「個の尊重」が強い組織をつくる

リクルートがこれまでにさまざまな事業を立ち上げ、世の中に広く普及させてきた原動力には、圧倒的な営業の強さがある。同社の営業力の源泉はどこにあるのか。リクルートの代表取締役社長を務める北村吉弘氏は、創業から受け継がれる「個の尊重」というマネジメントの原則を挙げた。社員一人ひとりに裁量を与え、自由度を高めることで、挑戦と失敗の経験を通じた学習を促し、個人の成長を実現する。そうして培われる個人の強さが、組織全体の強さにつながっていると北村氏は語る。

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営業の介在価値は
顧客の目的達成にある

編集部(以下色文字):リクルートといえば営業が強い会社というイメージを持っている人は多いと思います。一口に営業と言ってもその業務は多岐にわたりますが、北村さんは営業の仕事をどう定義されますか。

北村(以下略):これはあくまで持論ですが、「営業」という言葉には2つの意味が含まれていると思います。一つは、職業としての営業です。これは名刺に記載される肩書きのように組織内の役割を表します。もう一つは、行為としての営業です。これは営利を目的に業務を遂行することです。

 営業やセールスという肩書きを持つ人は一部に限られるかもしれませんが、組織で働く人であれば誰もが営利を目的に活動しているのではないでしょうか。このように考えていくと、リクルートはもちろんですが、すべての企業が何らかの形で営業を行う人々の集団だといえます。

 私が旅行雑誌『じゃらん』の編集部で働き始めた時、当時の編集長から「編集は読者への営業だ」と言われたことを、いまでもよく覚えています。編集者は職業としての営業ではありません。しかし、雑誌事業という営利活動を成立させるために、読者の目的を把握したり、隠れたニーズを発掘して新たな目的を提案したりしながら記事をつくり、興味と関心を持ってもらえる方法でそれを届けます。これはまさしく、営業の仕事です。

 エンジニアも同じです。当社の優秀なエンジニアの仕事を見ていると、新しいサービスをつくる前段階で現場に足を運び、何時間も実際の業務を観察する人がいます。そうして完成したシステムは非常に使いやすく、お客様に喜ばれるものが多い。彼らの中に特別な意識はないと思いますが、エンジニアも営利という目的を達成するために、行為としての営業に取り組んでいます。

 特に職業としての営業には、常に数字という結果が求められます。結果を出せる人と、そうでない人は何が違うと思いますか。

 私が初めて営業という肩書きを与えられた時、当初はまったく結果を残せませんでした。立ち上げたばかりの結婚情報誌『ゼクシィ』の営業として名古屋に着任したのですが、第1四半期の目標達成率は3.5%と、史上最低の数字を記録しています。その理由は、自分が売るべきものを勘違いしていたからです。

『ゼクシィ』の営業は、お客様に広告を出稿してもらうことが成果になります。私は「広告枠を買ってください」とお願いすることが営業の仕事だと思っていたのですが、そうではなかったのですね。それに気づけたのは、脱サラしてウェディング事業に参入された方と仕事をした経験からでした。

 お客様との打ち合わせで指定されたのは、ご自宅のマンションでした。箸立てやラップのかかった肉じゃがの置かれた生活感あふれる食卓に座り、なぜ自分がこのビジネスに挑戦したかという熱い思いを聞きながら、人生を賭けて『ゼクシィ』に広告を出そうとしていることが痛いほど理解できました。

 先方からの依頼は1ページの広告出稿でした。新米営業にとっては大きな仕事で、ましてや売れない営業マンの自分にとってはとても魅力的です。ただ、その場ですぐには気持ちに応える回答ができず、「会社に持ち帰り、提案書をつくって持ってきます」とだけ伝えて、その日は帰りました。

