「データ分析CoE」が導く、ヤマハ発動機のデータドリブン経営

社内に散らばる“腕利き”たちを中央に集めて、データドリブン経営のような組織横断の全社プロジェクトを推進するCoE(Center of Excellence)。海外企業では珍しくないが、ここにきて国内でも本格的なCoEの設置・運営に乗り出す企業が増えつつある。設置・運営で重要な観点は何か。以下、静岡県磐田市に本社を置き、バイクや電動アシスト自転車、水上バイク、船舶エンジンなどで知られるグローバルメーカー、ヤマハ発動機の取り組みを紹介する。

 何らかの新しい取り組みや、組織を横断するプロジェクトを遂行する際に有用なのが、CoE(Center of Excellence)の設置だろう。社内に散らばるすぐれた人材を集め、社内外の知見やノウハウを集約することで、難解なテーマや課題を乗り越えるための推進役を担う、リアルまたは仮想のチームや拠点だ。欧米では以前から先進的なIT/デジタルプロジェクトに関してCoEを置く企業が多いが、ここへ来て日本でもクラウドやデータアナリティクスなどを目的にCoEを設置するケースが増えている。

 では、CoEを設置した企業はどのようにCoEを組織し、運営しているのだろうか? 新たに専門部署を作るのと、どう違うのか?──2021年のDX銘柄企業に選定され、デジタル先進企業の1社であるヤマハ発動機のCoEを取材する機会があったので報告する。

 同社が設置したのは、データアナリティクスの民主化を推進するためのCoEである。単に分析スキルを高めるわけではなく、本業の強化・高度化を重要視してデータドリブン経営を実践することで、企業文化や風土の変革を目指している。

「今を強くする」ためのデータドリブンをCoEが主導

 ヤマハ発動機が、CoEの設置につながるDXの取り組みに着手したのは2018年のこと。この時、①経営基盤の改革(既存ITのモダナイズ)、②今を強くする(データドリブンの推進)、③未来を創る、という3ステップ(レイヤー)で進める方針を打ち出した(図1)。

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 このうち、①は同社が利用するSAP ERPのバージョンアップに加えて、国内25社海外111社に及ぶ関連企業の経営データ一元化と経営ダッシュボードによる「予知型経営」(同社)を目指すもの(図2)。③はロボティクスや製品の知能化、オープンイノベーションなど、新規領域の開拓である。

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 CoEが関わるのは、②の「今を強くする」だ。具体的には工場におけるオペレーションの高度化・自動化や、デジタルマーケティングなど顧客エンゲージメントの強化を目的にデータ基盤を構築・整備し、データ分析人材を育成する。それによりデータ分析を文化の1つとする俊敏で柔軟性の高い体質に変革する──今日、どんな企業にも求められる取り組みだが、どうやってそれを実現するかが問題である。

 そのために、ヤマハ発動機はIT本部の中にデジタル戦略部を新設し、ここにデータ分析のためのCoEを設置した。人材は社内だけでなく、海外からも採用。人材を採用しやすいように、拠点を本社のある磐田市ではなく、首都圏の横浜市に置く念の入れようだ。そのうえでCoEでは、「データを当たり前に、社員のだれもが使いこなせるようにする」というミッションを掲げ、事業部と一緒になって現場の課題を解決することと、データ分析スキルを“民主化”するために社員のデータリテラシー向上を図ること、という2つの活動に注力している。

 このうち現場の課題解決では、営業部門やマーケティング部門とのマーケティング施策の分析、主力製品の1つであるバイクの需要予測、あるいは製造部門との不良発見など、すでに80のプロジェクトを動かしているという。

 例えば、船舶用エンジンブロック(本体)の鋳造における不良を発見するために、鋳造の担当者と共同で、温度、時間、圧力などをパラメータとして品質を判定するAIモデルを構築した。同社デジタル戦略部 データ分析グループ データサイエンティストの藤井北斗氏は、「(ディープラーニングで)完成したブロックの画像を認識して不良を判定する方法もあるが、(我々のアプローチは)より上流の段階で対策できるので効果が大きい」と説明する。

データ分析の民主化へ─コロナ禍で研修参加者が急増

 これらの取り組みは、現場の課題やニーズを丹念に拾っていけば比較的やりやすい。難しいのは②で、データ分析の民主化やリテラシー向上の必要性は分かっても、社員にとっての優先度は高くない。

 そこでヤマハ発動機のデータ分析CoEでは、急ぐことなく地道に取り組んできた。データ分析人材の研修参加者を募集したところ、2018年は4人、翌年には19人と少なかったが、ここまでは集合研修。何をどう学んでもらうかをはじめとする教育コンテンツも時間をかけて整備した。

 オンラインで受講できるようにしたため、コロナ禍の2020年には400人、2021年には740人にまで増えた。整備した教育コンテンツは、リテラシー向上のためのデータサイエンス入門講座、Udemy提供のWeb講座、Google Cloud Platform(GCP)とDataRobotの研修、実際の業務データを使うブートキャンプ的な講座である。Udemyは外部コンテンツだが、それ以外は基本的に内製したという。受講者のレベル別にプログラムを用意し、1年で知識から技術取得、OJTまでをカバーする構成だ。

 2021年には社内イベント、「Data Analysis Conference 2021」を開催。社内におけるデータ分析の事例紹介や分析コンテストに加えて、スバルやダイハツ工業、関連会社である楽器のヤマハ、ツールベンダーのDataRobotなどから講師を招き、他社の取り組みを周知するべく取り組んだ。

 こうしたことが相まって、「(教育の受講者は)22年も順調に増えている。当社の社員数は単体で1万人強なので、10%を超えた計算になり、ここまで来れば今後は自律的に広がっていくと見ている」(藤井氏)。

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