【事業開発の達人たち】日本の障がい者雇用のあり方を変える荏原製作所の新規事業とは–松井寛樹氏・櫻井悦子氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、荏原製作所 マーケティング統括部 次世代事業開発推進部 マリンソリューション課 課長の松井寛樹さん、荏原アーネスト 代表取締役社長の櫻井悦子さんとの対談の様子をお届けします。

荏原製作所 マーケティング統括部 次世代事業開発推進部 マリンソリューション課 課長の松井寛樹さん(左)、荏原アーネスト代表取締役社長の櫻井悦子さん(右)

荏原製作所 マーケティング統括部 次世代事業開発推進部 マリンソリューション課 課長の松井寛樹さん(左)、荏原アーネスト代表取締役社長の櫻井悦子さん(右)

前編では、荏原製作所で松井さんがこれまで取り組まれてきた新規事業の内容と、現在の取り組みに至ったいきさつについてお話しいただきました。後編では、陸上養殖事業を起点としてお二人が現在挑戦されているもうひとつの新規事業、荏原アーネストでの新たな障がい者雇用と働き方改革について伺います。

養護学校の実習生の受け入れ業務を障がい者が担当

角氏:櫻井さんが荏原製作所の特例子会社である荏原アーネストに着任されて、あるテレビの取材の際に気付きを得たということでしたが、詳しく教えていただけますか。

櫻井氏:インタビューの際、アクアポニックスの仕事をしていた社員が、「野菜にはそれぞれ個性がある」という表現をしたんですね。また別の社員は、「この仕事をしている中で失敗もしたが、それも学びとして自分の成長に生かしている」と話したんです。それらは、私が想像していなかったコメントだったんですね。今まで補助作業だけしていた社員が、実はそういう仕事や物事の捉え方ができるんだと。

角氏:それは心に突きつけられるものがありますね。他の仕事と違うという事は障がい者の方も感じるでしょうし、当然やりがいがあるでしょうからね。人間は、誰かの役に立っている時に幸せを感じるじゃないですか。これは障がい者も同じなんですよね。何か社会の役に立っているという事を感じたら幸せを感じる。野菜を育てる中で学びを得ているという話は、凄く心に刺さるなあ。

フィラメントCEOの角勝

フィラメントCEOの角勝

櫻井氏:それでその時から、弊社の健常者がしていた仕事をどんどん任せるようにしました。例えば、私たちが社員を採用するにあたって、養護学校の生徒の実習を受け入れるのですが、先生とのスケジューリングの相談からアレンジ、最後の実習生の評価まで全てアーネストの社員がやっているんです。

角氏:それは素晴らしい!

櫻井氏:そして、それを見た母校の先生方が、「自分が育てた生徒がこんなに立派になっている」と言って泣いたんです。

角氏:それは先生としては堪らないでしょう。

櫻井氏:ただ仕事の内容を180度くらい変えているので、社員がどう思っているかは少し心配でした。でも聞いたら、「新しい仕事は不安があるけど楽しい」と言うんですよ。社員がそれを親御さんに話したら、親御さんも泣かれたそうです。

松井氏:お手紙をいただいたんですよね。

櫻井氏:対外的な業務をする社員には、名刺も作りました。するとまた、それが嬉しいと言ってくれて。

角氏:ああ、それは嬉しいでしょうね。なんと言いますか、松井さんの打算的なスタートからこんないい話に広がるとは…(笑)

松井氏:思っていなかったですね(笑)

行間がなく誰でもわかるマニュアルを作れる

角氏:社員に教える前には仕事の内容を分解して、教えやすいような形にするというプロセスがあると思いますが、それは誰が考えているんですか?

櫻井氏:ベースは健常者が作りましたが、今は社員に担当してもらっています。社員が次の人を教えているんです。教えていく過程で作業マニュアルをどんどん作り直し、何かツールが必要だとなるとそれを社員が作るんです。

そこでまた1つ学んだのですが、障害がある社員が教えるほうが、行間なく教えられるんです。われわれが教える場合は、暗黙知を踏まえて教えます。ある程度分かっていることは情報として飛ばすのですが、障がい者の社員はそこを飛ばさないので、誰でもわかる説明の仕方をし、誰でもわかるマニュアルが作れるのです。だから今は社員が別の社員に教えることが成り立っています。

