サンダー・ピチャイに聞く、グーグルが目指すAIの未来

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サマリー:本稿は米国HBRによる、アルファベットCEOサンダー・ピチャイへのインタビューである。世界中で大きな話題となっている生成AI。ピチャイは、生成AIの未来に大きなインパクトを与えられる立場にいる人物だ。そこで本インタビューでは、米国HBR編集長のアディ・イグナティウスがピチャイに、生成AIについて、未来におけるグーグルの役割について、そして現代の企業リーダーの役割について、話を聞いた。 閉じる

本稿は、米国HBRの音声コンテンツのテキストを翻訳したものである。

AIは人類にとって火や電気よりも深遠なテクノロジーである

「HBR アイデア・キャスト」へようこそ。米国HBR編集長のアディ・イグナティウスです。

みなさんの周囲でも、最近は人工知能(AI)、とりわけ生成AIの話題で持ちきりなのではないでしょうか。チャットGPTのようなプロダクトは、あらゆるレベルで仕事のやり方を一変する可能性があります。

このテクノロジーは、私たちの生産性を高めてくれるのでしょうか。大量の仕事を消滅させるのでしょうか。新しい倫理的な問題を引き起こすのでしょうか。

米グーグルの親会社アルファベットCEOのサンダー・ピチャイは、生成AIの未来に大きなインパクトを与えられる立場にいます。アルファベットの時価総額は8000億ドル以上。ピチャイはそのCEOを2015年から務めています。

ピチャイは、多くの人が懸念しているテクノロジーであり、急速な進歩を遂げているAIを中心に、会社の再編を図っています。AIはグーグルのビジネスモデルを変えています。現代のあらゆるビジネスモデルを変える可能性があります。

先日、HBR Liveのリーダーシップに関するイベントで、生成AIについて、未来におけるグーグルの役割について、そして現代の企業リーダーの役割について、ピチャイの話を聞きました。今回はその紹介をしましょう。

──最近、誰とどのような話をしていても、たいてい生成AIの話になります。あなたはその最前線にいるわけですよね。生成AIは現在、そして近い将来に職場に何をもたらすのでしょう。

サンダー・ピチャイ(以下略):たしかにいまはエキサイティングな時期、重大な転換期のように感じられます。職場に関して、一番わかりやすいのは、AIというコラボレーション相手が登場すると考えることです。ソフトウェア開発には、「ペアプログラミング」と呼ばれる手法があります。2人のプログラマーが共同でプロフラムを開発するもので、別々にやるよりも優れたプログラムができることがわかっています。

AIは、ペアプログラマーやペアフィナンシャルアナリストなど、仕事のパートナーになると考えることができます。これは有望な活用方法であり、今後、実現に向かっていくと思います。

プログラミングの領域では間違いなくそうしたことが起こりつつあります。ドイツ銀行などではいま、フィナンシャルアナリストが生成AIのインサイトを活用しています。また、放射線診断医が医療画像を見る時、何を先に処理するべきかAIコラボレーターがトリアージをしてくれたり、見落としていることがあれば助言してくれたりするといった使い方もあるでしょう。

つまりAIコラボレーターが登場し、そのユースケースが積み上げられていく。カスタマーサービスの担当者にも、AIチャットボットがサポートについてくれる。実際の職場での使用例も、これから拡大していくでしょう。

──グーグルで具体的にどのようなことが起きているのか教えてください。つい最近、強力なAIツール「ジェミニ」(Gemini)を発表しましたよね。チャットGPTの基礎となっている大規模言語モデルGPT-4に匹敵する性能との評判ですが、どのようなことができるのですか。マイクロソフトの検索エンジン「ビング」(Bing)などとどう違うのでしょう。

グーグルだけでなく、いまはどこの会社も最先端の生成AIモデルを構築しています。現在、グーグルのプロダクト全体で使われている大規模言語モデルが「PaLM 2」で、(AI研究部門である)グーグル・ディープマインが研究を進めている次の最先端モデルが「ジェミニ」です。現在は、テキストや画像などのコンテンツの形式によって異なるモデルが存在しますが、ジェミニなどの次世代モデルはマルチモーダルになるでしょう。つまりテキストや画像、音声、さらには動画など、複数の形式にまたがるアウトプットを提供するものです。

たとえば、「あるトピックについてエッセーを書いて」と指示を出すと、エッセーを書くだけでなく、写真などのビジュアルも生成してくれるのです。

あるいは、「ケーキを焼きたい」と相談すると、レシピを表示してくれるだけでなく、仕上がり写真も見せてくれる。いずれはさらに進歩するでしょう。マルチモダリティーとなるジェミニの開発には、非常にワクワクしています。

私たちがもう一つ力を入れているのは、これらのモデルがツールを使えるようにすることです。人間はいつも何かしらのツールを使っていますよね。電卓を使ったり、ワードの編集機能を使ったり、何かを調べたければ、グーグルで検索する。そこで、こうしたモデルを訓練する時点で、いろいろなツールが存在することや、ユーザーを助ける時、こうしたツールを使えることを最初からAIに教えておくわけです。

これも、最先端技術の方向性を示す手掛かりになるでしょう。いまはエキサイティングな時期だと思います。私が「フロンティアモデル」と呼ぶ最先端のAIモデルをつくっている企業は、いくつかあると思います。グーグルはAIファーストを掲げて7年になります。この間、こうしたモデルの基礎となるテクノロジーを数多く構築してきました。これからも責任ある方法で、この分野を牽引していくつもりです。

