データドリブンな企業に変革するための3つの教訓

Yuji Sakai/Getty Images

サマリー:デジタル・トランスフォーメーションに取り組む企業は、技術よりも文化が最大の障壁であることを認識している。そのため、変革を成功させるためには組織全体での行動が必要であり、他社の取り組みから学ぶことが重要… もっと見るだ。クウェートのガルフ・バンクはデータプログラムを導入し、2年間でデータを受け入れる企業文化を構築した。本稿はその取り組みから得られる3つの教訓を紹介する。 閉じる

銀行のデジタル・トランスフォーメーション

データサイエンス、AI(人工知能)、デジタル・トランスフォーメーションに取り組む人の多くは、自分たちの努力を阻むものはたいていの場合、技術ではなく文化であることを痛感している。

そして、この問題を解決するには、組織の高いレベルで行動を起こす必要があることも彼らは知っている。人々の考え方や会社のデータ活用方法を変えるために、注意を払い、資金を投じなければならない。しかし、企業やリーダーがその細部に踏み込むと、実際にどのような行動を取るべきなのか、わからなくなりがちだ。

企業文化を変えて、デジタルのマインドセットを育むために必要なことを理解したい時は、ほかの企業が実際に取り組んでいることから学ぶとよい。どの戦略が成果を生み、どの戦略が行き詰まるのか。どのようなメッセージが従業員の心を掴むのか。そもそも実際にが、どこから始めればよいのか。

本稿では、企業やリーダーの戸惑いに対処するために、クウェートのガルフ・バンクが、新しいデータプログラムを導入して、筆者らとともにデータを受け入れる文化を構築した2年間の概要を振り返る。2年という期間でこの取り組みが完遂したとは言い難いが、多くの人がこれまでとは違うやり方で仕事をしながら、新しい刺激的な方法でデータを活用するようになった。

筆者の一人であるアル=オワイシュは、2021年2月にガルフ・バンクの初代の最高データ責任者として採用された。銀行業務の全面的なデジタル・トランスフォーメーションを目指す戦略的な計画におけるその任務は、データ主導の顧客体験の構築と提供だった。具体的には計画を整理して、小さなチームをつくり、実行することだった。アル=オワイシュは技術者として成功を収めていたが、この役割を引き受けるために成長しなければならないと考え、もう一人の筆者、レッドマンをプロジェクトに加えた。

新しい仕事を始めるに当たり、アル=オワイシュはよくあるアドバイスについて考えた。顧客データベースを整理する、データレイクを構築してアクセスを改善する、規制当局への報告を改善するなどで、これらは短期的な成果を示すものだった。

アル=オワイシュの上司で副CEOのラグー・メノンは業界のベテランで、短期的な成果に意味がないことを知っていた。なぜならこのような取り組みの立ち上げ時に、短期的な成果を追求して失敗する例を数多く見てきたからだ。メノンは、まず「基本を固める」ように助言した。

私たちはメノンの洞察から2つのメッセージを受け取った。1つ目は、データ品質の向上から始めるということだ。奇妙な選択だと思う人も多いだろう。しかし、データ分野において、特にデジタル・トランスフォーメーションやデータ主導の顧客体験構築において、品質は基本中の基本である。質の悪いデータは存在する。また質の悪いデータは破壊的な影響を及ぼし、日々の仕事に莫大なコストを費やしながら、マネタイズやアナリティクス、AIの使用をはるかに困難なものにする。

2つ目のメッセージは、どのようにみんなを巻き込むのか、どのような文化をつくりたいのか、どのような組織の構造が効果的か、慎重に考えるということだ。

私たちの場合、2つの核を強調したいと考えていた。すなわち、すべての人が自分の仕事をするためにデータを必要としていることと(データカスタマー:データを利用する人)、下流で使われるデータをつくること(データクリエイター:データを作成する人)だ。これらの役割分担をして連携させることによって、悪いデータが生じる原因を見つけてそれを排除し、データの質を急速に向上させることができる。また、このようにデータの品質改善に取り組むことが、人々がデータに関心を持って主体的に動くことにつながる。

