生成AIによるコンテンツ大量生成時代–必要なのは「コンテンツサプライチェーン」とアドビ

 どのような業種・業態の企業であっても、デジタルでのプレゼンスがなければ存在しないに等しい――と言っても過言ではないだろう。ウェブサイトやマーケティングキャンペーンなどの素材としてのデジタルコンテンツの重要性は、質と量の両方で高まっている。クリエイティブとマーケティング、両方でソリューションを持つAdobeのメッセージは、「コンテンツサプライチェーンを構築せよ」。それを支える生成AIなどの技術が整い始めているという。

Adobeは、が3月28日まで米国ラスベガスで開催した年次イベント「Adobe Summit 2024」において、同社が推進する「コンテンツサプライチェーン」を示した。

コンテンツは量も質も課題に

「将来のオンラインバンキングでは、デジタルのパーソナル担当が、投資、税の管理、住宅ローン、保険などのさまざまなオプションを顧客一人一人に合わせた形で提供し、家計の管理なども支援するだろう。ヘルスケアのアプリでは、デジタルのアドバイザーが健康やウェルネスについてのお勧めをしたり、医師との約束をとったり、顧客が望む成果を得られる製品を探したりしてくれるようになる」――Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門担当プレジデントのAnil Chakravarthy氏はこのように予想する。

アプリ、スマートウォッチ、PC/ウェブ、車など、さまざまな端末、チャネルでそのユーザーに最適なコミュニケーションをリアルタイムに行う。これが、次のレベルのパーソナライズという。

変化のスピードは速い。このような細かなパーソナライズをタイムリーに行うためには、スケールのある形でパーソナライズを実現しなければならない。競合との差別化や、顧客のロイヤリティー改善につなげるためには、「ミリ秒のレスポンスタイムで、消費者向けビジネスなら数百~数万人に対して、法人向けビジネスでも数百~数千単位で行う必要がある」(Chakravarthy氏)

それを実現するためには、さまざまな機能や仕組みが必要だが、必要不可欠なのはコンテンツ。それも企業やブランドのイメージに合う画像、テキスト、動画(コンテンツ)を多数用意しなければならない。また、コンテンツは賞味期限が早いことも多く、ストックが難しい。これまではデザイナーを雇うしかなかったが、AIが肩代わりする時代が近づいている。

「Adobe Firefly」

2023年は生成AIに沸く年となった。テキストだけではない。マーケティングツールスイートの「Adobe Experience Cloud」、クリエイティブスイートの「Adobe Creative Cloud」を展開するAdobeは、2023年の同イベントで、テキストから画像を生成できる「Adobe Firefly」を発表して話題を呼んだ。

会長兼最高経営責任者(CEO)のShantanu Narayen氏によると、この1年に同ツールを使って生成された画像は65億件に上る。“お試し”から実用へ進めるというのがAdobeの狙いで、今回のSummitでは「Firefly Services」「Custom Models」「Structure Reference」を発表した。

Adobe 会長兼最高経営責任者のShantanu Narayen氏

Fireflyは、20以上のAPI、サービス、ツールを持ち、ワークフローやプロセスに組み込むことができる。Custom Modelsは、自社データでファインチューニングができる機能になり、Structure Referenceは、既存の画像の構造をベースに新しい画像を生成する。

今回のAdobe Summitでは、「Adobe GenStudio」も目玉となった。生成AIファーストのエンドツーエンドのマーケティングアプリで、Creative CloudやExperience Cloudとネイティブに統合されており、マーケティングキャンペーンの立案、作成、管理、アクティベーション、分析までを単一のアプリから行うことができる。このように、技術的にはデジタル画像の生成が驚くほど簡単になる土台が整いつつある。

だがコンテンツの生成は、コンテンツサプライチェーンの一部に過ぎない。Adobeが考えるという、コンテンツサプライチェーンの構成を見ていく。

コンテンツのサプライチェーンを構成する5つの要素

Adobeによると、組織の90%がコンテンツのライフサイクルに何らかの課題を感じているという。同社は、コンテンツサプライチェーンが(1)ワークフローとプランニング、(2)クリエーションとプロダクション、(3)アセット管理、(4)デリバリーとアクティベーション、(5)レポートと洞察――の5つから構成されると定義している。「コンテンツのプランニングから作成、プロダクション、配信、測定までをエンドツーエンドで自動化し、最適化する必要がある」(Chakravarthy氏)

