ローコード開発、S/4HANAへの移行、Signavioの買収─CTOが語るSAPの技術戦略

独SAP CTO ユルゲン・ミューラー氏

2022年1月19日(水)末岡 洋子(ITジャーナリスト)

システム内製化の機運でローコード/ノーコード開発を取り入れる企業が急増している。伴って、ツールやプラットフォームの充実ぶりも著しい。独SAPもこのホットな市場に参入した1社で、2021年11月、ノーコード開発ツール「SAP AppGyver」を発表している。同社でCTO(最高技術責任者)を務めるユルゲン・ミューラー(Juergen Mueller)氏に、この市場への参入意義やAppGyverの特徴、そして最近の開発者向け製品・サービスの戦略について聞いた。

SAPにおけるローコード/ノーコード開発の位置づけ

──「SAP AppGyver(アプガイバー)」を投入した。SAPにとってのローコード/ノーコード開発市場の位置づけや戦略について教えてほしい。

企業にとってのシステムやアプリケーションの開発のあり方から話そう。我々は、今後、すべての企業がテクノロジー企業になると考えている。そのためには、従業員全員がエンドツーエンドのビジネスプロセスの重要性を理解する必要があり、当社はしかるべきツールを提供する。

SAPの開発者向けポートフォリオには、プロ開発者向けのほかに、プロ開発者ではなくとも、当社製品のカスタマイズなどを行うための「Advanced Business Application Programming(ABAP)」がある。ローコード開発については既存の「SAP Business Application Studio」。そして今回、ノーコード開発のSAP AppGyverが加わった。それぞれターゲットが異なる。

写真1:独SAP CTOのユルゲン・ミューラー氏

SAP AppGyverは、2021年2月に買収したフィンランドのソフトウェアベンダー、AppGyverの製品がベースとなっている。AppGyverはノーコードの市場ではリーダーのポジションで、独DHLなど多数の顧客を擁し、4万人のユーザーコミュニティがある。

当社の製品になったSAP AppGyverを使って、ユーザー自らがSAP Business Technology Platformで構築したSAPシステムの拡張が行える。まずは、特に需要が多い「SAP Cloud for Customer」「SAP Cloud for Service」での利用をサポートしている(画面1)。


画面1:SAP AppGyverの画面例(出典:独SAP)
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──ノーコード開発ツールということで、スキルを問わず使える一方、できることは限定的なのか。

確かに、これまでのノーコードはベーシックなアプリしか作成できなかったが、進化している。AppGyverの場合、かなり複雑なアプリも作成することができる。私も驚いたのだが、AppGyverはプロ開発者も多く利用している。なので、一般ユーザーにかぎらず、プロ開発者がAppGyverを使って開発作業を効率化することも十分に想定される。

そもそも、世界的に開発スキルを持つ人材が足りない。世界では2025年に400万人、日本でも2030年に79万人のIT人材が不足すると予想されている。ノーコードはこの課題を解決する一助になると考えている。

ノーコード/ローコード開発は、ビジネスのアイデアを持つ現場のユーザーが活発に開発することを促す文化も重要になってくる。企業のITリーダーたちは、従業員が常に学び、常に改善することを促進する必要がある。それを促すツールセットをソリューションとして取り入れるとよいだろう。

2021年11月に開催したSAP TechEd 2021では、こうした市民開発を学んだり試すことを促進できる仕組みをいくつか発表した。まず、SAP Business Technology Platformで個人開発者向けの無料ティアを用意したこと。「SAP HANA Cloud」や「SAP Integration Suite」が利用できる。無料ティアはこれまで、既存企業・パートナー向けに用意していただけだったが、これからは個人開発者でもシンプルにBusiness Technology Platformを利用できる。

内製化を目指してユーザーの学習意欲が高まる

合わせて、オンライン学習の「SAP Learning」を刷新した。無料の学習コンテンツを多数用意している。これらを活用することで、例えば、事業部門の担当者がノーコードでSAPシステムの拡張を行ったり、工場の現場作業員が自らプロセスを改善したりすることができる(画面2)。


画面2:オンライン学習の「SAP Learning」を刷新し、無料の学習コンテンツを拡充した(出典:独SAP)
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学習したい、開発スキルを身につけたいと思っているユーザーは多い。「open SAP」トレーニングコースは130万人以上の登録者があり、コース受講者は570万人を超えている。ユーザーの満足度は高く、98%以上がコンテンツに満足していると回答している。

学習して内製化に取り組んでいる、ある顧客企業での活用例を紹介しよう。シェアードサービスセンターのスタッフがノーコード開発ツールを用いてRPAによる自動化の仕組みを構築している。

ポイントは、自動化によりスタッフ自身の仕事が少なくなるが、この顧客は自動化で削減したコストをその担当者に支給することにした。しかも、ボットが動いている限り、継続的に削減できたコストの一定比率を受け取ることができるという。スタッフは空いた時間で学び直しをしたり、新しいボットを作成するといったことが行える。まさに、企業とスタッフの両方にとってWin-Winの形と言える。

──シャドーITの問題など、管理面での課題は出てきているのか。ローコード/ノーコード開発の推進で、CIOはじめITリーダーには何が求められるか。

SAP環境での利用であれば、同社が提供する管理ツールを使って中央でガバナンスを維持することができる。SAPシステムは企業の重要なデータを多く扱う。ローコード/ノーコード開発では、特定のデータをSAP環境の外に持ち出さずに開発することができ、規制やリスク対策を講じることができる。

CIOには、これまで以上に“モデレーター”の要素が求められる。LoB(Lines of Business)やシェアードサービスセンターが成果を上げる土台を用意し、調整やまとめ役を担うわけだ。今日では多くの企業で、IT部門は現場のさまざまなニーズに対応しきれない状態になる。そこで、現場にはシステム開発スキルを身につけてもらい、それをサポートするような関係がよいだろう。

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