サブスクリプションサービスが失敗する3つの理由

企業によるサブスクリプションサービスへの参入が活性化して久しい。競争が激化する中でも解約数を抑え続ける、すなわち成功し続けるサービスは全体の2割という調査結果がある。​なぜ多くのサブスクリプションサービスは顧客を囲い込み続けることができないのだろうか。本稿では、成功しているサブスクリプションサービスに共通する、顧客体験の4ステップを明らかにする。またそのステップがどのように組み込まれているのか、事例とともに解説する。

サブスクリプションサービスの正しい定義

サブスクリプションサービスが熱い(そうでもない場合もあるが)。

企業と投資家は、サブスクリプションのビジネスモデルが大好きだ。経常収益を生み出し、予測可能なキャッシュフローにつながるからである。企業が永続的により多くの収益を上げる可能性が高いほど、株価も上昇する

2012年から2019年までに、サブスクリプションの経済規模は300%を上回る成長を遂げ、消費者に直接販売を行う企業の75%が、次年度までにサブスクリプションサービスを提供する予定だと答えていた。

ところが、あまりにも多くの企業が参入したために競争が激化し、大手であっても顧客の維持に苦戦する企業が出てきている。ガートナーの調査分析では、(サブスクリプションビジネスの)わずか20%しか、顧客維持率を高めることに成功しないと予想している。

何が原因で、サブスクリプションの契約者数が急増したり急減したりしているのだろうか。有望なはずのサブスクリプションビジネスから、なぜ顧客が離れていくのだろうか。どうすれば企業は、ロイヤルティを高め、加入者を囲い込むことができるのだろうか。

その問いに答える前に、サブスクリプションビジネスとは何かを正確に定義しておこう。

経常収益以外の観点

サブスクリプションは、「経常収益が発生するサービス」ということのみでは定義できない。レンタル、リース、会員権も経常収益を生むが、どれもサブスクリプションのビジネスモデルに当てはまらない。では、どこに違いがあるのだろうか。サブスクリプションとは、顧客がある程度の変動を伴う将来の財あるいはサービスの提供に対して対価を支払うものである。

サブスクリプションビジネスの例を思いつくままにあげてほしいと言われたら、雑誌購読を思い浮かべる人もいるだろう。たとえば『タイム』誌やHBRの年間購読料を払う時、契約者は最新号にどのような記事が載るのかを知っているわけではない。

サブスクリプションを名乗る事業は少なくないが、厳密にはサブスクリプションと言えないものもある。

たとえばアマゾン・ドットコムのサービスの一つ、サブスクライブ・アンド・セイブ(日本では「定期おトク便」)は、あらかじめ決まった商品を固定したスケジュールで発送するものであり、これは配送サービスであってサブスクリプションではない。同様に、融資やリース、レンタル、月額料金制は、顧客が予測可能な商品(車、住宅、タキシードなど)を利用するためのものであって、やはりサブスクリプションではない。

成功するサブスクリプションビジネスの経済的価値は、基本的にそのサービスが形成する習慣の強さと相関関係がある。筆者は過去10年間、企業がいかに顧客を虜にするのかを見極めるために、習慣を形成する商品の基本的な特性を研究してきた。そして、成功している企業が顧客体験に組み込む4つのステップを明らかにした。それが「フック・モデル」である。

・トリガー(顧客がその商品を使うように背中を押す)
・アクション(習慣的行動)
・可変性という報酬(サービスに対するユーザーのニーズを満たす)
・投資(使用を通して、ユーザーにとっての商品価値をさらに高める)

フック・モデルを詳細に見ていくと、サブスクリプションを立ち上げ、運営する企業が陥りがちな落とし穴が明らかになる。

1. 満足できるものにたどり着くまでのステップが多すぎる

ネットフリックスは、面白いコンテンツを見つけるのに時間がかかりすぎるので使うのをやめた、という人はいないだろうか。筆者もしばしばコンテンツを視聴するよりも探すことに時間を取られている。

今日のネットフリックスにおける無限スクロールのオプションは、最初に同社を成功に導いたDVD郵送サービスからかけ離れている。当時は、赤い封筒を開いて、DVDをプレーヤーに入れるだけでよかった。選択することも考えることもなく、ただ事前に選んだものを見るだけである。ネットフリックスは使いやすさを武器に、競合だったブロックバスターの顧客の行動習慣に変革をもたらし、同社を打ち負かした。

商品にまつわる習慣的行動が、同じニーズを満たすほかの選択肢よりも手軽でなくなった時、サブスクリプションビジネスは窮地に追い込まれる。フック・モデルのアクションの段階で、顧客を失う危険がある。