 最終的に私が提案したのは、当時の『ゼクシィ』で最も小さい8分の1ページの広告でした。起業したばかりで手元資金が限られる中、高額な広告を出すことはリスクが高すぎると感じたからです。提案書を見せたとたん、「金がないことをバカにしているのか」とものすごく怒られましたが、「単価の低い商品しかない状況で大きな広告を出しても、大した利益にはなりません。私は御社の事業を長期的に成長させたいと考えて提案しています」と必死に訴えたら、最後は理解していただき、最小の広告を受注することが決まりました。その会社の商品は大ヒットして、業態は拡大し、社員数も順調に増えていきました。

 その経験から学んだのは、まず顧客の目的を理解しなければ、結果はついてこないということです。顧客の目的を理解し、それを達成するための課題を解決することが先にあり、広告は解決策という料理を載せるための皿にすぎない。そのことに気づけずに、自分が売りたいものを一方的に並べて「買ってください」と頭を下げるような仕事をしていたら、売れないまま終わっていたかもしれません。

 その考え方は、営業という仕事に共通するものでしょうか。

 自分たちが扱う商品やサービスが変わったり、紙からオンラインに媒体が移行したことで広告掲載の手法が変わったりしても、顧客の目的達成を目指して最適な提案をするという営業の基本は変わりません。それこそが営業の介在価値だと思います。言い換えると、誰に売るのかに応じて、どう売るかという提案の内容や方法は変えなければいけません。

『じゃらん』編集部で紙の雑誌の編集者をしていた時、表紙の項目を色やキーワードなど300に分解して、それが雑誌の売れ行きとユーザーの行動にどれくらい影響を与えているかをデータ化したことがありました。すると、表紙に「旅行」という単語を使うと雑誌が売れなくなることがわかりました。当時の読者が旅行として認識していたのは、ふだんとは違う移動手段で150キロ以上離れた遠方を訪れ、かつ1泊2日以上を過ごすことだったからです。

 旅行雑誌を購入する読者の目的は、移動することではありません。おいしいものを食べたり、綺麗な景色を眺めたりするという目的を達成するために情報を求めています。しかし、表紙に旅行という言葉を使うことで、読者の目的達成から遠ざかってしまうのです。

 顧客の目的は何かを徹底的に考えて、あるいは新しい目的を提案して、その目的を達成してもらうために、どのようなコミュニケーションを取るべきかを考え抜くことが大切です。商品やサービスがどれだけ素晴らしくても、アプローチ方法を間違えると失敗するのは、営業の仕事に共通していえることだと思っています。

 リクルートの場合、特にどう売るかについては現場に決定権が与えられます。営業の介在価値を時代によって柔軟に変化させてきたことが、当社の強みだと考えています。

「個の尊重」の徹底が社員の成長を促し
チームや組織を強くする

 個人やチームとして達成すべき数字が明確なほど、目先の成果に囚われやすくなります。北村さんはこれまで数々の部門でリーダーを務めてきましたが、部下に高い目線を持ち続けてもらうためには何が必要でしょうか。

 何より大切なのは、目標設定から施策までを上司が管理するのではなく、一人ひとりに裁量を与え、自由度を高めて、自分の頭で考えて動いてもらうことだと思います。当社は創業以来、経営の原則の一つとして「個の尊重」を掲げてきました。今日その言葉は“Bet on Passion”と訳されていますが、リクルートでは個の尊重という原則に基づいたマネジメントが受け継がれています。

 特に職業としての営業が、短期の成果を追求する必要があることは否定しません。経営者やリーダーという立場に立った時、メンバーに目標を達成することも要求します。ただし、目の前の成果がすべてではなく、それは行動を積み重ねていく中での通過点にすぎないことも確かなので、数字だけに囚われないようなコミュニケーションを心がけています。

