人手不足、従業員エンゲージメントの向上、リスキリングの必要性など、人事部門は近年、多くの課題に直面しています。これらの課題を克服するには、昨今注目を集める人工知能(AI)と機械学習(ML)の活用が欠かせません。本連載では、こうしたAIやMLがビジネスに与える影響について、「HR=人事」に焦点を当ててひも解きます。
生成AIが脚光を浴びる昨今、AIとMLのユースケースは日々増え続けています。業界を問わず多くの企業で、AIとMLが人事・財務をはじめとする業務の自動化や意思決定の推進に活用され始めているのです。AIとMLは、人間とテクノロジーをつなぎ、相互の力を最大限引き出すものであるといえるでしょう。
一方で、どの企業においても、やはり実際の事業運営の根幹は「人」にあります。未来の働き方を担う最高経営責任者(CEO)や最高人事責任者(CHRO)にとって、重要な決定をする際には、常に従業員を中心に据えつつAIやMLの強みを生かしていくことが大切になってきます。
また、最近のWorkdayの調査では、企業の意思決定者層の65%が、従業員エクスペリエンス(EX)の向上にAIとMLが大きな役割を果たしたと回答しています。AIとMLをうまく活用することで、従業員の生産性と適応力を高めることもできるのです。
AIを活用して全従業員のスキルと能力を総合的に把握
これまで企業では、人材の募集・採用・定着を図る際に、過去と現在のポジション、経歴や学位などに重点を置いてきました。しかし、仕事の性質が進化して人材獲得競争が続く中、人材に対する企業のアプローチは大きく変わりました。今、前述の要素に代わって注目度が高まっているのが、人材のもつ「スキル」です。
スキルは、人材・キャリア開発、パフォーマンス管理、後継者育成計画などあらゆる人材管理の指標となるものです。人材のギャップを解消し、キャリアアップの機会を提供するためには、スキルベースの人材戦略が必須であることに各企業が気付き始めたのです。今日の人材市場において、スキルはいわば新たな「通貨」のような機能を果たしています。
スキルベースの組織へと転換するためには、プロセスの自動化と、スキルデータの可視化を実現できるテクノロジーが必要となります。ただ、往々にして、スキルは細分化され、変動的かつレベルが明確に定義されていない場合が多く、企業や人事リーダーにとってスキルデータの把握は難しい課題です。ビジネス全体にわたって従業員のスキルを管理・維持するとなると、大変な時間と労力が必要となり、規模の拡大も難しく、データの整合性もとりづらくなってしまいがちです。
このようなケースで課題解決の糸口となるのが、人事システムにAIとMLを組み込むことです。MLとディープラーニングの技術を、スキルのオントロジーとスキル関連データに組み合わせることで、今いる従業員がそれぞれ所有するスキルに基づいて、役職やギグワーク(個別の案件)に適した人材の特定、配置計画、マッチング精度の向上が可能となるのです。
さらに、AIとMLを活用することで、従業員一人一人のスキルに基づいて、公正かつ合理的に業務や学習機会も推奨・提案できます。組織の中に存在するスキル全体がどのような相関関係にあり、隣接するスキルにどのように影響を及ぼしているかを示すことも可能です。ビジネス環境に合わせてスキルも常に進化していくことが当たり前となってきた今、AIとMLを活用してスキルを総合的に把握できることは、ビジネスの前進に大いに役立つでしょう。
AI導入により職場のカルチャーと従業員エンゲージメントの向上が可能に
従業員の心をつなぎ止めることは、人事部門の課題のみにとどまらず、今や経営者層の優先事項でもあります。働き手は、これまでより多くのことを会社に求めるようになっています。しかし会社がその期待に応えられず、従業員がミスマッチを感じた場合は、転職も辞さなくなっているという現実があります。企業には、従業員のエンゲージメントを維持し、挑戦しがいのある仕事を提供して仕事に満足してもらうために、これまで以上の努力が求められています。
既に広く知られていますが、エンゲージメントレベルの高い従業員は生産性が高く、企業の収益性にプラスの影響を与えます。一方で、従業員エンゲージメントのレベルを正確かつタイムリーに把握するには、旧来の定期的な従業員満足度調査や、ちょっとした会話から得られる直感的かつ属人的な評価だけでは不十分なのです。
従業員エンゲージメントの計測は、今やサイエンス(科学的側面)とアート(人力で行うこと)の両輪で考えるべき課題であるといえるでしょう。人事リーダーやマネージャーが多角的に従業員の感情を判断するためには、即時的かつ継続的なパルスチェックを行う必要があります。エンゲージメント、ダイバーシティー、インクルージョンの状況をこまめにトラッキングし、従業員のウェルビーイングと従業員エクスペリエンスの全体像をリアルタイムに把握しなければなりません。その上で、懸念をもつ従業員に対しては、対話型のアプローチをとることもまた、エンゲージメントの大幅な向上と心理的安全性の醸成につながることが分かっています。
従来の画一的な定期調査を、従業員の声に耳を傾けるための動的でインテリジェントなツールで置き換えれば、人事や部門リーダーが有意義な行動をとるために必要なヒントを得られるようになります。例えば、AIとMLの力を借りれば、従業員のフィードバックからより速く、より正確なインサイトを収集・分析できるため、エンゲージメントスコアの継続的な変化に基づいて従業員の離職を予測し、離職防止のために先手を打つことも可能です。
正確で信頼に足る結果を得るためには「責任あるAI」の検討が必須
AIが人事部門をはじめとする多くの部門の業務を変革している今、CEOやCHROを含む経営幹部はAI導入に対して受け身の姿勢でいる余裕はもはやないと考えた方がいいでしょう。ビジネス主導のユースケースの導入に際する課題に加え、AI技術とセキュリティ課題は簡単に理解できるものではない場合が多く、このため企業間の導入競争がいったん収まると、導入が鈍化してしまう恐れがあるためです。
予測分析など、MLモデルによるタスクの実行は収集データの品質に大きく依存するため、AIを最大限活用するには、企業はデータガバナンスに強くコミットする必要があります。データハイジーン(データの衛生管理)の管理を怠ると、せっかくAIが導入されても、欠陥が多く、場合によっては営業的にも財務的にも損害を出しかねないような結果が生み出される事態にもつながってしまいます。
同様に重要なのが信頼、セキュリティ、アウトプットの正確性です。頑強なデータガバナンスの仕組みを実装し、データの安全性を確保することが求められています。同時に、詳細な文書化と、人が介入できるレビュープロセスを含む「責任あるAI」の制度作りも必須事項です。こうしてMLのアルゴリズムで生成されるバイアスを最小限に抑えてアウトプットの正確性を向上させて初めて、業務の自動化や意思決定に信頼して活用できる結果を生み出すことが可能になるのです。
まとめ
AIに関するWorkdayの調査では、多くの回答者がAIをビジネスの推進に役立つものと考えていることが明らかになりました。同時に、AI導入に当たっては、戦略的で、責任ある、人中心のアプローチが非常に重要です。意図したとおりに導入・展開できた場合、AIとMLは生産性向上を推進し、従業員のスキルを高め、モチベーションを引き出し、業務効率の大幅な改善を可能にする心強い味方となってくれるでしょう。
次回記事では、実際のAI導入に当たって従業員や意思決定者層が考えていることを明らかにしたWorkdayの独自調査を基に、そこから得られるインサイトをご紹介したいと思います。
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