プロジェクトに着手する前に、さまざまなレベルの勤続年数の長い従業員に意見を求めた。人々はデータ品質への取り組みを魅力的に感じるだろうか。データカスタマーまたはデータクリエイターとしての新しい役割に魅力を感じるだろうか。

これらのフィードバックから、納得してもらうために説明が必要な人もいれば、新しいやり方が気に入りそうな人が多いこともわかった。また「簡単に始めやすい」課題を用意する必要があった。新しい役割がうまく機能すれば銀行を変えることができるという意見もあり、私たちを勇気づけてくれた。

幅広いデータチームを構築する

アル=オワイシュの小さなチームが、1800人が働く銀行全体を巻き込むにはどうすればよいか。私たちは「データアンバサダー」プログラムを考案した。これはデータ品質の向上という考えをチームに導入する取り組みを先導する人々のネットワークだ。

アル=オワイシュは銀行の経営委員会に出席して、メノンの責任について説明し、データ品質を重視する意義や、求める人材のプロフィールを明確にした。また、トレーニングやサポートを提供し、その過程で銀行全体が学んでいくことを強調した。そして、13人の経営委員が140人のアンバサダー候補を推薦した。

シニアリーダーが推薦したアンバサダー候補ではあったが、予想通り多くの人が懐疑的だった。そこでアル=オワイシュのチームは人材部門と協力し、次の3つの方法で、アンバサダーの仕事を興味深く、やりがいがあり、楽しいものにした。

・世界水準のトレーニング:アンバサダーには、彼らのキャリアを通じて役に立つことを学んで実行するのだと説明した。新型コロナウィルス感染症の影響で、困難もあった。しかし、5つの対面式セッションによるトレーニングでは、データカスタマーおよびクリエイターとしての役割と責任を探求し、最初のデータ品質測定の方法を説明して、問題の根本的な原因を発見し、排除する方法を提示した。

最終セッションは、セルフサービス型のアナリティクスとデータビジュアライゼーションに焦点を当てた実践的なトレーニングを行った。各セッションでは、アンバサダーが現場ですぐに始めやすい課題も提示した。

・メディア:社内報やソーシャルチャネル、地元紙などでアンバサダーの活躍が紹介され、大きな話題となった。

・ブランディング:データチームはマーケティングチームと連携し、データアンバサダー・プログラムのロゴを作成して、ロゴ入りグッズを提供して認知度を高めた。

最初のセッションが終わる頃には、最も懐疑的なアンバサダーたちも、個人的に魅力のある取り組みだと認識していた。データとアナリティクスは技術者だけのものではなく、自分たちにもできることがあると理解したのだ。そして、そのメッセージをチームに持ち帰った。

全員を参加させる

次のターゲットはアンバサダー以外の人々、特に、支店やコールセンター、営業チームなど、銀行の顧客体験を大きく左右する職場で働く人々だ。私たちは基礎講座として「データ101プログラム」を設計し、データクリエイターおよびカスタマーとしての役割を説明し、データの品質があらゆるレベルで銀行の成功に与える影響を強調した。

興味深いことに、これらの役割を担う人々は、銀行の最も重要なデータの多くを作成しているにもかかわらず、その理由をまったく理解していなかった。データそのものは、彼らにとって最も縁遠いものだった。最後にアル=オワイシュは、すべての入社時研修に「データ101」が含まれるよう働きかけた。

データの品質向上が起点となって、自分たちの仕事の範囲が広がることを各人が理解すると、多くの銀行で行われている「ただ売ればよい」というアプローチよりも、この手法が刺激的ものであることが明らかになった。たとえば、ダイレクトセールスの責任者のファード・アル=ラファエイはトレーニングの後にアル=オワイシュを探し出して、データ101が自分の考え方をいかに変えたかを話した。契約成立後、新しい口座を開設する際に、自分が使用しないデータも銀行内のデータカスタマーにとって必要であることを理解したので、十分に注意を払うようになったのだ。

