損保ジャパンのDXは「人が対応するべき仕事」に注力する手段–アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

これまでにダイキン工業や、京セラを取材してきたが、続く今回は損害保険ジャパン(損保ジャパン)の変革に迫る。

同社は、生命保険や損害保険を扱う企業群の中でも、DXに関しての突出した取り組みが評価されている企業だ。「モノからコトへ」と売り方が変わる環境下で、石川氏は「コト売りになると、商品とその利用時の損害をカバーする保険の購入が都度セットになって検討されるようになる可能性が高い。そのため、将来的に全ての産業のDXを支えるインフラ的な存在を、損保ジャパンを始めとする損害保険会社が担っていくのではないか」と期待を寄せる。

損保ジャパンで執行役員CDO DX推進部長を務める村上明子氏にインタビューし、同社で進むDXの勘所について聞いた。

環境に併せて保険のあり方も変わるべき

石川氏:抽象的な質問ではありますが、損害保険にDXが必要な理由について、村上さんのお考えをぜひ教えてください。

村上氏:現在は自動車保険を中心に取り組んでいますが、人口の減少、カーシェアへの移行、ライドシェアの普及など、環境も変わっています。ただ、人の移動が発生する以上、保険はなくならないはずです。環境の変化に併せて保険のあり方も変わるべきですし、私たち自身の仕事のやり方もトランスフォーメーションが必要だと思っています。

石川氏:まさに「X」に力点が置かれていると。では、「D」というデジタルへの期待はいかがですか?

村上氏:デジタルの強みは、ビジネスにより自然にデータが取れていくことです。お客さまがどのように車を使われ、生活されているのかという状況を、ヒアリングから推測するだけでなく、お客さまのお許しいただく範囲でデータを頂戴できます。そうなると、お客さまをマスでとらえながらも、さらに一人一人のお客さまについても考えを深められます。

保険はこれまでもデータを活用し、統計学的にリスクを計算して作ってきた商品です。今までは大きな母集団から設計していたものが、デジタルの強みを生かして、もっと小規模な集団によるリスク計算も可能になるでしょう。最終的な野望は、そういったデータで保険のあり方を変えていくことです。その第一歩として、お客さまをデータでとらえられる基盤を作り、そしてデジタルに抵抗がない会社作りから進めていきたいと考えています。

圧倒的な生産性と、圧倒的な顧客体験

石川氏:DX推進部における役割や、掲げられているビジョンについてお聞かせください。

村上氏:SOMPOホールディングスと共にデジタル戦略に5年ほど取り組んできましたが、国内損害保険会社の個社としてもデジタル世界についていくべく、2021年4月にDX推進部を発足しました。ビジョンは主に2つで、ゼロベースから会社業務を見直す「圧倒的な生産性」と、デジタルを活用してお客さまに提供する「圧倒的な顧客体験」を掲げています。

石川氏:イメージとしては、生産性を上げる「守り」の部分と、お客さまの体験を変えていく「攻め」の部分を両方見ている、という形でしょうか。

村上氏:そうですね。ただ、私は「守り」とおっしゃった生産性の向上は、実は非常に「攻め」でもあると捉えています。非効率な仕事をすると、お客さまへの寄り添いや、難しい事案の早期解決にかけられる時間が少なくなってしまいますよね。だからこそ「やらなくていいことをやめ、効率的に仕事をする」ことが先決と考えています。

現在は、効率的な仕事にはデジタルツールが不可欠です。そして、先ほど挙げたように仕事とともにデータも貯まる。正の連鎖でデータを集めれば、またさらに効率化できるはずです。

石川氏:データ活用については、どのような構想で進めていくお考えですか?