「コンテンツサプライチェーン」を構成する5つの要素
「コンテンツサプライチェーン」を構成する5つの要素

(1)では、手作業によるコンテンツ生成を減らし、コンテンツのワークフローの自動化を進める。ここでは全てのキャンペーンを把握できる管理ツール「Adobe Workfront」を利用し、各チームから関連するアセット、タイムライン、プロジェクトのステータスといった記録を自動的に収集したり、概要を作成したりできる。また、「Frame.io」でファイルを共有しながらコラボレーションすることで、作業を効率化する。

(2)では、Fireflyが威力を発揮する。自動化のためのAPIだけでなく、「Adobe Photoshop」などCreative Cloudからのコンテンツにアクセスしたり編集したりできるAPIなどもある。イベントでは、エネルギードリンクのマーケティングでクリエイティブを受け持つ担当者がREST APIを使い、自分のワークフローやチームのコラボレーションツールと連携させ、Photoshopにある画像をベースにプロンプトが書かれた表を組み合わせて次々に画像を生成し、承認を得るまでの作業を数分のデモで行って見せた。これまでなら「アイディエーションのスケール」とする。

(3)では、同社のアセット管理ツール「Adobe Experience Manager Assets」に、アセットの検索や共有を容易に行う「Content Hub」が加わった。(4)では、以前から展開するコンテンツ管理システム「Adobe Experience Manager Sites」があるが、生成AIを組み込んだ最新版を提供する。

(5)では、アナリティクスの「Adobe Content Analytics」を基盤技術の「Adobe Experience Platform」にネイティブに組み込み、AIが生成したものも含め、コンテンツのパフォーマンスを分析できるという。

Chakravarthy氏は、「Adobeはコンテンツサプライチェーンの提供を通じて、企業のコンテンツ周りを支援できる」と自信を見せる。

IBMは既に生成AIで作成したマーケティングを展開

Adobe自身もFireflyの「Custom Models」と「Services」を利用している。ソーシャルコンテンツの生成に要する時間は最大80%に、キャンペーンとチャネルを通じて生成したコンテンツの数は5倍に、キャンペーンのエンゲージは60%改善したという。

イベントでは、IBMが「Let's Create」キャンペーンで、Fireflyを使って「?」の画像を生成した成果も発表された。IBMは、2023年春のFirefly発表直後に利用を開始しており、IBMのこのキャンペーンは商用で初のFireflyの導入事例となっている。

IBMがマーケティングキャンペーンで適用した際の成果
IBMがマーケティングキャンペーンで適用した際の成果

IBMとAdobeが発表したこのキャンペーンの成果では、クリエイティブ関連の生産性が10倍に、市場投入までの時間が60%短縮され、ソーシャルのエンゲージが36倍に改善したという。

イベント会場でIBMのiXでグローバルチーフデザイン責任者を務めるBilly Seabrook氏に話を聞くと、同氏は、CEOのゴーサインがあったことでFireflyをすぐに試すことができたと明かした。「Adobeは、トレーニングデータやトレーニングの方法を明確にしており、信頼できた」とSeabrook氏。最初のベースをクリアしたことから、1600人という同社のデザイン部門での活用が始まった。

IBMは、FireflyをAdobe Express、Photoshop、Experience Manager Assetsなどのツールでネイティブに利用したという。「?」を作成するためのプロンプトは難しいものではなく、さまざまなバリエーションを作成できたという。「これまでなら、2週間ぐらいだったサイクルを数日に短縮できた」とSeabrook氏。一方で、「(生成される画像の)クオリティが低いこともある」と、まだまだ途上であることも指摘した。「だが、どんどん良くなっており、今後の改善が見通せる」と期待を示し、IBM社内のマーケティング用途だけでなく顧客向けにもFireflyを使っているという。

なお、このようなツールを導入することがデザイナーの仕事を奪いかねないかという懸念もある。それに対してSeabrook氏は、「諸刃の剣だ。しかし、現時点では効率化のメリットが大きい」と述べる。「コンセプトを形にする部分に時間をかけると、生成した画像に満足が行かないことや、批判があった時に素直に受け入れられない。この部分をAIに任せることで、その後の作業に注力できる。これはかなりの効率化につながる」という。

Seabrook氏は、コンテンツサプライチェーンについて、AdobeがCreative CloudとExperience Cloudの連携を進めており、コンセプトとして受け入れやすいと評価した。AdobeのNarayen氏は、AIがもたらす機会を「デジタル体験をセグメントやコホート(ここではある共通の特徴を持つ集団という意味)ではなく、個人単位でパーソナライズできること」と見る。効率化、自動化、スケールなどのAIのメリットを考慮すると、「AIにより企業は顧客エンゲージメントプラットフォームの新しい形を考え直すことになるだろう」と予想した。

(取材協力:アドビ)

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