アクティビスト対応は経営変革のトリガー ── DNP とJ.フロントリテイリングが語るCFO組織の役割とは

「アクティビストからの投資は、むしろ私たちの変革を加速させるきっかけとなった」──企業にとって、かつては“物言う株主”として警戒されてきたアクティビストファンド。しかし今、その存在を企業価値向上のトリガーとして前向きに捉える経営者が増えている。大日本印刷(DNP)では、アクティビストの出現を契機に、すでに準備していた改革を一気に加速させた。一方、J.フロントリテイリングの財務戦略統括部長も、CFO組織自体が社内アクティビストであるべきと語る。ブラックラインが主催した「BeyondTheBlack TOKYO 2024」で行われた「CFO組織が拓く未来」と題したパネルディスカッションでは、両社のCFOが、経営改革とCFO組織の未来像について率直な議論を展開。従来の「守りの経理」から、戦略的パートナーへと進化するCFO組織の最前線が明らかになった。

アクティビストの登場とともに加速化、DNPの大胆な経営改革

大日本印刷株式会社 専務取締役 経理本部・法務部・監査室 担当 黒柳雅文氏

黒柳氏は、大日本印刷(DNP)の大胆なビジネス変革の軌跡を語った。かつての印刷業から、「P&I」(印刷と情報)の強みを武器に、情報サービス、包装・建材、エレクトロニクス、医療・ヘルスケアと、その領域を驚くべき速さで拡大している。

とりわけ、エレクトロニクス部門の躍進がめざましい。利益の半分以上をこの分野で生み出すまでに成長し、EVやスマートフォン向けのリチウムイオン電池用バッテリーパウチ、有機ELディスプレイ製造用のメタルマスクなど、高付加価値製品の開発に成功している。

黒柳氏は同社の特徴をこう語る。「DNPグループは、印刷というイメージが強いですが、実際には非常に高度な製品を扱っています。印刷技術の応用範囲は広く、特に微細加工が得意です」(黒柳氏)

さらに黒柳氏は、経理・財務部門の革新的な取り組みについて明かした。グループ全体のDX推進に力を注ぎ、システム、業務、組織の三位一体での改革を進めているという。

「次世代の会計システムを整備し、その上にBlackLineの仕組みを乗せることで、グループ内の会社の枠を超えて業務単位で経理業務ができるようにしたいと考えています」(黒柳氏)

そして、2023年にヘッジファンドのアクティビストが大株主となった際の経験を共有した。

[画像クリックで拡大] (出典)DNP

黒柳氏はこう振り返る。「2023年、大手アクティビストがDNPの第3位の株主になったという報道がされ、それから2週間後に、中長期的な経営の基本方針を発表しました。その内容は、PBR1倍超を目指し、そのために資本コストを上回るROE10%を目指すというものでした。アクティビストによる投資の発表の2週間後だったため、メディアからはアクティビスト対応による発表と言われましたが、実際にはこの方針を出すための計画を2年ほど前から立てており、たまたまタイミングが重なったという状況だったのです」(黒柳氏)

さらに、黒柳氏はこの時期に同時に進められていた経理業務の改革について語り、この対応と同期していたことを述べた。

「具体的には、現状の様々な仕組みが混在し、経理組織も会社単位にある状況をゼロベースで見直します。次世代の会計システムを整備し、その上にBlackLineの仕組みを導入することで、グループ内の会社の枠を超えて、業務単位で経理業務ができるような体制を目指しています。この新しい仕組みは来年には実行段階に入る予定です」(黒柳氏)

こうした取り組みにより、DNPはアクティビストへの対応だけでなく、経理業務の効率化と高度化を通じて、企業価値の向上を目指している。

「結果としてアクティビスト対応は、既に準備していた経営方針の公表を早めるきっかけとなりました。経営方針の改革のトリガーになったと思います」と黒柳氏は胸を張った。

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CFO組織は「社内アクティビスト」へ進化せよ

続いて若林氏が、J.フロント リテイリングの事業構造と財務戦略について熱く語った。同社は2007年に大丸と松坂屋が経営統合して設立された純粋持株会社。2020年にはパルコをグループに迎え入れ、百貨店事業、ショッピングセンター事業、デベロッパー事業、決済金融事業の4つのセグメントで事業を展開している。

J.フロント リテイリング株式会社 取締役兼執行役常務 財務戦略統括部長 兼 株式会社大丸松坂屋百貨店 取締役 若林勇人氏

若林氏は次のように説明する。「2017年度よりIFRS(国際会計基準)を採用しました。これにより売上高の計上方法が変更され、見かけ上の売上高は減少しましたが、利益面では安定的な成長を遂げてきました」(若林氏)

CFO組織の変革については、経理財務部門の役割が時代とともに劇的に変化していることを指摘した。

「2000年以前は『社内会計士』的な役割が中心でしたが、2000年から2020年頃には『社内アナリスト』としての機能が求められるようになりました。2021年以降は『社内アクティビスト』としての役割が期待されています」(若林氏)

