ステークホルダー戦略を推進するための3つのステップ

サマリー:ステークホルダー資本主義の実践は難しい。その理由の一つは、利他主義的な発想に対する批判がある。もう一つの理由は、ステークホルダーや企業の相互関係の複雑さと数値評価の難しさである。しかし、ステークホルダ.ーのために価値を生み出すシステムを設計し、データ主導のアプローチを取ることで、着実に実践へと向かえる可能性がある。

なぜステークホルダー資本主義の実践は難しいのか

2019年、米国の主要企業が名を連ねる財界団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は、株主価値の最大化こそが大企業の唯一にして最大の目標とされる時代の終焉を、事実上宣言した。企業は、顧客、従業員、サプライヤー、地域コミュニティ、投資家など、自社の事業活動に影響を及ぼし、また、事業活動によって影響を受けるステークホルダーすべてに奉仕すべきだと主張したのである。

しかし、このような考え方を実行に移すことは、いまだに容易ではなく、多くのビジネスリーダーはステークホルダー資本主義を実践することに腰が引けているのが現実だ。

なぜ、ステークホルダー資本主義の実践は難しいのか。課題の一つは、企業のステークホルダー戦略は、いわば「意識高い系」の利他主義的発想にほかならず、企業が関心を払うべきではないという主張がいまも根強いことだ。もう一つの課題は、ステークホルダー資本主義を実践しようと思えば、すべてのステークホルダーとの相互関係を理解したうえで、すべてのステークホルダーのためにより多くの価値を生み出せるシステムをつくり、そのシステムをマネジメントしなくてはならないということである。

以下で論じるように、一つ目の課題に関しては、端的に言ってそのような主張がそもそも間違っている。二つ目の課題に関しては、企業が自社に適したステークホルダー戦略をつくり上げ、実際に導入するためには、どうすればよいのかを紹介したい。

ステークホルダー戦略は慈善ではない

ステークホルダー戦略を慈善的な利他主義と批判する論者もいるが、そうした見方は正しくない。それは、社外に価値を流出させ、自社の価値を減らすものではなく、むしろ、その正反対だ。ダーウィン主義的な行動そのものなのである。

ほとんどの人は、チャールズ・ダーウィンと言えば「適者生存」の考え方の提唱者というイメージを持っていることだろう。「適者生存」の考え方は、競争相手を蹴落とそうとする行動を正当化する理屈として用いられてきた。しかし、しばしば見落とされているのは、利己的で敵対的な人たちの集団に比べて、結束していて協働の精神を持った集団のほうが概して大きな成果を挙げると、ダーウィンが指摘していたことだ。

そのような集団の強みは主として、メンバーが互いに対して抱いている信頼から生まれると、ダーウィンは考えていた。メンバーとの間に信頼関係があれば、人々はすべての人にとっての長期的な恩恵を増大させることを目指してイノベーションに励むようになるのだ。

実は、筋金入りの自由市場重視派として知られる経済学者のミルトン・フリードマンでさえ、良質なステークホルダー戦略を受け入れていた。たしかに、フリードマンは、慈善事業に資金を拠出しすぎれば、企業の業績に悪影響が及び、資本主義の理念が損なわれると考えていた。しかし、その一方で、企業の支出が主要なステークホルダーに及ぼす影響をよく理解すべきだとも考えていたのである。1970年の『ニューヨーク・タイムズ』紙への有名な寄稿の中でも、以下のように記している。

(企業幹部の)行動によって顧客の支払う価格が上昇するのであれば、その行動は、その範囲において顧客の金を支出しているに等しい。その行動によって一部の従業員の賃金が低下するのであれば、その行動は、その範囲においてその従業員の金を支出しているに等しい……

小さなコミュニティの有力な雇用主である企業にとって、そのコミュニティに利便施設を提供したり、地元自治体の行政のあり方を改善するためにリソースを費やしたりすることは、長い目で見れば自社の利益にかなう。

こうしたことを実践すれば、望ましい従業員を集めやすくなったり、人件費支出を減らせたり、従業員による盗みやサボりによる損失が少なくなったりするなど、好ましい効果が生まれる可能性がある。

フリードマンは、このような支出すべてを、企業の自己利益追求の観点により全面的に正当化できると考えていた。そして、企業は「できるだけ多くの利益を挙げるよう努める一方で、社会の基本的なルール──法律に定められたルールと、倫理的慣習に定められたルールの両方──に従うべきである」とも強調していた。

ステークホルダー戦略の難しさを克服する

企業のパーパスがステークホルダーのために価値をつくり出すことだとすれば、企業幹部は、そのようなパーパスの実現に向けた進捗状況を数値評価してマネジメントする必要がある。しかし、それは、企業のように複雑なシステムにおいては極めて難しいことだ。企業とステークホルダーは相互に、そして周囲の環境とも作用し合う。そうした相互作用を理解してマネジメントすることは重要だが、それを数値評価して予測することは容易でない。

たとえば、高いエンゲージメントを持っている従業員は、顧客満足度を向上させられる可能性がある。そして、顧客満足度が高まれば、利益の伸びが加速する。そうなれば、株主、サプライヤー、地域コミュニティ、さらには従業員自身にも恩恵が及ぶ。しかし、その効果がどれくらい大きいかは、それぞれの企業の状況や組織文化、経済環境によって変わってくる。しかも、影響が全面的に現れるまでには、何カ月、場合によっては何年もの期間がかかる。

