サマリー:企業において、人工知能(AI)を活用できる組織文化の構築に取り組む必要性が高まっている。処理しきれない量のデータやメール、チャットなどの「デジタル債務」が増加し、従業員の創造性が損なわれているからだ。AIを活用し、生産性やウェルビーイングの向上を図るには、リソースとトレーニングが欠かせない。本稿ではマイクロソフトでの調査をもとに、AIを活用できる組織文化を構築するために、リーダーが実施すべき3つの取り組みを紹介する。
AIを活用できる組織文化の構築
ビジネスリーダーはいま、お馴染みの状態に陥っている。つまり、あまり経験したことのない状況に直面しているのだ。
リモートワークやフレックスワークへのシフトが必要になった時のような、地殻変動ともいえる変化が起きている。人工知能(AI)だ。リモートワークへの急速な転換と同じように、組織がAIをうまく受け入れるかどうか、最大のカギとなるのは、組織の文化だ。
仕事のペースと量は指数関数的に高まり、誰もがその重圧に苦しんでいる。リーダーも、従業員も、AIがその負担を軽減してくれることを切望している。これはマイクロソフトが毎年発行している報告書「ワーク・トレンド・インデックス」の2023年版の最大のポイントでもある。同報告書は、世界31カ国3万1000人の調査とともに、マイクロソフト365の使用状況から集めた生産性に関するデータ数兆件、そしてリンクトインから得た労働市場動向を分析したものだ。
今回調査対象となった従業員の約3分の2は、仕事をこなす十分な時間やエネルギーがないと答えた。その原因は「デジタル債務」にあると、報告書は指摘している。すなわち、私たちの処理能力を超えるデータやメール、チャットが日々交わされているのだ。現代の従業員は、就業時間の60%近くをコミュニケーションに費やしており、創造や工夫に充てる時間は40%しかない。新しい仕事の世界では創造性こそが生産性につながるため、デジタル債務は不都合であるだけでなく、不利益になっている。
AIは、従業員が最も有意義な仕事に集中できるようにすることで、その不利益を解決することができる。マイクロソフトの研究によると、リーダーがAIに望むことのトップ3は、生産性の向上、反復作業の合理化、そして従業員のウェルビーイングの向上だ。巷では、AIが雇用を奪うのではないか、と大いに騒がれているが、人員削減はリーダーが求めることの最下位に位置づけられている。
AIをうまく活用できる組織になるためには、まったく新しい働き方が必要だ。そこで、AIを活用できる組織文化を構築するために、リーダーが今日からできる3つの取り組みを紹介しよう。
不安ではなく好奇心を持って挑む
AIは、人間とコンピュータに新しい交流のモデルを示す。これまでのコンピューターとの関わり方は、電卓との関わり方に似ていた。つまり、質問をしたり、指示を出したりすると、答えを返してくれるのだ。だが、AIを使えば、コンピューターはコパイロット(副操縦士)に近い存在になる。したがって、新しい形の関係を育み、質問のタイミングや方法を学び、ファクトチェックの重要性を知る必要がある。
変化を恐れるのは人間の自然な反応だ。AIが自分の仕事にとって何を意味するのか、従業員が不安を感じるのは無理もない。マイクロソフトの調査では、AIに自分の仕事が奪われると懸念する従業員は49%に上るが、AIへの期待はそれを上回る。従業員の70%が、仕事量を減らすために、仕事の一部をAIに任せることに非常に前向きな姿勢を示したのだ。
恐怖心を抱いて仕事をしても、プラスになることはあまりない。好奇心を持つ文化を育めば、AIにできることや苦手なことを含め、AIの仕組みについて従業員の理解を促せる。この理解は実体験から始まる。従業員にAI検索や、知的な文章作成支援や、スマートカレンダーなどのAIツールを安全かつ確実に試すことを促して、好奇心を行動に移すよう奨励しよう。
職務や機能によってAIの使い方やメリットは異なるため、従業員がそうしたツールに慣れ親しんでいるうちに、AIがどのようにプロセスを改善したり、変更したりできるか従業員に考えるよう、促そう。それが新しい仕事のやり方を発見するきっかけになるはずだ。
失敗を受け入れる
AIはほぼすべての仕事を変えるだろう。そして同時に、AIによる作業改善や自動化から一定の恩恵を受けるだろう。リーダーはいまこそ創造性を発揮して、仕事を見直し、試行錯誤を重ねて、AIがビジネスニーズを最もうまく満たす方法を見つけるために、チームが取り組み始めるよう、促すべきだ。