村上氏:まずは、すでにあるデータも十分に活用できていないところがあるので、セキュリティを加味したうえで、必要なデータに全ての社員が適時アクセスをして活用できる土台を作っていこうと構想しています。社内では「データの民主化」という言い方をしています。

たとえば、上司が部下に「直近3カ月の地域ごとの売上比較をしたい」と依頼しても、これまではデータ取得だけで数日かかるような状況が恥ずかしながらありました。そういった苦労から社員を開放してあげたいのが、まず念頭の一つにあるかと思います。

また、データの基盤は損保ジャパンだけでなく、国内生命保険会社としてのひまわり生命や、海外保険事業のSOMPOインターナショナルといったホールディングス間でもデータを共有化していくことを視野に入れています。やはり、最先端の技術のリサーチは個社だけでは効率が悪いですから、ホールディングスのリサーチ部門と、私どもがそれらを使って業務に役立てていくという“二人三脚”な体制を組んでいます。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

人材育成は3つのアプローチで取り組む

石川氏:われわれのお客さまでも組織の形について悩まれている会社様が多いので、参考になります。2つのビジョンを掲げていらっしゃいますが、それらを実現するための「戦略」についてもお聞かせください。

村上氏:大きく5つの戦略がありますが、重要視するのはデータ活用と、それらを活用するスキルを持つ人材の育成があります。DX推進部が発足した目的の1つに、各部に散っているデータ活用人材を当部に集めて、全社に展開していく体制を作ろうとしています。「センターオブエクセレンス(CoE)」といって、新しいものにトライする際に特化したスキルセットを持つ人材を集結させる方法がありますが、まさにそれを採用しています。

今まで保険会社がデジタル施策に乗り出すと、最初に計画ありきのウォーターフォール型で構築するのが主流になってしまっていましたが、実行段階で世の中の状況がどんどん変わってきてしまいます。最新の状況と共に、お客さまからの反応を反映できるようなアジャイル型の組織を作るのも、大事なことだと思っています。

石川氏:アイデミーの業務に近い部分ですので、ぜひお聞きしたいのですが、まさにデータ活用人材については各社で取り組みや考えがまちまちです。損保ジャパンとしては、どういった捉え方をなさっていますか。

村上氏:人材育成はDXの最も土台となるため、注力しています。私たちは社員を3パターンに分けて考えています。1つ目は、CoEで集結させるようなデータサイエンティストや内製化に必要なエンジニアといったスキルセットを持つ人材。DX推進部や当社IT部門、システム子会社に集結させていくことになります。

2つ目は、それらの技術を理解して企画を立案できるデジタル企画人材。本社が中心になりますが、デジタルのスキルセットを持った人とタッグを組んで、デジタル施策、業務効率化、データを使った新ビジネスといったものを企画、実現していける人材ですね。

3つ目が大事なところですが、現場へ展開した際にデジタルの利点を正しく理解し、活用するためにも、全社員向けのデジタル時代に対応したスキルセットの習得。デジタルへの抵抗があると現場ではやはり機能しませんから。

石川氏:デジタル企画人材が、まさに専門家とユーザーをつなげるような役割にもなるのだろうと感じました。デジタル企画人材は全社員の3%程度にあたる700人を目指す、という具体的な数字を公表されていらっしゃいますね。

村上氏:いきなり700人全員がデジタル企画人材になるのは難しいと思っていますが、DX推進部も、データサイエンティストやエンジニアだけでなく、半数は現場から異動してきた人材です。支店で保険営業をしていた方、保険金をお支払いする部署で損害調査をしていた方などもいます。

そういった構成なのは、会社のビジネスプロセスを理解している人が中にいないと、いくらデジタルの知識だけがあっても業務改善は難しいからです。業務を分かっている人と、デジタルスキルを持つ人がタッグを組んで改善提案をする。そうすると、現場出身者にも次第にデジタル知識がついていきます。そういった方がまた現場へ戻ると、デジタル企画人材として育っていく。人材を育成する場としてもDX推進部はありたいと考えています。

石川氏:教育面としてはどういった取り組みを?

村上氏:研修制度はもちろん用意しながら、全社向けに仕事の隙間にも見られるようなストリーミング動画素材を提供したり、部内のホームページで「おすすめ本」を紹介したりもしています。それらで自律的に学習なさった方が、社内SNSで取り組みを紹介するなど積極的に発信される姿も見えてきました。そういった方が将来的なデジタル企画人材の候補者になっていくだろうと感じます。

フェーズ4.0へ向かって進化を続ける

石川氏:事前に拝見したなかで、1.0から4.0まで「DX推進の4つのフェーズ」を掲げていらっしゃいます。各フェーズの違いや取り組みは、どのようなものでしょう。

村上氏:1.0は人材育成と風土作りですが、これはゴールではなく続けていくものですね。
これまでの損保ジャパンは入社してからずっと同じ会社に居続ける人が多いタイプの会社でしたが、これからはエンジニアやデータサイエンティストといった方が外部から入ってこられますし、国内全体で人材流動性も高まるでしょう。そういった方々に当社のデジタル施策を理解していただくことが大事だと思っています。