マネジャーのなかには、このような複雑な現実を受け入れて、その現実をより有効に数値計測してマネジメントを行おうとするのではなく、過度に単純化した思考を実践に移そうとする人たちがいる。具体的には、ステークホルダーたちが構成する複雑なシステムをマネジメントしようとするに当たり、従業員なり、顧客なり、環境保護活動家なり、その他のステークホルダーなり、いずれかの単一のステークホルダーに対する価値創造に徹することで、物事が万事うまくいくと期待し、行動してしまうのだ。そして実際には、ほとんどの場合、最も価値を数値計測してコントロールしやすいステークホルダーのことだけを考える。そのステークホルダーとは、株主である。

筆者らが最近『HBR』に寄稿した論文では、このような単純化した考え方がリスクを伴うことをデータで示し、それよりさらに高次の目的を達成することは可能であると指摘した。この論文で訴えたのは、ステークホルダー戦略を実践することにより、ビジネスのシステム全体にとっての価値を増大させ、さらには自社にとって、そして社会全体にとっての価値をつくり出せるということだった。

また、筆者らの論文では、ステークホルダーのために多くの価値を生み出すことのできるシステムを設計し、成果を数値計測し、そのシステムを実践に移すための、データ主導の実用的なアプローチを説明した。ステークホルダーのために価値を生み出すことの意味は大きい。それができれば、ステークホルダーがその会社のパーパスの追求を助けてくれることが期待できる。

筆者らが提案するアプローチは、以下の3つの要素によって構成される。

1. 外部の視点を活用する

昨今は、企業が自社のステークホルダー全体と個々のステークホルダー集団のためにどれくらい価値をつくり出せているかを計測するサービスがいくつも登場している。ドラッカー・インスティテュートジャスト・キャピタルエンバンクメント・プロジェクト・フォー・インクルーシブ・キャピタリズムなどの独立系の評価機関は、さまざまなステークホルダーの利害の複雑な関係について高度な分析を行っている。

2. 社外の評価機関による評価だけでよしとしない

これらの社外の組織は評価を下すに当たり、あらゆる会社のあらゆるステークホルダーをすべて同じ比重で考えており、しかも公開データしか参考にできない。しかし、細かい事情はそれぞれの企業によって異なる。そこで、外部の評価だけでよしとせず、社内のインサイトも活用して自社のステークホルダー同士の相互関係を理解する必要がある。

そして、その理解に基づいて、明確なステークホルダー戦略を組み立てることが重要だ。自社のパーパスをはっきりさせ、そのパーパスの実現に向けた進捗状況を評価する基準を定め、ステークホルダーの優先順位を決め、ステークホルダー同士の複雑な相互関係を念頭に入れた行動計画をつくるのである。この戦略で目指すべきなのは、すべてのステークホルダーの間に相互の利益を生み出し、システム全体にとっての価値の総量を増やすことだ。

3. 新しい戦略を継続する

そのために、リーダーが取ることのできる行動がいくつかある。

ステークホルダー戦略を受け入れる文化を育む

取締役会のメンバーを教育したり、必要であれば取締役会のメンバーを入れ替えて、さまざまなステークホルダー集団を代表するように変更したりする。また、マネジャーの評価指標と報酬決定の方法も変更する。

新しい組織構造とプロセスを設計する

小規模な中核グループを確立して、そのチームにステークホルダー戦略の主導役を担わせ、その戦略の成果を把握させる。そして、部署の垣根を越えたアジャイルチームをつくり、さまざまなステークホルダー集団の間に相互の利益を生み出す方法を模索させる。たとえば、テクノロジーの専門家の力を借りて、顧客のためにプロダクトを改良し、同時に従業員の退屈な仕事や危険な仕事を減らすことを目指す、といった具合だ。

導入する新しいプロセスとしては、たとえば、事業部門が四半期ごとのレビューを行う際に価値創造のトレンドと目標を示すよう求めたり、投資の提案を行う際にさまざまなステークホルダー集団に及ぶ影響の予測を盛り込むよう義務づけたりする。そのほかにも、ステークホルダーのニーズと満足度と不満材料に関するフィードバックを集める方法を改善したり、適切なステークホルダーのセグメントを惹きつけるためにコミュニケーション戦略を変更したりする、といったことが挙げられるだろう。

企業幹部たちは、ステークホルダー戦略が利他的なものでもなければ、現実離れしたものでもないことに気づき始めている。適切に設計して実行に移せば、それによりあらゆるステークホルダーにとっての価値を増やすことは可能なのだ。もちろん、そのステークホルダーの中には株主も含まれる。

利益の最大化を徹底して重んじる人たちも、ステークホルダー戦略に転換しつつある。英国の小売り企業ネクストは、株主価値を最大化させると同時に、非財務面でのステークホルダーにとっての価値を増やすという、2つの目標を同時に掲げている。こうしたアプローチを「啓蒙されたステークホルダー戦略」と呼ぶ人もいるが、呼び名はともかく、ステークホルダー戦略は好ましい方向への有意義な一歩になる。

そして、そのような歩みを一歩ずつ続けることを通じて、ステークホルダー戦略が現実離れした高尚な願望などではないという証拠が積み重なり、確信も強まっていく。そうした戦略を追求することがビジネスという観点でも理にかなっているとわかってくるのである。

*英語版編集部注:本稿の英語版記事の内容は、最初に掲載された後、5月24日に更新された。

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