基幹システムとSaaSの連携をどう実現する?生成系AIの普及でも価値高まる中、押さえるべき勘所

 SaaSが社会のスタンダードになりつつある中で、SaaSのデータ連携を考えたいと思う企業は増えているだろう。連載の第3回では、SaaS同士を連携することのメリットや方法について説明した。しかし、SaaSかそうでないかに関わらず、連携することで最もビジネス上のインパクトを出せるシステムは「基幹システム」だ。今回は、特にSaaSと基幹システムを連携する価値と方法について解説する。

SaaSと基幹システム連携の価値

本稿における「基幹システム」とは、企業において在庫や生産、販売などの管理や会計業務を行うために使用するシステムのことを指している。基幹システムは、パーソナルコンピューターが普及するよりもずっと前から多くの企業の根幹を支えてきた。企業にとって競争優位を築くための“最も重要なシステム”といっても過言ではない。一方でSaaSは、90年代後半〜2000年代初頭に生まれたソフトウェアを提供する方法の一つである。日本では2010年頃から普及し始めた。最近であれば基幹システムですら自前で用意せずにSaaSを利用したり、SaaSをカスタマイズして使ったりする企業も多いだろう。SaaSにはフルスクラッチの開発と比べて手軽に高機能なシステムが利用できたり、多くのデータが蓄えられていたり、APIが初めから整っていることも多かったりとメリットがある。

では、SaaSと基幹システムの連携で得られるメリットを理解するため、以下3つの例を挙げて説明する。

1. 基幹システムの「購入データ」×SaaS型「CRM」

代表的なSaaSと基幹システム連携の一つとして、SaaS型の「CRM」と基幹システムの「購買データ」との連携が挙げられる。たとえば、ECサービスの場合を考えてみる。ECにおいてCRMは特にカスタマーサポートの部署で使われ、顧客とのサポートのやり取りをCRM上で行うことになる。その際に基幹システムとCRMが連携していれば、CRM上から顧客の購買ログを確認した上でサポートを行ったり、顧客が購入した商品が今どの配送状況にあるかをすぐに調べたりしてサポートを行える。もし連携されていなければ、サポートの担当者はCRMと基幹システムを閲覧するウィンドウを両方立ち上げた上で、ウィンドウを切り替えたり、顧客情報を特定するためにコピペや入力したりといった作業が発生する。1分1秒を削ろうと努力しているサポートの現場において、これは負担の一つとなっている。また、近年ChatGPTをはじめとした文章を生成するAIが急速に発展しており、サポートの現場に普及する日も近いと言われている。しかし、CRMと基幹システムが連携されていなければ、CRMに付属する生成AIが正しいメールの文章を生成することはできないだろう

2. 基幹システム×SaaS型「人材管理」ツール

もう一つの例として、基幹システムとSaaS型の「人材管理」ツールの連携を考えてみる。人材管理ツールには、従業員のスキルや経験、パフォーマンスなどの情報が登録されている。これらの情報をAPI経由で基幹システムに連携させることで、人事部門はリアルタイムに従業員の情報を把握でき、業務の割り当てや人材開発の計画をより効率的に行えるだろう。たとえば、新しいプロジェクトが始まったとき、基幹システムからプロジェクトの要件が人材管理システムに共有され、人材管理システム側ではそのプロジェクトに適合するスキルと経験を持つ従業員を提案することができる。

3. 基幹システム×SaaS型「チャットボット」

ここまで2つは従業員にメリットをもたらす例だが、顧客側にもメリットをもたらす例として、「チャットボット」のSaaSと基幹システムの連携を挙げよう。チャットボットを基幹システムと連携させることで、様々なことが行えるようになってきた。基幹システムの購買管理の機能とチャットボットをつなぐことで、ユーザーは購買の手続きをチャットボット上でインタラクティブに完結させることができる。また、在庫管理システムとつなげば在庫状況を確認でき、物流管理システムとつなげば配送状況のお問い合わせもチャットボット上で24時間365日受け付けられる。もちろん、こうしたシステムが顧客側の画面上にあればよいが、一般的に画面開発はそれなりのコストがかかる。その点、チャットボットはシステムが独立しており、そもそも動的なコンテンツのため、低コストで実現することができる。さらに、ECサイトに限らずリアル店舗での購買においても、ユーザーにWebシステムを用意していない場合や、利用しているプラットフォームの問題で連携ができない場合でも、チャットボットであればLINEやSMS、Web上で提供することができる。このような手軽でスムーズな顧客体験は、基幹システムとSaaSが連携することで初めて実現できる大きなメリットだ。