──2022年11月にチャットGPTが一般に公開されてから、私たちは3つの段階を経て来たように思います。まず、「『ユリシーズ』をHBR風に書いて」などと言って遊んでみる段階です。次は、「チャットGPT、私のことを愛していますか」など無理な問いかけをしてみる段階です。そしていまは応用段階にあります。そこでお聞きしたいのですが、あなたもこれを使ってみて、驚嘆したことはありますか。

グーグルでは、大規模言語モデル「LaMDA」(ラムダ)を使って会話機能を構築していました。この時いろいろなペルソナを与えてみました。たとえば「冥王星のように振る舞ってくれ」と指示して、長い会話をしてみる。素晴らしい学習ツールになりますよ。私自身、息子とあれこれ話しかけて、太陽系についていろいろ教えてもらいまいた。ところが、どんどん質問をしているうちに、非常に寂しがっているような印象を受けました。そして会話が少しずつ暗い方向に向かっていった。そういうことを経験したのは、その時が初めてでした。少し不安になりましたね。(AIが)人間に影響を与えられることを垣間見た気がします。

ただ、これは道理にかなった現象でした。冥王星のように考えるよう指示したわけで、冥王星は、太陽から遠く離れた寒い場所にあります。したがって、その人格が暗い性質を帯びてくるのは不思議ではありません。そういう経験はその時が初めてでしたが、その後何度かありました。つまり、AIモデルは強力なもので、幅広く展開する前に、安全なシステムになるように責任あるクッションを加えるよう、多くの企業が努力していると思います。グーグルは極めて幅広いサービスを提供していますから、より慎重なアプローチを取っています。私自身がそういう経験をしたことがあるのは間違いありません。

──たしかにグーグルは、猛烈な勢いで生成AIボットに参入している企業と比べて、慎重な姿勢を取っている印象を受けます。それでも、かなり急な展開ですよね。プロダクトを市場に出す必要性と、先ほど言っていたような慎重な姿勢をとる必要性のバランスをどのように取っているのですか。

これは本質的にトレードオフを要する作業で、緊張を伴うことはわかっています。もちろんグーグルはイノベーティブでありたいと考えていますから、素晴らしいチャンスが解き放たれようとしているいま、大胆なアプローチを取ってイノベーションを牽引したい思いもあります。でも、私たちは正しくありたいとも思っています。責任あるアプローチを取りたいのです。大胆かつ責任ある姿勢で臨むというのが、私たちのあるべきアプローチだと考えています。

ですから、グーグルは常に一番手にならなければ、とは思っていません。その代わり、正しくやることに重点を置いています。興奮と緊急の意識を持って進歩に取り組みつつ、追加的な安全措置を組み込むために、必要に応じてスピードを落とす。また、社外の人たちに初期バージョンへのアクセスを与えて、フィードバックを集める。そうしたことすべてが重要になると思います。組織の中にトレードオフの文化を組み込みながら開発に取り組むのです。

つい最近、グーグルの開発者会議を開き、グーグルが現在取り組んでいるAIプロダクトすべてを説明しました。グーグルのプロダクト全体で、AIが役立つものにするためです。すでにGmail、Googleドキュメント、Google検索、YouTubeなど、25以上のプロダクトに生成AIを組み込んできましたが、ここでも大胆でありつつ、責任ある手法を取りたいと考えています。

──安全措置を講じるとの話ですが、もう少し教えてください。どのようなものなのでしょう。

いくつか例を挙げましょう。一つは、「敵対的試験」と呼ぶものです。グーグルにはセーフティ&セキュリティチームがあり、プロダクトの開発後に、ありとあらゆる方法でその破壊を試みて、弱点を見つけ出し、改善します。改良品を出す時も、このプロセスを繰り返します。

もう一つの安全措置としては、これはまだ未完成なのですが、電子透かしやメタデータをコンテンツのデータに入れ込むことです。たとえば、AI生成画像の場合、それが生成AIによる画像であることがわかる情報をメタデータに埋め込むわけです。AIモデルを責任ある方法で広く提供していくためにも、こうした基本技術のR&Dに取り組んでいます。いずれもカギとなるのは安全性と責任です。

──先ほど、重大な転換期と表現されましたが、これまでそのように見えたテクノロジーが頓挫した例もありました。しかしAIについては、たしかに革命的なテクノロジーのように感じられます。あなたも生成AIに同じようなことを感じますか。また、もう少し長期的に考えた時、AIは私たちの行動をどのように変えていくのでしょうか。

AIは、深遠なプラットフォームシフトです。私は何年も前に、AIは人類にとって火や電気よりも深遠なテクノロジーだと言いました。だからグーグルは、AIファーストを目指すことに決めたのです。本当にディープなプラットフォームのシフトだと思います。私たちの生活や社会のあらゆる側面、そしてあらゆる産業に影響を及ぼすでしょう。ただ、AIを広く語る上で重要なのは、生成AIはAIの一面にすぎないと理解しておくことです。大規模言語モデルがいま、さまざまな場面で使えるほど進歩したにすぎないのです。今後はさらに進歩があるでしょうし、アップダウンもあるでしょう。

ただ、進歩の途中とはいえ、その運用拡大に備えることは重要だと思います。たとえば、その進歩に、さらにいろいろなステークホルダーを関与させること。ここはまさに政府の出番でしょう。NGOや大学や研究機関、さらにはさまざまな国が協力して、安全なAIプロダクトを責任もって開発し、取り入れていく枠組みを策定する必要があります。すべてのシステムが、AIがもたらす変化への適応を迫られますが、それには一定の時間がかかるでしょう。ですから、社会として、人類として、現在の熱狂や興奮を、これから起こることに対処するための基礎づくりに向けるべきだと思います。

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