキーに基づくマネジメントから、より地域に根差したアプローチに変化している」と語った。

ほかにも、分散化されたオペレーションは企業に情報の優位性をもたらし、特異なリスクにさらされるリスクを減らして、必要な時にロシアから迅速に脱出することができるという見方もある。組織内に目を向けると、これらの変化の結果、ほとんどの経営幹部が自社が2019年よりも実力主義になり、政治色が薄まったと感じている。

ローカライゼーションを超えて、危機管理のための組織内のさらなる提携については、企業によってかなりばらつきがあった。約半数の企業は、既存の組織構造やプロセスの中でこれらの出来事を処理し、その多くがパンデミックや戦争対策を担当するエグゼクティブチームのメンバーを任命していた。それ以外の企業の多くは、新たにタスクフォースを立ち上げた。パンデミックのための一時的なタスクフォースが、2回目の危機が訪れた後に恒久的なものになる場合も少なくない。

興味深いことに、衝撃を経験する前から存在していた構造やプロセスをもとに、創造的な方法で調整した企業もあった。その好例といえる企業は、業界の大きな変動に対応するために、ビジネスプランニングと予測を専門とするチームをすでに持っていた。この部門はルートプランニングやキャパシティマネジメントの専門家で構成されており、緊急事態に対処するガイドラインやプロセスも確立していた。その結果、経営上層部が業務上の意思決定に関与する必要がなかった。「緊急事態は、私たちにとって通常業務だ」と、担当の幹部は述べている。

パンデミックが発生すると、この部門はCOOとそのチームの管轄下に置かれ、そのプロセスと実践が全社的な対応の基礎となった。この部門は発展し、ウクライナ戦争の影響にも対応した。次に何か不測の事態が起きた時のために、いつでも待機している。このような仕組みは、企業が今後、新たなリスクを管理するうえで、有力な方法になるかもしれない。

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シナリオプランニングが通用しなくなったわけではないが、リーダーはその有用性をよく考えなければならない。グローバル企業は、次から次へとやってくるさまざまな衝撃に直面している。そのような状況下では、より大きなツールが必要になる。すなわち、未知のリスクや衝撃の特徴が企業の脆弱性や強みとどのように相互作用するかを認識する包括的な能力で、あらゆる状況に合わせた計画を補完するものだ。

先進的な企業は、さまざまな状況に対応するために、社内のコミュニケーションや構造をさらに発展させていくだろう。プランBは恒常的に存在すべきではないが、その目的は未知の未来を正しく予測することではない。衝撃に対処するための適切な準備をすることが、目的である。

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