2.0は業務効率化や業務変革として、まず既存のビジネスプロセスを改善していく、あるいはゼロベースからデジタルで構築していくのも必要です。また、業務を闇雲にデジタルやAIに置き換えるのではなく、きっちりと「人が対応すべき仕事」を定義することも大切。たとえば、事故に遭われたお客さまへ寄り添ったり、複雑な事故のケースにも対応したりと、既存業務を減らして「対応すべき仕事」に注力するための効率化ですからね。

3.0は、2.0の結果として貯まったデータ、そして社内外のデータを活用して、これまでできなかったことを実現する。新商品の開発はもちろん、デジタルで申し込みから引受まで完結できるような商品を提供できれば、既存では対応しきれなかった中小規模のお客さまに向けた保険がよりつくれるでしょう。その意味では、2.0と3.0のプロジェクトはシームレスでつながっていることが多いですね。

石川氏:確かに。自動車の自動運転にたとえるなら、最初は人間の補助システムから始まって、部分的に自動運転になり、完全な自動運転になるといったイメージですね。

村上氏:近いと思います。AIやデジタルの技術は「人を超えること」を最終的には目指していくと思うのですが、まずは「人を助け、並んで超えていく」という役割に期待して、それを前提にした改善の仕組み作りをしたいです。

4.0は、SOMPOグループは「安心・安全・健康のテーマパーク」の具現化を目指して、弊社のデータ活用だけでなく、弊社以外のグループのデータ、あるいは外部の方たちも連携した既存業務を超えたところを見据えます。世の中を良くしていきながら、ちゃんとビジネスにもつなげていく。

たとえば、これまでは損害保険は、発生時に迅速に保険金をお支払いすることが仕事の1つでもありましたが、これまでのデータをもとにして事前に災害を予測することで被害を少なくすることができるようになるかもしれません。自動車事故についても過去の膨大なデータがありますから、事故を未然に防ぐような働きかけも可能でしょう。また、CO2排出と自動車は密接につながっていますので、そのソリューション提案をしていくといったことも考えられます。

まさに、SOMPOグループで考えている「リアルデータプラットフォーム」構想につながっていくのが、4.0フェーズです。

損保ジャパン 執行役員CDO DX推進部長 村上明子氏

DXは踏襲ではなく超越するための手段

石川氏:最後に、ぜひ「損保ジャパンさんにとってのDXとは?」をお聞かせください。

村上氏:私は「人間は苦労する唯一の動物である」という言葉が好きです。人間は中長期的なビジョンをもって眼の前の苦労を選べる生き物であり、トランスフォーメーションは、どうしても苦労なしには成し得ません。

自動車や乗り物に対する概念が変わってきている時に、損保ジャパンも共に業務を変えていくことには苦しみを伴うこともあるでしょう。ただ、壁は常に毎回訪れるものです。そして、この先に便利なこと、より良い世界が待っているのを知っている方であれば、苦労を乗り越えることにも障壁はないはず。

常に人間はトランスフォーメーションをし続ける。そうして人間は発展してきたと思うのです。踏襲ではなく超越するための手段が、まさにDXではないかな、と考えています。

村上 明子(むらかみ あきこ)
損害保険ジャパン株式会社 執行役員CDO DX推進部長
/一般社団法人 情報支援レスキュー隊 理事
1999年日本アイ・ビー・エム入社、同社東京基礎研究所において研究に従事。2021年に損害保険ジャパン株式会社に転職、損害保険のDXを推進している。2022年4月より同社執行役員CDOに就任。他に、ITを活用した災害からの復興や減災、リスク管理を実現する「レジリエント工学」にも関わり、2015年には一般社団法人 情報支援レスキュー隊を設立、理事に就任。2021年より京都大学防災研究所客員講師も兼任している。訳書として「情報検索の基礎(共立出版)(共訳)」「Google Hacks 第2版、第3版(オライリージャパン)(共訳)」がある。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』( KADOKAWA/ 2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

https://japan.cnet.com/article/35190976/

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