今日、守勢に立たされているのはネットフリックスのほうである。ユーチューブやティックトック、インスタグラムなど、即座に退屈から解放してくれるエンターテインメントのオプションが乱立するいま、ネットフリックスは、利用者がただ郵送されたものを再生していた昔には戻れない。選択肢が果てしなく広がっていることを顧客に認知させる代わりに、簡便さを犠牲にしたのだ。

ネットフリックスもこの問題に気づいており、映画やテレビ番組の選択を簡素化しようとしている。視聴者のために見るべきコンテンツを即座に選び出す「プレイサムシング」(ランダム再生)機能を試しているが、いまひとつ反応はよくないようだ。

視聴者のニーズは、何でもよいからとにかく見たい、というものではない。価値のあるものが見られることを期待している。見るべきものを選びやすくするために、視聴者自身がグーグルクロームの拡張機能で映画批評のスコアを画面に表示させる、という解決策を講じていることは示唆に富んでいる。

ネットフリックスが肝に銘じるべきこと、それは、もしサブスクリプションサービスがほかのサービスよりも使いにくくなったら、そこでゲームオーバーだということだ。

2. 目新しさが足りない

人間というものは、満足感があまり長続きしないようにできている。

私たちの脳には、古いものに飽きて新しいものを探そうとするソフトウェアがもともとインストールされている。これは「快楽順応」と呼ばれるもので、宝くじに大当たりした人や下半身不随の患者が、やがて、人生を変えた出来事が起こる前と同じレベルの幸福感に戻る傾向があるのも、そのためだ。

私たちは最初のレベルの満足感にすぐに戻ってしまう傾向があるがゆえに、強烈な刺激に抗えない。その刺激とは驚きである。ギャンブルにのめり込み、テレビを楽しみ、スポーツに胸が躍り、ソーシャルメディアが習慣化するのは、そこに「可変性という報酬」があるからだ。人間には貪欲な好奇心があり、常に新しくよりよいものを探している。裏を返せば、目新しさを恒常的に提供できないサブスクリプションサービスには、お金を出さなくなるのである。

最近の流行りである「サブスクリプション・ボックス」を考えてみよう。ランジェリーから動物の骨、スライムにいたるまで、あらゆるものを商品として、ボックスの定期便で届けるサービスである。このようなサービスの中には、伝統あるブック・オブ・ザ・マンス・クラブのように、100年近く続いているものもある。だが多くは、「骨が箱詰めされたサブスクリプションなど、誰が契約するのだろうか」と疑問を抱く間もなく、現れては消えていく。

サブスクリプションサービスの主な解約理由は、可変性の低下である。数カ月もすると、サブスクリプション・ボックスの企業はソックスやプロテインバーの配送に対して、毎回驚きを与える要素を保つことに苦労する。「面白い」より「ありきたり」が多くなると、顧客は興味を失い(たいていは、より安価な)別の選択肢を見つける。

幸いにも、可変性を豊かにし、サブスクリプションサービスへの興味を持続させる方法がある。それは、ユーザー自身が使用しながらサービスを向上させるという、フック・モデルの「投資」の段階である。

3. 蓄積価値が欠如している

SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)は、非常に大きな利益を上げるサブスクリプションビジネスになる可能性を持っている。SaaSの粗利益の高さはよく知られており、ユーザーの習慣を形成するソフトウェアを月額料金制で販売する企業は収益性が高い。

SaaSはたいてい無料で試用できるので、高額な初期費用を必要とするソフトウェアに対して競争優位にある。新規ユーザーの獲得は比較的容易で、顧客が商品を使用している最中に、なんらかの摩擦が発生することは少ない。

しかし、顧客の維持となれば話は別だ。SaaS企業で働いている人に、夜も寝られないほど気になる最も重要な指標は何かと聞いてみてほしい。きっと、顧客の解約率だと答えるだろう。顧客を虜にし続けることができなければ、彼らはサービスの利用をやめて金を出さなくなる。

多くのサブスクリプションサービスは、フック・モデルにおける決定的に重要な第4のステップ「投資」の段階を軽視している。この段階では、ユーザー自身が商品に何かを加えて使うことによって、よりよいもの、より離れがたいものにしていく。筆者はこの原理を「蓄積価値」と呼んでいる。

蓄積価値は、サービスの種類によっていろいろな形をとる。たとえば、データを提供する、コンテンツを加える、フォロワーを獲得する、つながりを形成する、評判を築くことなどは、契約者が時間をかけて商品の価値を高めていく例の一部であり、これ以外にも例はたくさんある。フック・モデルを活用し、契約者の使用を通してサブスクリプションサービスを向上させる企業も少なくないのである。

