分散協調型のゲームAIの進化と、経営におけるAI活用の未来 – Cogitans in Talk

シリーズ対談「Deloitte AI Ignition」の第5回は、ゲームAI(人工知能)開発の第一人者であり、ゲーム産業以外にもAIを広める活動を積極的に展開しているスクウェア・エニックスの三宅陽一郎氏をゲストに迎えた。

階層構造の「メタAI」「キャラクターAI」「スパーシャルAI」が分散協調システムとしてユーザー体験を高めているゲームAIのアーキテクチャーを都市空間に適用することで、より安心・安全で快適なスマートシティ開発の可能性が広がるとする三宅氏の発言に対して、Deloitte AI Institute 所長の森正弥氏は経営の意思決定におけるAI活用への多くの示唆を見出す。

2人の対談から、ゲーム産業におけるAIの進化と、他産業や企業経営、そして社会に与えるインパクトを展望する。

ゲーム空間はAIの実験場
世の中に先駆けてチャレンジできる

 三宅さんがこれまでどのようにAIの研究・開発に携わってこられたのかを簡単にご紹介ください。

三宅 私がAIの研究を始めたのはちょうど2000年で、当時はいわゆる「AI冬の時代」でした。第2次AIブームが終わって10年ぐらい経っていた時期で、AIを研究する人はあまり多くなかったし、ニューラルネットワークといっても「何を研究するの」と聞かれたものです。

そういう時代に、仮想空間の中で「自律型AI」をつくるという研究を始めて、ゲーム産業でそれができると思い、2004年に日本のゲーム業界に入ったのですが、実際に入ってみてわかったのは、AIはそんなに使われていなかったということです(笑)。

当時、先行していたのは米国です。マサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学などからロボティクスAIの研究者がゲーム産業に参画して、AI技術が積極的にゲームに使われ始めていました。その流れを日本に持ち込んだのが自分の仕事の一つで、米国の技術を応用したり、自分たちで技術を開発したりして、2006年ぐらいから実際のゲームにAIを取り入れていきました。

ゲームのAI技術について簡単に説明すると、ゲームの中にキャラクターがいて、彼らは自分で考えて、情報を集めて、行動します。これが自律型AIです。いまでこそ、メタバースなどさまざまな仮想世界がありますけれど、当時は最先端のゲームの中にしかなくて、その中で自律型AIが発展していきました。

進化の過程で、3つのAIが誕生しました。1つ目は「キャラクターAI」といわれる、キャラクターの頭脳です。2つ目は、ゲーム全体を支配する「メタAI」。これはプレーヤーを含むゲーム全体の状況を俯瞰的に観察して、プレーヤーのスキルや意図を推定し、それに合わせてゲームの流れや難易度を動的に変えていくAIです。そして3つ目が「スパーシャルAI」、あるいは「ナビゲーションAI」と呼ばれるもので、地形や建物などの特徴を抽出してキャラクターAIやメタAIに伝える空間認識型のAIです。

これら3つのAIが連携する分散協調システムという技術が2015年ぐらいまでに完成し、スクウェア・エニックスだけでなく世界のゲーム産業で活用されています。

 昨今、産業界ではデジタルツインへの注目度が高まっています。たとえば、仮想空間で実際の工場を再現して、デジタル上で生産ラインを組み替えたり、人の最適な動きをシミュレーションしたりすることで、よりダイナミックな工場の稼働や、従来は細かいカスタマイズが難しかった製品のパーソナライズ化も可能になっています。

そのためには、モノや設備レベルのデジタル化はもちろん、どこでどういう工程が実現できるかというプロセスレベルのデジタル化や、プロセスが組み合わさってどのようなパフォーマンスのサービスが実現できるかというシミュレーションを行うサービスレベルのデジタル化も必要です。

三宅さんの話を伺って、モノレベル、プロセスレベル、サービスレベルのデジタルツインとゲームAIの分散協調が符合すると思ったのですが、ゲーム業界では10年以上も前からその取り組みが進められていたことに驚きを覚えます。

三宅 ゲーム空間というのは実験場みたいなもので、世の中に先駆けていろいろなことにチャレンジできます。

最初は場面や場所ごとにキャラクターを制御するスパーシャルAIのひな型しかなかったのですが、そうするとマップが巨大化し、さらに局所的な情報が複雑になった時にさばき切れなくなりました。そこでキャラクターに知能を入れたのですが、マルチエージェントになった場合に、それぞれのキャラクターが勝手に動くので混乱します。これを一つのドラマの流れとして俯瞰的に制御するためにメタAIが必要になったわけです。

3つのAIの分散協調システムは、スマートシティの開発にも適用することができます。つまり、都市全体を制御するメタAIがあって、ドローンやデジタルサイネージのキャラクター、アバターとしての人間を動かすキャラクターAIがあり、都市の地形や建物・設備の形状・配置情報などを把握するスパーシャルAIが存在するといった具合で、現実空間への応用に向けて研究も進めています。

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