今「AI Sprawl」が組織内で起きている、ガートナーのアナリストが訴える“2つのガバナンス”とは

 熱狂的なブームは落ち着いたとはいえ、テクノロジーベンダーによる生成AI関連の新発表は今も衰えを見せない。その動向と対照的なのが、日本企業の生成AI活用への意欲である。総務省が2024年7月に発表した『令和6年版 情報通信白書』では、海外企業と比べて日本企業が生成AIの活用に消極的な姿勢であることが示された。この状況下、IT/デジタルのリーダーは生成AI活用をどう進めればよいのか。ガートナーのアナリストが、独自の切り口でヒントを示した。

急速に進んだ、ベンダー個別の「Copilot」実装

──「ガートナー デジタル・ワークプレース サミット」の講演において、「インスタントアップスキリング(リアルタイムでAIアシスタントのサポートを得ること)」「コンテンツ作成」「知識取得」「知識発見」という4つのユースケースを紹介されていました。講演タイトルには「ChatGPTの4つのユースケース」とありましたが、GPTだけではなく、他の基盤モデルを用いるAIアシスタントにも当てはまるものと考えていいでしょうか。

GPT以外の基盤モデルを使う場合にも適用できる、汎用的なユースケースです。それぞれのモデルに強み、弱みはあるものの基本は同じです。たとえば、GPTは推論が得意で言語スキルは高いのですが、コントロールが難しい。Geminiも推論スキルは高いのですが、求めたことに対して、そのままの結果を返す傾向があるように思います。

フランス発のMistral AIは、エキスパートモデルと呼ばれる専門性が高いモデルを組み合わせ、小さなモデルを使ったときのように、詳細な結果を得られることが特徴です。もう1つ例を挙げるならば、Llamaです。単一のGPUでも動き、小さいプラットフォームから大きいものへとスケールアップできます。

──ユーザーは、そのような基盤モデルの強みと弱みを理解して使っているのでしょうか。

そのユーザーがエンドユーザーか、開発者かで答えは変わってきます。開発者はモデルの特徴を理解していることが業務遂行の上で不可欠ですが、エンドユーザーにその必要性はないでしょう。利用において裏の仕組みを気にすることは、まずありません。気にせずに使えること自体は、本来のあるべき姿なのですから。

とはいえ、例外はあります。モデルの中には、プライバシー保護のプラクティスが確立していないものがあるため、要件の厳しいユースケースにおいては、(弱みを理解した上で)そのモデルを避けるべき場合もあるからです。

──では、4つのユースケースとして、各トピックを選んだ理由を教えてください。

最も一般的だからです。Microsoft Copilotであれば、設定を有効化するだけで導入できる。だからこそ、多くの組織が使おうとしています。でも、結果はどうでしょうか。「インテリジェントアシスタント」というCopilotのアイデアには、大きな潜在的可能性があります。しかし、企業がカスタムで実装したものはさておき、MicrosoftやSalesforceのようなベンダー特化型のAIは「できる」と言っていたことが、まだ十分にできていない。できるか、できないかで言えば、できます。しかし、市場投入を急いでしまった分、成熟までに時間がかかりそうです。

増えてきたガートナーへの質問「最適なCopilotの数とは?」

──ベンダー特化型のCopilotに関連して、ある人から聞いた言葉で印象的だったのが「結局、私たちはいくつのCopilotを使わないといけないのか?」というものです。

 私も多くのクライアントから同じ質問を受けます。今、組織の中で起きているのは、「AI Sprawl(AIの際限のない拡がり)」です。Microsoftを立ち上げるとMicrosoft Copilotがあり、Salesforceを立ち上げるとSalesforce Einstein Copilotがある。ベンダーが提供するAIアシスタントは、その製品環境に最適化されています。当然、エンドユーザーとしては、“窓口”を統一してほしい。このニーズに応えるべく、Moveworks、Pryon、Gleanの3社が新しいエンタープライズ向けCopilot開発に乗り出しています。

──日本市場では馴染みのない名前ばかりですが、その3社はどのような製品を提供していますか。

 この3社の製品はまだ完全形ではないものの、組織全体をカバーするような製品を提供しようとしています。たとえば、私はアナリストですが、エンジニア、営業、人事と、それぞれの役割で求める機能は違います。AIが利用する情報自体は組織共通のものにしつつ、それぞれの役割にあった機能を使える仕組みを提供しようとしています。ただ、ここで1つハッキリとさせておきたいのが、単一のAIアシスタントに何もかも任せようとすることは、あまり良いアイデアではないということです。

──1つにならないとすると、「AIアシスタントをいくつ使えばいいか?」という質問にはどのように回答しますか。

 「数は少ないほうがいい」と答えます。そもそもAIアシスタントから価値を引き出すことに苦労しているのはなぜか。それは自分たちが「AIに何をやらせたいか」を明確にしていないためです。生成AIは、まだ新しいおもちゃのままなのです。企業としてどこに使うべきか、なぜ使いたいかがはっきりするまでは、「いくつのAIアシスタントが必要か」という問いに対する答えは出ません。本来の目指すべき姿がいずれハッキリとして、生成AIがおもちゃでなくなる日は来るでしょう。だからこそ、私は4つのユースケースを選びました。いずれもすぐに利用でき、価値を感じてもらうことのできるものだからです。