以上のように、SaaSと基幹システムの連携は、組み合わせの数だけメリットを考えることができるだろう。なお、SaaSに溜まるデータと活用方法については、本連載の第4回「SaaSネイティブなデータ活用の方法と課題」で詳しく解説しているので、それを読むと連携におけるアイデアが湧いてくるかもしれない。加えて、基幹システムは企業活動の根本に関わるため、SaaS連携で得られるメリットは他社との差別化にもつながりやすい。SaaSと基幹システムを連携させることで、会社という大きなシステムが独自性をもって最適化されていくのだ。次のセクションからは、実際にそれを実現させるための方法について、基幹システムに“直接アクセス”させる場合、“システム連携を助けるSaaS”を活用する場合にわけて説明する。

基幹システムに“SaaSから”直接アクセスするケース

基幹システムとの連携で最も多いケースが、基幹システム自体に“APIの受け口”を用意しておくことだ。SaaS型の基幹システムを使っている場合はAPIが初めから用意されていることが多い一方、自社開発は容易でない。基幹システムを構築する際にあらかじめAPIを用意しておくことも考えられるが、どのように使われるかわからないAPIを事前に用意しておくことにはリスクがある。

たとえば、SaaSが後から導入されることが決まっている状況でも、基幹システム側にAPIがあるからといってすぐに連携できるかは怪しい。エンタープライズ向けのSaaSであれば、SaaS側のカスタマイズ開発はある程度可能になっていることが多く、そちらは問題ないと言える。しかし、あらかじめ用意されていたAPIの場合、どの程度の負荷をかけて問題ないのかなどの情報がSaaS側に連絡されないケースも少なくない。実際に連携を開始し、基幹システムに急激に負荷がかかったことでシステムが停止することも十分起こり得る。あらかじめAPIを用意しておく際には、連携機能に関する開発者向けの「API仕様書」や制限を明確にしたドキュメントを用意しておき、すぐに連携できるよう備えておくと良いだろう。

また、新しく要件にあわせて“APIの受け口”を用意する場合でも、同様の仕様書を作成しておくことは重要だ。SaaSが基幹システムとの連携を深めると起きる、大きな問題の一つが「ベンダーロックイン」であり、後から優れたSaaSが出てきたときスムーズに乗り換えができなくなってしまう恐れがあるからだ。そうした意味でも、SaaSとの連携のためにAPIを開発するのであれば、詳細な仕様書を将来のために作成しておくことが、将来の経営の選択肢を増やすことにもつながる。

基幹システムとの“連携を助けるSaaS”を活用するケース

近年は、基幹システムとSaaS間におけるシステム連携のハブになるようなSaaSも増えてきた。本連載の第3回「SaaSを導入する際に考慮するべき『SaaS間連携』の課題と解決策」でも触れたが、以前からある「EAI, ETL, ESB」のようなエンタープライズ向けの機能を持つ「iPaaS」も出てきており、エンタープライズ企業における基幹システムとの連携においても十分効果を発揮するようになってきた。APIを用意せずともデータベースと直接連携することで、容易にシステム自体がAPIの受け口となってくれる。また、ベンダーロックインを防ぐことも簡単になり、追加開発も非常にやりやすい。前述したように、SaaSと基幹システムの連携は事業の差別化に寄与するほど重要な部分であり、ここを気軽に連携できるようにしておくことで、他社が簡単には崩せない「Moat(事業を他社から守る“堀”の意:競争優位性)」を築きやすくなるだろう。

ただし、iPaaSを導入するにあたりいくつかの課題がある。1つはコストの問題だ。多くの場合、iPaaSを導入する際に「まずは1つの連携を実現する」という目的をもって導入されることが多い。しかし、1つの連携目的だけでは成果がコストに見合わないということもよくあることだ。iPaaSを導入する際は大きな構想を描き、SaaSと基幹システムが一組だけでなく、数多くの組み合わせで価値を出せることを示して計画を立てる必要があるだろう。

また、2つ目の問題となるのが“企業内の技術力”であり、十分考慮しなければならない。iPaaSは一般的にUIが直感的で、簡単な設定だけで基幹システムとSaaSを連携させることができる。しかし、より複雑な連携のためには、企業内に一定の技術力を持つ人材が必要となる。そのため、iPaaSの導入前には、企業内の技術力と、iPaaSの導入によって達成したい目標を明確にし、それに見合ったiPaaSを選択することが重要である。

まとめ

ここまで、SaaSと基幹システムの連携のメリットは大きく、その方法も手軽なものになりつつあることを述べた。社内のほとんどの部署にSaaSが浸透している現在では、それぞれのSaaSと競合優位性を担う基幹システムの連携が、まさに企業の命運を左右するといっても過言ではない。どのように連携をして会社全体のシステムを組み上げていくのか、今一度考えてみてはいかがだろうか。

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