三菱電機、生成AIでソフト開発プロセス改革:Claude 3活用の秘密とは

 三菱電機がAWS Summit Japan 2024で、生成AIを活用したソフトウェア開発プロセスの効率化を発表した。循環型デジタルエンジニアリングを支える基盤「Serendie」を活用し、持続可能なソフトウェア開発を目指す取り組みを詳しく紹介する。生成AIによる革新とその具体的なユースケース、そして今後の展望について解説する。

三菱電機の循環型デジタルエンジニアリング

(左より)三菱電機 生産システム本部 生産システム企画・技術部 ソフトウェア生産力強化グループ グループマネージャー 博士(情報科学) 長峯基氏/三菱電機 AI戦略プロジェクトグループ 兼 DXイノベーションセンター プロジェクトマネージャー 兼 副センター長 博士(工学)田中昭二氏

三菱電機は、自社のあるべき姿を「循環型デジタルエンジニアリング企業」と定め、事業を通じて得られたデータを分析し、得たインサイトを基に顧客の社会課題解決に役立てる取り組みを進めている。このビジョン実現を支えるデジタル基盤が「Serendie」になる。Serendieは各種機器のデータを集約し、機能強化を施し、事業領域横断型ソリューションとして顧客に提供する。

循環型デジタルエンジニアリングを支えるSerendie 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]

デジタル基盤「Serendie」

Serendieを活用したソリューション開発を進める中で登場したのが生成AIである。最初に登壇した田中昭二氏は、「商用インターネットが登場したときに似ているが、生成AIはそれ以上に速く進化することになるだろう。そのスピードに遅れてはならないと考えた。そして、何のためにAIを使うのかを改めて考えたとき、経営意思決定のスピードを上げ、業務の質を向上し、ビジネスの成功確率を高めることに生成AIを使うべきだと考えた。生成AIを取り入れる領域に関しては、業務改革だけではなく、同時並行的に事業改革、設計・製造改革、先行開発・基礎研究の領域にも展開し、企業活動全体で生成AI活用を推進している」と語った。

田中氏に続いて登壇した長峯基氏は、専門である組み込みソフトウェア開発への生成AI適用で取り組んだことの説明に先立ち、日本の製造業が抱えるソフトウェア開発の課題を紹介した。「製造業でもソフトウェアシフトが急激に進んでいる。それでなくても、ソフトウェア開発におけるリリースサイクルは短期化するようになってきた。対照的にソフトウェアの開発規模が増大傾向にある。加えて、人材不足の問題、開発ノウハウの属人化の問題が状況を複雑にしている」と長峯氏は指摘した。

三菱電機ではこのような状況を打破しようと、2000年頃から全社一丸となってのソフトウェア開発プロセスの改善に取り組んできた。2000年代のソフトウェア品質を可視化する定量管理活動から始まり、上流の設計工程から品質を作り込むフロントローディングへのシフトを進めた。続く、2010年代はソフトウェアプロダクトラインの導入、2020年代はテストの自動化を目標にCI/CD(Continuous Integration(継続的インテグレーション)/ Continuous Delivery(継続的デリバリー)パイプラインの構築に取り組んできた。

三菱電機におけるソフトウェア開発プロセスの改善 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]

生成AI導入の背景は「ソフトウェア生産基盤構想」

「三菱電機が目指しているのは、持続可能なソフトウェア開発の実現」と長峯氏は語る。その意味するところは、エンジニアに余裕があってこそ、新規ビジネスに挑戦できるということだ。新しいテクノロジーの獲得や検証に時間を割くこともできる。組織にとってもエンジニアにとってもハッピーな状態を作りたいというものだ。そのためには、リリースするソフトウェアが高品質でなくてはならない。それには、上流から精度の高い設計をできるだけシンプルに実現することが重要なのだという。

この方針は三菱電機全社で共有しているものの、トップダウンでの改善は難しいと長峯氏は指摘した。というのも、専門知識の豊富な人材は数が限られ、生産拠点である製作所それぞれで開発プロセスの改善を進めなくてはならず、改善スピードの足並みを揃えることが難しい事情を抱えているためだ。そのため、標準的な環境を全社展開することで全体の底上げを図っていくアプローチを三菱電機は選択している。具体的には、三菱電機が持つ標準化技術、DevSecOpsのプロセスモデルに生成AIを組み合わせ、「ソフトウェア生産基盤」を構築し、全社で活用していくことだ。

このソフトウェア生産基盤構想が実現すれば、「ソフトウェア開発完遂能力の向上」「高付加価値業務へのシフト」「開発者体験の向上」が可能になる。長峯氏は「ソフトウェアエンジニアには、製品の企画、設計、新しい技術の活用、PoC検証、付加価値の高い業務に多くの時間を割いてほしい。そのためにも単純作業や割り込みをできるだけ排除すべきだと考えた」と打ち明けた。この構想の下、基盤構築を進める中で浮上したのが生成AIの活用である。DevSecOpsのプロセスに生成AIが利用できそうな領域を洗い出し、ユースケースの検証を始めた。

実際の取り組みは、「1. 企画策定」「2. PoC検証」「3. MVP(Minimum Viable Product)構築」「4. 安定稼働と運用」の4段階で行うことになった。2023年11月から始まった取り組みは、途中の休止期間を含めて5ヵ月で、フェーズ2のPoC検証まで完了した。そのパートナーになったのがAWSである。三菱電機がソフトウェア生産基盤の構築を進めていた時、AWSから「生成AIディスカバリーワークショップを一緒にやりませんか?」と打診されたという。