AIがいつも正しい仕事をするとは限らないが、たとえ間違ったとしても、それは意味のある間違いといえる。ゼロの状態から仕事を始めるよりも、少なくとも1歩踏み出した状態から仕事を始められることで、物事を見直したり、編集したり、拡張したりといった重要な思考作業にすぐに着手できるのだ。こうした新しい作業パターンを学び、どのプロセスをどう変える必要があるか、見極めるには時間がかかるだろう。しかし、実験や学習を進歩の前提条件と見なす文化をつくれば、よりスピーディに目指す状態へ到達できるだろう。
リーダーは従業員がAIを試して、ワークフローにどのように取り込めるかを試行錯誤できるように、失敗を許容する環境をつくる責任がある。筆者の経験では、これには、成功をほめるだけでなく、従業員がそれぞれ同じ教訓を学んで時間を無駄にすることがないように、チーム全員で教訓を共有することも重要だ。
従業員が、知識を公式および非公式に共有できるスペースをつくろう。たとえば、クラウドソーシング方式で部門内で素早くガイドブックを作成したり、毎月の全体ミーティングでAIを使いこなすコツを取り上げるようにしてもよいだろう。敏捷なオペレーションは、AIを活用する組織の基礎になる。
「何でも学ぶ」メンタリティー
AIが仕事をこなす近道や次善策をもたらし、従業員のイノベーションやエンゲージメントを低下させるのではないかという懸念をよく聞く。筆者の考えでは、AIのポテンシャルはそれをはるかに上回り、AIを思慮深く利用する人に競争優位をもたらすだろう。そのような従業員こそ、最も意欲的でイノベーティブな従業員になるのだ。
AIがもたらす価値は、人間からのインプット量に比例する。単純な質問に対して、AIは単純な答えしか返さない。刺激的で質の高い質問をすれば、より複雑な分析や、より大きなアイデアがもたらされる。何でも正しい答え知っている従業員ではなく、正しい質問の仕方を知っている従業員こそが価値の高い従業員になる。未来の組織は、生成AIがもたらすコンテンツに基づき、有効な推論をできる分析的思考と問題解決能力を重視するだろう。
マイクロソフトでは、「何でも知っている」メンタリティーよりも、「何でも学ぶ」メンタリティーのほうが、はるかに大きな進歩をもたらすと考えられている。また、AIを使いこなすための学習プロセスは険しいかもしれないが、それは時間をかけてつけるべき筋肉のようなものだ。その努力は今日から始めるべきである。企業やチームでこれを実行する方法を説明する時、筆者は以下の3つのことを伝えるようにしている。
・従業員が安全かつ責任を持ってAIを試せるように「ガードレール」を設置する。どのツールの使用が奨励され、どのデータなら入力してもよいか(よくないか)。従業員がファクトチェックやレビュー、編集をする時に従うべきガイドラインはどのようなものだろうか。
・AIを使った仕事の方法を学ぶことは、1回限りの研修ではなく、継続的なプロセスであるべきだ。学習の機会を仕事のリズムに組み込み、従業員に最新リソースを継続的に提供しよう。たとえば、あるチームは金曜日の午後を学習時間に充て、別のチームは毎月「オフィスアワー」を設けて、AIに関する質疑応答や問題解決の時間に充てる。また、従来の研修やリソースの枠を超えて考えよう。昼食を取りながら学ぶ場をつくったり、オンラインのホットラインを設けたりといった同僚の間での知識共有は、従業員がお互いから学ぶ上でどのような役に立つだろうか。
・変革管理の必要性を受け入れる。AI導入を成功させるためには、意図的かつ計画的であることが非常に重要だ。成功のための目標と尺度を明確にし、AIを扱うエキスパートや試験プログラムのリーダーを選び、ビジョンの実現を手伝ってもらおう。部門や分野によってAI運用のニーズや課題は異なるだろうが、誰もが新しい働き方に移行する中、構造的なサポートが共通のニーズになるだろう。
AIへのプラットフォームシフトは着々と進んでいる。それは仕事を一変し、組織に競争優位をもたらすと期待されているが、そのメリットを現実のものにするには、好奇心と失敗と学習を受け入れる文化が不可欠だ。
リーダーは、チームの将来の成功のために、いま、新たな組織文化を育むことができるユニークな立場にある。AIの能力と組み合わせれば、こうした文化はよりよい仕事の未来をすべての従業員にもたらすだろう。
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