「あなたはどうしたいのか」と問いかけるのは、個人を尊重する文化の象徴ですね。

 その言葉は個の尊重を体現していると思います。あなたの裁量と自由を保証するので、自分で考えて動いてみなさいというメッセージです。

 社内に知見が蓄積され、情報共有の仕組みも整備されているので、成功のセオリー通り動いてくれれば、数字をある程度までつくることはできます。また、インターネットを含めて顧客の情報はさまざまな方法で入手できますから、顧客のニーズを把握する難易度も下がりました。一昔前と比べれば、営業の仕事は格段にやりやすくなったと思います。

 ただし、こうやれば成功する、あるいは失敗するというセオリーを上司が知っていたとしても、目標から施策までをできるだけ自分自身で決めてもらうのがリクルートのやり方です。その目的は、個人の成長を実現することにあります。

 リーダーが目標を与え、やり方まで教えることで、チームのメンバーが数字をつくれたとしても、そこに個人の成長はありません。そうではなく思考の自由度や行動の自由度を高めることで、みずから高いゴール設定ができるようになり、挑戦と失敗を通じて成長してくれると信じています。そして一人ひとりの成長がチームや組織を強くし、ひいてはより高い顧客価値を提供できるようになると思います。

 そうはいっても実際には、マイクロマネジメントをする人もゼロではないと思います。しかし、そうしたチームでうまくいっているという話は聞いたことがありません。

 失敗を許容するマネジメントだという言い方もできそうです。

 そうですね。裁量を与え、自由度を高めることで、自分なりに挑戦した結果から学ぶこと、すなわち経験学習することで人は成長します。経験を内省して行動を改善するサイクルを回すことだといえますが、成功体験はどうしても内省が難しい。そのサイクルを高速で回してもらい、メンバーの学習効果を高めるためには、積極的に失敗体験をさせたほうが有効だと思います。

 個を尊重するということは、最初に決め事をつくるということです。リーダーの役割として事前に任せるべき範囲と指示を与える範囲を決めて、任せると決めた部分は最後まで任せる。それがリクルートに受け継がれている個の尊重という文化であり、マネジメントの基本だと思っています。

 失敗の中には、単なる不注意や準備不足から生じる失敗と、より高い目標に挑戦したことによる失敗があると思います。

 当然、後者が望ましいと考えています。しかし、個人や事業に成長をもたらす価値ある失敗と、そうではない失敗の違いを理解してもらうためにも、両方の失敗を実際に経験することは大切だと思います。

 私がリクルートライフスタイルの社長を務めていた時、ある新規事業が立ち上がりました。事業の担当責任者を務める部長とマネージャーは2週間に一度、私のもとに報告にきていたのですが、こういう理由でうまくいかないという否定的な話ばかりを聞かされる時間が2カ月も続きました。あまりに後ろ向きなので、「やりたくないのか」と聞くと「やりたい」と答える。これはどうすればいいかなと悩みました。

 このままのやり方で進めてもうまくいかないと思い、私は新規事業のミッションを変えることにしました。具体的には、期末までの残りの10カ月で何でもいいから100個失敗するよう指示を出し、定例ミーティングでは失敗したことだけを報告するというルールを設けました。成功した話はいっさい聞かない。平均すると1カ月で10個の失敗を経験する必要があるので、とにかく手数を増やすしかありません。

 最初の1カ月、2カ月で聞かされる失敗は、オペレーションでつまらないミスをした話が中心でした。しかし、3カ月経った頃から高度な仮説を検証した結果の失敗がいくつも出てきて、そこからは私自身も驚くような学びがありました。失敗の裏側には成功した話もたくさんあったと思いますが、あえてそれを聞かないままミーティングを続けていくと、失敗を100個納品してもらった時には、ビジネスは立派に成長し、初年度で10億円弱を売り上げる事業になっていました。

 特に新しい事業を立ち上げる時や、これまでにないサービスをつくろうとする時、個人と事業の成長を両立するために、リーダーには寛容さが求められる瞬間が必ず訪れます。思考や行動の自由度を高めれば失敗するリスクも高まるかもしれませんが、経営者やマネージャーはそのリスクを負い、万一の時は代替案を提示できるようにする。自分が出ていくことに意味があれば、謝罪に同行もします。その責任を負わなければ、チームメンバーは自由を存分に堪能できません。