筆者の投資先企業の一つ、クロックワイズを例にとろう。同社のSaaSであるカレンダーツールは、多くの有名企業で使用されている。同社の企業アカウント1万5000件のリストをアルファベット順にたどるだけでも、エアテーブル、アサナ、アトラシアンなど、錚々たる企業の名が出てくる。クロックワイズは2022年、すでに4500万ドルの資金を調達し、カレンダーツールによって「集中して仕事に取り組める時間を200万時間もたらした」と報告している。

個人で使用する場合、このカレンダーツールが、今後の活動予定やタイムボックス(作業にかける時間を定めて生産性を上げる)を推奨する。クロックワイズのマーケティング担当副社長であるフランシス・ラーキンによれば、このツールはユーザーのエネルギーのレベルに応じて、集中して仕事に取り組むのに適した時間を見つけてくれるという。また「ズーム疲れに対応する設定があり、会議が矢継ぎ早に2~3時間続いた後は、自動的に休憩が入るようになっています」と言う。

しかしこのサービスの真価が発揮されるのは、企業全体で使用した時である。「時間は共通のリソースなので、組織全体で利用すれば、必ず最大のメリットが得られます」とラーキンは述べる。

スケジュールに同僚を招待したり、自分のスケジュールに予定を書き込んだりするなど、組織内でこのサービスのユーザーが増えることは、ユーザーによるサービスへの「投資」でもあり、各ユーザーがより大きな可視性と柔軟性を手に入れることができる。クロックワイズは、以前なら不可能だった方法でスケジュールを同期させることによって、時間を生み出しているのである。使用すればするほど、商品がフック・モデルの各段階でますます習慣を形成し、離れがたいものになって価値が蓄積される。典型的なネットワーク効果である。

ボックス以上の何かを提供できれば
顧客は離れない

サブスクリプションサービスは、これまで多くの失敗があったカテゴリーにも広がりつつある。

毎朝飲むコーヒーのことを考えてみよう。コーヒー豆の配達サービスを始めると、しばらくの間は楽しめるかもしれない。だが、目新しさが薄れてくると、おそらく利用をやめることになる。そのようにして、これまで無数のコーヒーのサブスクリプション・ボックスが失敗してきたのである。

サブスクリプションサービスは、単価や品質だけでは勝てない。送料を入れた価格は、ふだん買い物に行くスーパーのコーヒー豆より高いし、味も街角のサードウェーブコーヒーの店の豆と大差がない。そう利用者が気付いたら、サブスクリプションサービスに勝ち目はほぼない。

しかし、コーヒーのサブスクリプションサービスが価格を超えた、ほかにはない独自の何かを提供できれば、顧客は離れないかもしれない。蓄積価値は、ほかより高い価格を正当化し、何度も利用する動機になる。

ボトムレス・コーヒーを例にとろう。サブスクリプションを申し込むと、Wi-Fiが使えて超高性能な小型の量りが送られてくる。この量りの上にコーヒー豆を置いておくと、企業が「消費量を読み取り、ちょうどよいタイミングで顧客に代わって再注文する」仕組みになっている。

ボトムレス・コーヒーのサブスクリプションサービスでは、顧客が新鮮なコーヒー豆を切らしてしまうことはない。注文するのを忘れてはいけないとか、送られる量が多すぎるとか少なすぎるとか、固定スケジュールの配達日まで待たなければならないということがなくなり、解約しない限り、必要な時に必要なものを入手することができる。

必要な時に必要な分だけコーヒー豆を入手できれば、豆は古くならないし、ボトムレスのほうも消費量のデータを収集することにより、顧客の好みに合わせた配送ができるようになる。このようにして価値が蓄積されていくのである。

たとえば、ある特定の焙煎コーヒー豆が短期間で消費されていたら、顧客はその豆を気に入っていると推測できる。次回の発送では、似た種類の豆を送ることが可能だ。そうすれば、新しい別の豆という目新しさで、「可変性という報酬」を顧客に提供できるし、顧客の嗜好から大きく外れない商品を確実に選ぶことができる。

ボトムレスは、あらゆる種類の家庭用品に手を広げて、企業の都合ではなく顧客のスケジュールと好みに合わせて商品を送ることを計画している。顧客が使用することでサービスに価値が蓄積されるという手法によって、ボトムレスは、サブスクリプションサービス以外のサービスでは提供できないもの、つまり大規模なパーソナライゼーションを提供し、業界を根底から覆すことができるかもしれない。

フック・モデルを最大限に活用すれば、サブスクリプションビジネスにおいて、解約の原因となるよくある落とし穴に陥らずに、顧客が生涯楽しめるサービスを構築することができるだろう。

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