ほかにも、データ品質の重要性を知ってから、データクリエイターとしての責任を真剣に考えるようになったという、似たようなフィードバックがあった。自分の仕事が銀行全体の成功につながっていると実感するようになったのだ。こうした小さなステップをいくつも地道に重ねていくことで、誰もがより多くの、より信頼できるデータを顧客体験に活用できるようになる。

イノベーションを前面に出す

「エンパワーメント」とは美しいものだ。予想通り、銀行のさまざまな人がアンバサダーと協力して、測定を行い、データのクリーンアップに照準を合わせ、間違いの根本的な原因を排除するようになった。そして、組織的な変化として、アンバサダーと一般社員がトレーニングで提供された手法やツールを新しい形に置き換えるなど、みずからイノベーションを起こすようになった。

たとえば、2人のアンバサダーが力を合わせてマネーロンダリングを防止するモデルを改善し、支店での顧客体験を向上させると同時に、リスクと運用コストを削減した。2023年初めにアル=オワイシュと彼女のチームは、ガルフ・バンクで初めての「イノベーション・トーナメント」を開催した。数百人が参加し、エンゲージメントとエンパワーメントが根づきつつあることを確信できた。

前述の通り、ガルフ・バンクにデータ文化が完全に定着したと主張するには、2年では早すぎる。まだ多くの問題が生じるだろう。

さらに、アル=オワイシュとガルフ・バンクは、AI、共有言語、データドリブンのイノベーション、データサプライチェーンの管理、収益化など、より大きな計画を見据えている。これらの取り組みの多くは、ビッグデータ、高度な技術、高度な学位を持つ専門家、そしてアンバサダーなどの支援が必要になる。

教訓

言うまでもなく、優れたデータ文化を構築する方法はさまざまある。米国務省は「活性化の哲学」を採用し、1度に一つの部署に焦点を当て、集中的に取り組んでいる。AIをめぐる盛り上がりを見て、データ文化の構築を目指す組織があるかもしれない。そのような組織に対し、ガルフ・バンクの経験はいくつか重要な教訓を示している。

既存の文化を変えるのは難しい。その過程のすべての段階で戦うことが必要ならば、さらに難しい。そこで、既存の文化が受け入れることができ、あなたが望むようなデータ文化を前進させることができるものを探すのだ。たとえば、医療に携わる人々は「より長く、より健康的な生活を送ることを支援する」ことに賛同しているかもしれない。データプログラムがその使命をどのように前進させるかを説明することで、改革のチャンスが増えるだろう。

プロジェクトの冒頭から、新しい文化の構築を始めることが重要だ。それが主要な任務でなくても最初が肝心である。これは、支持を集めるためには短期間で成果を示すことが必要だという、従来の常識には反する。

短期間の成果を求めると、近道を選びがちになり、人や文化をないがしろにし、プロジェクトが失敗する可能性を高める。さらに、手っ取り早い成果は、人材や文化について心配する必要がないと企業に誤解させ、将来的に失敗する下地になりかねない。それよりも、業績、構造、人材、文化を完全に取り込んだ「意義のある勝利」を目指そう。

2つ目の教訓は、文化を変えるためには全員を巻き込む必要があるということだ。筆者らはガルフ・バンクで経営委員会、人材部門、マーケティング、コーポレート・コミュニケーションに声をかけ、全員からタイムリーなサポートを得た。

研修は対面式で行い、それぞれのグループに合わせた内容にして、データの重要性を強調した。実際、「データ101」には20以上の種類があった。さらに、文化は言葉ではなく行動によって変わる。したがって、単に考えさせたり感じさせたりするだけでなく、何をしてもらいたいのかを明確に説明した。トレーニングで提供された課題は、人々が取り組みを始めるきっかけになった。

3つ目は、データ品質を出発点として強く意識することだ。多くの人はデータ品質を、データに関して最も魅力のない話題だと考えている。しかし、データの品質に注目することは、全員を巻き込む素晴らしい方法であり、根本的なことでもある。質の悪いデータの上に、優れたデータプログラムを構築することはできないのだ。

最後に、企業文化の構築には根気とは勇気が必要だ。うまくいかない日もあるだろうが、大きな目標を常に視野に入れておこう。

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