優秀な人任せにしても活用が進まない理由

──4つのユースケースを使いこなすことができれば、自社で何をやるべきかが見えてくると考えていいですか。

 その通りです。エンドユーザーはAIアシスタントを使う仕事のやり方に、まだ慣れていない。経験が足りないのです。とりあえず、Copilotを全社で使えるようにすれば、優秀な人たちが良い使い方を見つけてくれるのではないか、と考えた企業もいるかもしれません。しかし、私が見る限りでは、期待通りにいっていない。それならば、例を示して「やってみて」と促すことです。実際にやってみれば、どう使えばいいか、そのイメージが具体的になる。そして、経験を重ねることで、仕事のやり方を変える方向に向かうでしょう。

──2023年には、国内でもMicrosoft Copilotを全社で使えるようにした企業事例が話題になりました。どうせ禁止しても隠れて使うぐらいなら、全面解禁しようという判断だったと聞いています。そのような企業がもっと増えてもおかしくないと思ったのですが、そうなっていませんね。

 生成AIは、2023年にはもうハイプサイクルのピークに達していて、2024年は幻滅期に来ています。私自身、生成AIを素晴らしいものと考えているため、ネガティブなことは言いたくありませんが、ベンダーが期待させすぎたところがあったと思います。いずれは幻滅期が終わり、地に足の着いた持続可能なものになる。過去にもメタバースのように、誰もが大きな期待を寄せたテクノロジーがありました。でも、生成AIは期待だけで終わるテクノロジーにはならないでしょう。生成AIとは、企業に本質的な価値を提供するものだからです。

──その地に足を着けた使い方で、AIアシスタントを組織に定着させるためには、どのような準備が必要になりますか。

 先にも話したように、まずは何をしたいかを明確にすること。それから社内リソースを整えることです。たとえば、RAG(検索拡張生成)を使うには、コンテンツがそろっていることが前提です。今あるものをAIに与えれば機能するわけではありません。データガバナンスとコンテンツガバナンスを効かせ、やっと成果が得られるのです。このような土台を作ることは地味で、退屈で、時間がかかるため、多くの人は耳をふさいでしまいますが。

データガバナンスよりもハードルが高い? コンテンツガバナンス

Gartner, Inc. バイスプレジデント アナリスト ダリン・スチュワート氏

──データだけでなく、コンテンツにもガバナンスを効かせるのですか。

 2つをあえて区別したのは、多くの組織ではデータガバナンスの整備は進んでいても、コンテンツは未整備だからです。PDFやWordドキュメント、データベースのカラムにない情報すべてがコンテンツガバナンスの対象です。

今後、企業はマルチモーダルな基盤モデルを使うようになります。テキストだけでなく、画像、動画、音声など、あらゆる情報を1つのモデルに入力するわけです。PDFファイルですら管理できていない状態で、画像や動画を扱えるでしょうか。だからこそ、コンテンツガバナンスが重要になるのです。とても難しいことですが、企業としてはやるしかない。今後、生成AIをうまく使う能力は、他社との差別化要素になるでしょう。まだ、現実にはなっていませんが、いずれその準備をやっておいてよかったと思うときがやってきます。

──コンテンツガバナンスの整備をサポートするツールはありますか。

 Microsoft 365 SharePoint、あるいはAdobeやOpenTextのように、コンテンツ管理プラットフォームであれば、大抵のものが利用できます。しかし、何を使うか以上に大事なのが、企業内コンテンツの全体的なガバナンスを定義し、実行する仕組みを整えることです。子供の頃の私が親に「部屋を片づけなさい」と言われたとき、ベッドの下やクローゼットにものを隠して終わらせていました。一見、部屋の整理整頓ができているように見えて、必要なものをすぐに取り出して使えるようにはなっていない。今の企業内コンテンツも同じで、本来は所定の場所を決めてそれを保管し、使いたいときにすぐに使えるような状態にしておかないといけないのです。

──データカタログのコンテンツ版を作ればいいのでしょうか。

 それはガバナンスの一部です。コンテンツガバナンスとは、学問の分野やスポーツの種目のようなもので、情報の格納場所だけでなく、誰がその情報管理の責任者なのかを決めることも必要です。Copilotを使うだけでなく、その先を見越して自社の情報管理を洗練させる取り組みすべてがコンテンツガバナンスになります。

──とても大変そうです。ものすごく大事な反面、時間がかかるわけですよね。

 25年前からコンテンツガバナンスの重要性を訴えてきました。テクノロジーではなく、プラクティスなのです。生成AIを使いこなす以前に、効果的なコンテンツガバナンスに取り組めている企業のビジネスはうまく行っている。結局、コンテンツガバナンスとは、ビジネスを盛り立てるためのプラクティスで、AIを使いこなせるようになったとしたら、それはご褒美のようなもの。当たり前のことを当たり前にやる。結局、それしかないのです。

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