 リーダーの責任の下、目標達成に確実にコミットメントしてもらう部分と、ストレッチしてもらう部分を分離することで、一人ひとりが高い目線を持てるチームが実現します。優しさと厳しさを兼ね備えた仕組みをつくり、メンバーがリスクを取りやすい環境をつくることが、リーダーの役目だと思います。

 個を尊重して裁量と自由を保証するやり方は、マネジメントを放棄して行きすぎた放任主義になる危険性はありませんか。

 個の尊重と放任主義はベクトルが違うと思っています。繰り返しになりますが、個の尊重とはマネジメントを放棄することではなく、一人ひとりの背中を押し、個人の成長を実現するために、本人に任せるべきところと、指示を出すべきところを切り分けることです。

 現場を見ても上司が関与しないということはなく、むしろ思考の自由度や行動の自由度を高めた後は、「これはどう思うか」「どう考えるか」と積極的に対話を行います。メンバーが直面する課題の解決策を深掘りして、いまの行動が目標達成につながるものになっているかを確認するためです。自分がどこまでリスクテイクできるかを判断するためにも、意識して話を聞くようにしています。

 こうした対話を繰り返さなければ、目標に対する意識が低下して、最低限コミットメントすべきラインまでやっておけばいいという人がどうしても出てきます。そして、そうした人が増えれば増えるほど組織の成長は停滞します。そうはならないように目標へのコミットメントは現実的に管理し、同時に目線は常に高く保ってもらうことを意識させるというマネジメントは、当社の文化として根付いていると思います。

 また、リクルートは個の尊重を徹底していますが、小集団活動の組織ともいわれています。自分本位の仕事をさせるわけではなく、チームで活動することが基本です。この考え方も創業の時から大切にされてきました。上司を含めてチームで働くという考え方がありますので、マネジメントを放棄したり、無責任に突き放したりするということはよしとされていません。

 着実に目標を達成しているけれども目標自体をストレッチしない人と、常に高い目標を掲げているけど数字がついてこない人は、どちらを評価すべきでしょうか。

 会社の基本的なルールとしては、高い業績を上げた人により高い評価が与えられます。ただし、ユニークで素晴らしい目標を設定してもなかなか結果に表れない人がいたら、それは上司の責任でもありますから、全力でサポートするのは当然です。

 また、通常の人事制度とは異なる方法で評価される仕組みも用意されています。たとえば、「FORUM」(フォーラム)という制度があります。これは日常業務を通じて発見した課題を、イノベーティブな手法で解決した成果を表彰するイベントです。営業職、エンジニア職、経営スタッフ職、事業開発職という4つの部門に分かれ、各マネージャーが推薦したチームから毎年、部門ごとに10組が選出され、全社にナレッジを共有しています。

 マネージャーから推薦されるのは、営業成績がいい人や、その時点で目に見える成果を上げた人ではなく、困難な課題に挑戦した人です。結果だけでなく過程を見てもらう機会になり、表彰されたチームには賞金も出ます。賞金自体もモチベーションになっていると思いますが、仲間から挑戦を評価される機会になっています。

 リクルートでは昔から、公式・非公式を問わずに、数字以外の面も見られる文化があります。たとえば、「売ったのか、売れたのか」という言葉は象徴的です。「売れた」は、本人が努力せずに数字だけついてきた仕事、「売った」は、みずから課題を見つけ、解決法を含めて提案し、受注できた仕事です。

 歴史が長く実績が安定している事業だと、特別な努力をしなくても売れることがあります。ただし、上司からも同僚からも、受注額は大きくても「売れた」仕事より、金額は小さくても「売った」仕事のほうが高く評価されます。私が現場にいた時もそうでしたし、それはいまも変わりません。

北村吉弘氏へのインタビュー全文は『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2021年6月号に掲載

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