今のERP、10年後も使えるか?進化系iPaaSが支える“コンポーザブル”なシステムへの変革ビジョン

 2025年11月18日、アイ・ティ・アール(ITR)が主催するカンファレンス「IT Trend 2025」が開催された。シニア・アナリストを務める水野慎也氏が登壇した講演では、「10年後を見据えたIT部門の構造改革ビジョン」と題し、AIが前提となる未来に向けたアーキテクチャー設計と、IT部門が進むべき新たな道筋が提言された。

構造改革の号砲:30年の歴史が残した複雑性とAIによる大転換

水野氏は講演の冒頭、自身のキャリアを振り返りながら、現在のIT部門が置かれた状況を「大転換期」と表現した。かつてカゴメの情報システム部門でキャリアを積んだ同氏はWindowsの発売、ERPの全盛期、そしてクラウドシフトという劇的な技術革新の波を経験してきた。ここ30年の歩みを俯瞰したとき、各時代の革新は利便性をもたらした一方で、常に「新たな複雑性」という課題を積み上げてきた側面も否定できないとした。

1990年代に広がった「システムのオープン化」はメインフレームからの脱却を促したが、結果としてレガシーシステムが残存し、新旧が混在することによるシステムの複雑化を招いた。2000年代の「ERP導入」は標準化を目指したものだったが、同時にカスタマイズの肥大化と部門最適による分断も生んでいる。2010年代の「クラウド移行」はコスト効率を高めた一方で、クラウドのサイロ化とコアシステムとの連携不全という新たな課題を生み出したことも事実だ。

そして現在、企業は地政学的リスクや深刻な人材不足、さらには円安にともなうコストの増加などの問題を抱え、厳しい逆境の中にいる。水野氏は、これからの「AI前提の時代」において、基盤やネットワーク、開発・運用、さらにはガバナンスに至るまで、AIの影響を免れる領域は存在しないと断言する。IT部門に課せられる本質的な役割は、単なる既存システムの維持から「AIの価値を最大化する構造を創ること」へと変容しており、IT部門自身の役割と価値基準を再定義しなければならない局面に来ていることを強調した。

停滞するリソースと「分断」の壁……構造的限界

ITRが実施した投資動向調査によれば、IT部門を取り巻くリソースの状況は依然として硬直化したままである。総従業員数に占めるIT人員比率は、過去5年以上にわたって7%前後で推移しており、DXが叫ばれる昨今においても大幅に拡充される傾向は見られない。正社員比率に限れば2.7~2.9%程度であり、人員不足は慢性的な課題だ。外部人材に目を向けても、90%の企業でシステム技術者の需要が増加しているのに対し、高度なスキルを持つ上級SEを「確保できていない」と回答した企業は48%に達している。

投影資料より抜粋

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予算面においても、深刻な“固定化”が立ちはだかっている。IT予算全体を「定常費用(維持管理)」と「新規投資」に分けた比率は、過去10年間ほぼ不変のまま。2025年度のデータでも定常費用が68%を占め、新規投資に回せる予算は32%に過ぎない。さらに新規投資の内訳を精査すると、「ビジネス成長(攻めのIT)」に向けられた割合は32%に留まり、多くが「業務効率化」や「業務継続」という守りの領域に費やされていることが分かる。

投影資料より抜粋

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こうしたリソースの制約に加え、水野氏は企業ITが「業務システム」「プラットフォーム」「組織」「データ」という4つの深刻な分断(サイロ)に直面していることを指摘。特にオンプレミスシステムとのデータ連携において、実に対象企業の94%が「課題がある」と回答している。マスタ管理の分散や人のオペレーション負荷の高さといった課題が、企業の価値創造を阻む構造的な要因となっていることが読み取れる。

IT構造変革のカギ「アーキテクチャデザイン」とは

このような分断を解消し、AI前提の環境へ移行するための指針として、水野氏は「アーキテクチャデザイン」の重要性を説く。これは単なる技術的な構成図を描くことではなく、企業ITの全体構造を定義するための設計思想や指針、ルールを意味する。機能パーツの配置だけでなく、データや人材、予算など、あらゆるITリソースを融合・調和させて価値を最大化させるための考え方である。

なかでも水野氏が強調するのが「データを起点とした構造転換」だ。AI時代において、データの重要性は増す一方だが、多くの企業でデータ構造は事業・企業間でバラバラな状態にある。データの意味・粒度・関係性を整理し、各システムが参照するデータを共通化することが、構造転換の第一歩になると同氏は述べる。

部門やプロジェクト単位で積み重ねられたシステム群は「相互依存の塊」になりがちだが、データの共通化は、この複雑な構造を一度分解し、再構築する絶好の契機になる。データ項目の意味付けや優先度を決定するのは業務部門であるため、IT部門は業務部門を巻き込み、「意味の定義づけ」を担う協働体制を構築することが不可欠だという。

投影資料より抜粋
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10年後も使えるERPを:「コンポーザブル」への戦略的転換法

