中国はAI分野における世界的なリーダーになれるのか。AI企業の数は世界2位、AI人材数でも米国に次ぐ世界2位になる。300以上の中国産AI基盤モデルが発表されており、加えて多くのモデルが極めて安価だ。中国のAI産業動向に詳しい、野村総合研究所(NRI)の未来創発センター 戦略企画室でエキスパートを務める李智慧氏が、2024年8月下旬に中国AI産業の現在地を解説した。
李氏は7月4~6日に中国・上海で開催された「世界人工知能大会&AIグローバル・ガバナンスハイレベル会議(WAIC2024)」を視察するなどし、中国AI産業の状況を分析している。50超の国と地域から500社以上の企業、約1300人が参加したWAIC2024は、AI基盤モデルや計算インフラ、ロボット、自動運転、空飛ぶクルマなどの企業が出展する。外交、経済、科学技術、教育など中国のほぼ全ての省庁が参画するなど、中国政府のAI重視の戦略が見てとれたという。
中国AI産業の分析(出典:NRI「中国AI産業の最新動向及び日本企業への示唆」)
WAIC2024では、ヒト型ロボット(ヒューマノイド)と生成AIを融合した身体性AI(AIが身体などの物理的な要素を持って、外部環境と相互作用する能力を持つこと)分野に参入する企業も目立ったという。「多くは実用レベルに達していないが、キュウリの皮むきや衣類の折り畳み、デスクの片付けなどの知能ロボットが出展されていた」と李氏は振り返る。また同氏は、AIエージェントの発表にも注目。例えば、螞蟻集団(アントグループ)が決済サービス「Alipay」をベースにしたAIエージェントを発表した。同エージェントが健康管理や行政手続きなどに関する品質管理(QA)や作業代行を行ったり、来院予約や診断説明、服薬管理などをアシストしたり、資産管理をアシストしたりする。
こうしたことを通じて、李氏は中国AI産業の大きな特徴を、汎用(はんよう)型より業界特化型のAI基盤モデルの開発・普及に力を入れ始めているとみる。2023年は「OpenAIの『ChatGPT-4』に追いつけ追いこせ」と、汎用型モデルの開発を加速させていたが、2024年になると金融や医療、製造、エネルギーなどの業界特化型モデルの応用事例が増えてきたという。同氏は「応用・専門化に焦点が移った」と説明している。
同氏は、中国AI産業の成長を示すデータも幾つか紹介している。「ロボティクスと自動化に関する学術会議」(ICRA)に採択された論文数は、1位の米国に肉薄する。ある調査によると、同会議が採択した論文数の比率は、2021年の米国27%、中国13.8%から、2022年には米国22.1%、中国18.6%と、米国が約5ポイント落としたのに対し、中国が約5ポイント増となった。
AI人材数も米国に迫る。李氏によると、世界トップレベルの研究者の出身国は、2022年に米国の28%に対して、中国は26%と僅差になるという。そうした研究者らの研究開発を支えるクラウド事業者によるAI基盤モデルなどのModel as a Servise(MaaS)も充実している。例えば、百度の基盤モデルプラットフォーム「千帆」には、大規模言語モデル(LLM)やマルチモーダルモデル、さらにはデータ管理やモデルトレーニングなど基盤モデルツール群を用意する。AI開発プラットフォームやAIコンピューティングインフラもあるため、極端に言えば、データさえあれば、特化型モデルを作れるという。
千帆の概要(出典:NRI「中国AI産業の最新動向及び日本企業への示唆」)
こうした開発環境の整備もあってか、中国AI企業が安価なAI基盤モデルを次々に発表する。李氏の調べによると、100万トークン当たりの料金は、GTP-4の32k版が434.7元、グーグルの「Gemini1.5Pro」が50.7元だが、中国のバイトダンスの「豆含Pro」32k版は0.8元だ。百度の「ERNIE Speed」やiFLYTEKの「Spark Lite」は無料で提供している(米ドル=7.2457元の換算、2024年7月26日時点)。「安い料金で、ユーザーを囲い込む」作戦だと同氏は予想する。

中国と米国のAI基盤モデルの価格設定(出典:NRI「中国AI産業の最新動向及び日本企業への示唆」)
AI産業の成長を促進するオープンソースコミュニティーや公共データ
中国AI産業の成長を促進する取り組みも幾つかある。まず、オープンソースコミュニティーの形成だ。李氏いわく「AI業界のGitHubのようなもの」で、例えば企業がAI開発をしやすくするためのAIオープンソースコミュニティーには、AI基盤モデル企業や、テンセントなどの有力企業、清華大学、北京大学、智源研究院などの研究機関がメンバーになり、オープンソースのAIモデルやデータセットなどのリソースを集約した中立的なAIオープンソースイノベーションプラットフォームを提供する。
次にオープンデータを充実にすることだ。北京や上海、深圳などの市が率先して公共データを公開し、企業にそれらデータの取得、共有、活用を促進する。例えば、上海市が公開するデータは、経済建設や資源環境、公共セキュリティ、道路交通など51部門、135機関にもなる。「(個人情報、プライバシーデータは公開不可など)活用ルールはシンプル」なので、使いやすいという。
つまり、中国にはAI開発に必要な公共データの公開や豊富な計算資源とAI人材、コスト競争力のあるハードウェア、そして社会実装の環境といったバリューチェーンが整っているということになる。李氏は、AIの代表的な応用を4つ紹介した。1つは、専門知識でチューニングした業界特化型基盤モデルを応用した医薬品の研究開発。例えば、ファーウェイは中国科学院上海薬物研究所から薬物分子領域のデータの提供を受けるなどし、先導薬物の開発周期を数年から1カ月に短縮したという。
2つ目は、電力設備検査への四足走行ロボットの活用だ。遠隔から電力設備の地下ケーブルの点検操作をロボットに任せることで、低温環境下や狭い場所でも点検を可能にする。3つ目は、鉄道車両検査へのロボットの導入。車体の下にもぐって、作業員がさまざまな検査を実施する負担を解消する。4つ目は、AI塾講師だ。優秀な塾講師の属人的な授業を学習したAI塾講師が各生徒の習熟度に合わせた学習課程を提供する。これにより、人件費の削減にもなるという。
中国がAI基盤モデルなどの開発を強化する背景には、米国によるNVIDIAなどの高性能GPUの輸出規制も影響しているのだろう。だが、中国AI企業をヒアリングした李氏は「大きな影響はない」とみている。高性能なGPUが必要な用途には影響するが、中国は業界特化型モデルへとシフトしている。「そこには、そんなに大量のGPUインフラがいらない。それに国産GPUの性能も上がっている」という。
中国は2017年に、2030年にはAIの世界的リーダーになると表明している。一方、米大統領候補に指名されたKamala Harris(カマラ・ハリス)副大統領は民主党大会で、AIなど先端技術分野で「世界をリードし、中国との競争に打ち勝つ」と述べたと報道されている。戦い方は先端技術と応用技術にすみ分けされるのか。AIガバナンスやAIをめぐる米中の開発競争に、日本のAI企業は蚊帳の外にみえる。
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