このワークショップは、生成AIを活用したユースケースやビジネスアイデアの効果、実現可能性を検証し、具体化することを目的に実施するものになる。ワークショップは、プロダクトオーナーである長峯氏を含む関係メンバーへの事前ヒアリングから始めた。ヒアリングの目的はビジネス課題の抽出と生成AIでやりたいことの相互確認を行うことにある。次のステップ2がワークショップで、生成AI活用ユースケースの特定、評価、優先順位付けを実施した。最後のステップ3では、ステップ2で選んだユースケースの要件定義とロードマップの策定を行った。

DevSecOpsのプロセスにおける生成AIのユースケース 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]

「コードの自動生成」ではなく「仕様書とコードの抽出」を選んだ理由

当初、長峯氏は組み込み開発でもコード生成で使えるのではないかと考えていたのだが、意外なことに、プロセスを分析してAWSが選んだ結果は違うものになった。AWSの実施したワークショップでは、エンジニアの工数を作業レベルに分解し、誰が何に何時間使っているかを整理することに重きを置いていた。その上で出てきたユースケースアイデアを定量的に評価し、絞り込みを行った結果、最終的に選ばれたユースケースは、「依頼内容に応じた仕様書とコードの抽出」であった。「現状の理解と解決したいことを相互に理解してからPoC検証に進んだことで、手戻りを減らすことができたと思う」と長峯氏は評価した。

具体的には、下図で、「仕様書の調査」「修正対象のソフトウェアを列挙」「コードを確認して影響範囲を特定」が生成AIに任せる領域になる。プロダクトの観点からは、開発者が開発変更要求を入力したら、該当する設計書もしくは影響の及ぶ可能性がある設計箇所をリストアップするものを開発することに決まった。

三菱電機が最初に選んだユースケース 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]

やるべきことは明確になったものの、「生成AIに開発者フレンドリーな設計書を理解させることができるのか、当初は疑問に思った」と長峯氏は当時を振り返る。というのも、実際のドキュメントは、章、節、項のレベルで細かく書式と記載内容が決められており、インデントを利用して読みやすくもしている。また、設計書の記載内容には文字だけでなく、図や表もふんだんに含まれている。人間のエンジニアであれば、変更要求が発生したときにどこを見ればいいかを即座に判断できるところだが、AIが同じことをできるか。文字だけを扱うLLMでは難しいことが予想された。必要なのは「図表の理解」を生成AIに行わせることだった。

Anthropic Claude 3によるメタデータ生成

実際、ワークショップでもこの問題にぶつかる。当初は米AnthropicのClaude 2を使ってドキュメントを理解させようとしたが、このモデルでは視覚情報を認識できず、有効な検索ができないことが明確になった。初回の結果を見た時は非常に失望した長峯氏であったが、画像も扱えるマルチモーダルなClaude 3がタイミングよく利用できるようになったことで、その悩みは解決に向かうかに思われた。しかし、そのClaude 3を使っても、満足できる出力結果は得られず、方向転換を余儀なくされることになった。

次善の策として思いついたのは、ドキュメントごとにメタデータを付与することであった。「設計書にメタデータを付与するタスクを生成AIにやってもらえば、仕様書の検索ができるようになるのではないか」と長峯氏は考えたという。実際にやってみた結果が以下の図になる。プロンプトに入力したのは、「あなたは要約を行う優秀なアシスタントである」とAIに役割を与え、タスクを実行してもらうオーソドックスなものだ。結果、概要の説明だけでなく、図の説明も出力された。

メタデータ生成プロンプト 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]
メタデータ生成の出力結果 出典:三菱電機 [画像クリックで拡大]

AIドリブン経営への移行

この結果を見て、業務効率化の手応えも得た。「設計書のメタデータ生成は、他のユースケースにも使えることがわかった。制御設計者の工数を20〜40%まで削減できる見通しが立った。加えて、ソフトウェア開発以外のハードウェア設計にも使える有益な試行ができた」と長峯氏は結果を総括した。

今後、三菱電機として生成AI活用をどう進めるか。その方向性は2つある。1つは精度向上に注力すること、もう1つがMVP開発と展開を優先することだ。図5の出力結果は満足できる品質のものだが、現場のエンジニアから見ると一般的な要約であり、エンジニア視点の要約ではないという指摘が一部にあるという。プロンプトエンジニアリングやファインチューニングで改善の余地はあるものの、三菱電機として選んだ方向性は後者だ。

「ハルシネーション対策や精度向上も大事だが、エンドユーザーが使うアプリケーションを開発し、フィードバックを得れば中身のブラッシュアップで改善効果を高めることができる。三菱電機の生産拠点の数は18と多い。幸い、やりたいと言ってくれているところがあるので、このアプローチが適しているか検証範囲の拡大から始めたい」と、今後の計画を語った。

また、田中氏は「三菱電機の経営が目指す姿は、データドリブン経営からAIドリブン経営に変わるのではないか。AGIを含めて、AIがあることを前提にした組織設計に変え、ビジネスプロセスの改革が必要になる」と将来を見据える。今までのビジネスプロセスにAIを活用してある程度の成果は出せたとしても、最高の成果を出すことは難しい。AIを組み込んだ全く新しいビジネスプロセスが定着すれば、本当の意味でAIドリブン経営が実現する。「AIの進化のスピードは凄まじいものだが、キャッチアップして経営スピードを上げたい」と抱負を述べた。

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