日本企業のIT構造を議論するにあたって避けて通れないのが、ERPの存在だ。現在、国内企業の約4割がERPを導入済みだが、メインストリーム保守の終了などを背景に、クラウドERPへの移行や第三者保守の選択など、各社で戦略が分かれている。水野氏は、今後10年先を見据え、次期更改を機にERPの役割を再定義すべきだと指摘する。

株式会社アイ・ティ・アール シニア・アナリスト 水野慎也氏

これからの時代に求められるのは、画一的で巨大なシステムではなく、目的ごとに最適化された柔軟なパーツを組み合わせる「コンポーザブル(構成可能)」なシステム形態だという。各機能要素は「目的分化」と「細分化」が進み、その時々で最適なパーツやテクノロジーを取捨選択できる柔軟性を持ちあわせていることが理想的だと同氏は述べる。

ただし要素が細分化されれば、それらを繋ぐための制御機能が必要となる。そこで重要な役割を果たすのが、コンポーザブルな構築方式を実現する「コントローラー」の存在。その役割を担うのがiPaaS(Integration Platform as a Service:複数のシステムを連携させるクラウドプラットフォーム)だ。

進化型iPaaSがもたらす「自律的オーケストレーション」

水野氏は、iPaaSの特徴を次の5つのポイントで整理した。

  1. 多様な接続方式:クラウドとオンプレミスの双方を統合し、主要SaaSへのコネクタも提供する
  2. データマネジメント:フォーマット変換や加工を行い、処理状況を可視化する
  3. プロセス自動化:システム連携の前後の業務プロセスそのものを自動化する
  4. ローコード開発:グラフィカルなUIにより、ユーザー自身での自己解決を支援する
  5. 高度なセキュリティ:強固な認証と権限管理により安定した運用を支える

さらに、AIを内包した「進化形iPaaS」は、システムやデータの変更に合わせて動的に連携を維持する「ダイナミックインテグレーション」や、iPaaSの中にAIを組み込むことでiPaaS自体がAIエージェントとなり、複数のAIエージェントを自律的に連携・制御する「マルチAIエージェント連携」を可能にしつつある。また、様々なデータを自律的に取ってきて可視化したり、AIがデータリネージやデータの経路、データ加工の過程などもトレースしたりするような「自律的データガバナンス」の機能も出始めているという。

こうした機能により、従来のように人間が手作業でインターフェースを作り込む必要はなくなり、システムが自律的に調和する未来が現実のものとなろうとしていることを指摘した。

次世代IT部門の組織設計に必要な3つのポイント

構造改革を実現するためには、機能パーツの転換だけでなく、組織、人材、予算の再設計が不可欠だ。水野氏は、次世代IT部門の設計原則として3つのポイントを提言した。

第一に、「CoE(Center of Excellence)型デザインチーム」の設置だ。IT部門内の各チームから知見を集約し、全社アーキテクチャ戦略やデータアーキテクチャの設計を統括する専任チームを設置することで、企画・設計・構築の体制を一元化する。

第二に、「コスト構造の転換」である。現状の定常費用を削減し、構想・構築期には「負の要素の撤廃(モダナイゼーション)」に予算を集中させる。そして、価値創出期に向けて「ビジネス成長」への支出比率を高め、ITの価値実感を高めることで総予算枠の拡大を勝ち取るという戦略的なサイクルを描く必要がある。

第三に、「役割の再編とベンダー戦略のゼロリセット」だ。AIによる自動化が進む中で、IT部門と外部ベンダーの関係性も再構築しなければならない。「一度“ゼロリセット”して再構築すべきです」と水野氏は訴える。

従来のプログラム実装やテストといった工程はAIによる自動化に委ね、IT部門は戦略立案や“高度な設計”に特化する。ベンダーに対しても、単純な労働力提供ではなく、戦略策定支援や技術支援といった高度な付加価値を求めるべきだろう。

「IT管理者」から「設計主体者」へ

AI前提の時代において、IT環境は加速度的に複雑化し、分散していく。その中心に立つIT部門は、単なる「管理者」から分散する要素を統合し調和させる「インテグレーションデザイナー(設計主体)」へと進化しなければならない。

そのためには、短期的な対処に終始するのではなく、中長期ロードマップを明確に策定し、段階的に推進することが不可欠だと水野氏は指摘する。現状資産を棚卸しする「構想期(Stage1)」から、接続性を確立する「構築・拡大期(Stage2)」、そして自律連携によって価値を創出する「価値創出期(Stage3)」へと歩みを進める勇気が求められているのだ。

水野氏は講演の最後に、聴衆に向けてこう語りかけた。

「この講演タイトルに『10年後』というワードを掲げるには勇気がいりました。しかし、10年後の企業ITがどう価値を生み出すのか。その設計図を描き、実行に移せるのは、今ここにいる皆さんしかいません。本日の提言が、皆さんの背中を押すきっかけとなれば幸いです」(水野氏)

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