 [画像クリックで拡大] (出典)Jフロントリテイリング

さらに若林氏は、同社の財務・経理人財の今後の構成についても語った。

「現在、ホールディングスと事業会社を合わせて約300名の人財がおり、そのうちホールディングスが約10%、残り90%が事業会社に所属しています。今後は、ビジネスパートナー(BP)、センターオブ・エクセレンス(CoE)、オペレーショナル・エクセレンス(OPE)の3層構造にし、特にBPの割合を増やしていきたいと考えています」(若林氏)

自信と勇気」が成功を導く、2社のCFOが語る変革の本質

一般社団法人日本CFO協会/一般社団法人日本CHRO協会 シニア・エグゼクティブ 日置圭介氏

以上の黒柳氏と若林氏の発表を踏まえ、後半は日本CFO協会の日置圭介氏の司会のもとパネルディスカッションが行われた。論点は、CFO組織の未来と人財ビジョン、アクティビストへの対応とCFOの役割、さらに経理財務人財のキャリアなど多岐に及んだ。

日置氏:CFO組織の変革において、効率化と戦略的役割の両立をどのように進めていますか?

若林氏:OPE部門の効率化やシステム化、CoE部門での決算業務の集約化を進めることで、BP人財を増やそうとしています。特に、BPには会計・ファイナンスの専門性に基づき経営の意思決定をサポートすることや事業会社との横連携によりグループを統制するといった役割を期待しています。

黒柳氏:仕組みの変更だけでなく、人財の多様性を重視しています。変革期に必要な才能や発想力を持つ人財の発掘と育成に注力しています。特に、デジタルスキルと財務知識を兼ね備えた人財の育成が急務だと考えています。

日置氏:お二人とも経理財務人財とビジネスパートナー(BP)人財について語られていました。BP人財の育成についてどのようにお考えですか?

若林氏:大きなテーマを与え、自ら仮説を立てて戦略を考えさせることが重要です。言われたことをプラスアルファで実行できる人財が求められます。また、事業会社とのローテーションも積極的に行い、現場感覚を養成しています。

黒柳氏:人それぞれの得意不得意があるので、多面的な評価が重要です。チャレンジングなプロジェクトに取り組ませることで、潜在的な才能を引き出すことができます。また、外部のセミナーや異業種交流会への参加も奨励しています。

日置氏:なるほど、そうした人財の育成において、どのようなスキルセットを重視していますか?

若林氏:従来の会計・財務スキルに加えて、データ分析能力やビジネスモデルを理解する力が重要だと考えています。また、コミュニケーション能力も不可欠です。

黒柳氏:同感です。さらに、私たちは経営戦略を理解し、それを財務の観点から支援できる能力も重視しています。加えて、グローバルな視点も欠かせません。

日置氏:DNP様のアクティビスト対応と経営改革の発表に関する話題は、経理財務に携わる多くの方々にとって非常に興味深いものです。かつての「敵対的」な見方から脱却し、建設的な対話を通じて企業価値向上を目指す姿勢は、示唆に富むものですね。

黒柳氏:アクティビストだけでなく国内外の機関投資家の視点を取り入れ、自社の課題を正直に見つめ直したことは意義があるものでした。たとえば自社のガバナンスコード対応の策定や社内で仮想的なアクティビストの提案を作成し、準備していたことが実際の対応に役立ちました。また、IRチームとの連携も強化しています。

若林氏:私は、CFO組織には社内外のアナリストと対等に話をしていく姿勢が求められていると思います。そういう意味で『社内アクティビスト』を目指すことも必要です。経営に対して建設的な提案を行い、常に企業価値向上を意識することが重要です。具体的には、資本効率の改善や事業ポートフォリオの最適化などを積極的に提案するなどです。

日置氏:なるほど、数あるCxOの中でも、CFOこそが戦闘力を持てるともいえますね。では最後にこれからのCFO組織に求められる変革と人財像についてお聞かせください。

黒柳氏:やはり現場との交流が重要だと思います。経理は事業部門から距離を置かれがちですし、日常の報告ラインでは把握できない現場での状況や情報を、コミュニケーションを通じて入手することが重要です。相手に評価されるよう徹底的にサポートし、信頼関係を築き、現場の生の情報が入手できるようになることが重要と考えます。

若林氏:どういう人財が必要かという点については、一言で言えば、自分で仮説を立てて行動できる人ということに尽きると思います。

パネルディスカッションは制限時間いっぱいまで及んだ。最後に、両氏が強調したのは、CFOに求められる「自信と勇気」だ。若林氏は「成功を導くのは自信と勇気です。周到な準備をした上で、決断する勇気を持つことが重要です」と述べた。黒柳氏も同様に、チャレンジ精神の重要性を強調してディスカッションを締め括った。

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