社内の活動で得られた知見を社会に還元する

角氏:なるほど。それは他の会社にも転用できますよね。

櫻井氏:そうなんです。それで今、アクアポニックスを通じてわかった社員の成長や潜在能力を生かす部分を社会に還元したいと思っていて、事業化に挑んでいます。例えばアクアポニックスに付随している業務を分解すると、23工程あるんです。野菜や魚に水や餌を与えるだけでなく、測定や野菜の収穫の計画を立てる作業が色々あるのですが、これらは従来任されていた補助作業にはなかった要素なんです。アーネストの社員が潜在能力を発揮できたことが他の会社でも起こり得ると考えていて、それをアーネスト発信の新しい事業にできないかと、松井たちの力も借りながら検討しているところです。

角氏:業務のプロセスを分解すると、障がい者でもこうやればいいと伝えやすくなり、取り組んでもらいやすくなると。

櫻井氏:そうですね。それで今、荏原製作所の社員がやっていた定型業務を担えないかと、色々仕事の切り出しをしているところです。従来、単にできないと思っていただけで、やってもらえばできるんですよ。荏原としても一般社員の仕事を減らして他の業務に振り分けることができますし、当社にも仕事が生まれるという好循環が生まれます。それを他社に知ってもらえれば、ダイバーシティ問題の改善につながっていくと思っています。

角氏:これはとてもいい話ですね。陸上養殖を横展開する話かと思っていたら、業務コンサルティングとセットになっている話なんですね。

松井氏:実は彼ら彼女らの能力は人によって違っていて、能力が凄く高い人もいます。だけど多くの人は、知的障がい者ができる仕事はここからここまでと思い込んでいるんですよね。実は結構できるという事実を広げていきたいし、それが伝われば企業自体の生産性も上がるし、義務としてやっていた障がい者雇用を、積極的に雇用しにいくという形まで社会変容ができると思うんです。

櫻井氏:日本企業の障がい者雇用は、福祉的な発想が強いですよね。そうではなくて、仕事をしてもらうことの方が本人の可能性を生かすんだということを、障がい者に仕事をしてもらうようにすることで広く知ってもらいたいのです。

単なる社会貢献ではなく、日本社会の不を解決する取り組みに

角氏:僕も以前大阪市の職員で障害福祉を担当していたので、そのあたりは理解できます。事務能力が高い人もいるし、しかも集中力が健常者より続く人もいて、そういう人はずっとミスをしない。ここは能力の有無でなく、得意不得意なんですね。そこを生かしてもらえたら役割分担できると。凄くいい発見をされたと思います。会社として取り組まれた新規事業がきっかけになって、松井さんがいいストーリーだと思ってアーネストさんにお願いしたらギアがかみ合った。その結果として、また別な新規事業が生まれつつあるということですね。

櫻井氏:それで今は感覚的に、こういうことができるのではといろいろ試しているんですけど、そこを例えばデータにできたり、他者が納得可能な形にできるとビジネス展開できると考えています。

松井氏:この取り組みは単なる社会貢献ではなくて、確実に日本の中にある不の課題を解決することになる話なんです。私もこんな価値があるとは思っていませんでしたが、価値として考える人が身近にいたんです。恐らく、その価値に気付いていない人が世界中にたくさんいると考えると、それをシェアして世の中が良くなれば、われわれの取り組みは大きな価値になるということですよね。

角氏:障がい者が働く場所は、今までは限定的でした。作業所で働いて、給料も多くないのが現状です。それが皆さんの取り組みによって、全く別の働き方が生まれていくかもしれません。

櫻井氏:それぞれが個々の能力を生かして仕事をするという世界が、共生社会に向かうベースになります。障がい者だからということで囲い込みをしてしまうと、共生社会とは言えません。なので、自社だけでとどめておくのではなくて、それを広く還元していく事が必要だと思うのです。

障がい者の雇用促進や新しい産業の創出につなげていく

角氏:最後にそれぞれの新規事業に関する展望を伺えますか。

松井氏:陸上養殖事業は、これからの世の中、これからの荏原に必ず大きな価値を生むと信じていますので、何としても新たな事業として成長させていきたいです。ただ、われわれだけではできない事もたくさんあることがわかっているので、障がい者の話もそうですけど、われわれが先んじて取り組むことで、いろんな会社が追随してくれて、結果的に障がい者が活躍できる社会や新しい産業が生まれることにつながるといいと思っています。

櫻井氏:障がい者の働き方改革の取り組みは自社内から始まったことですが、特例子会社として荏原のビジョンに向かって活動しつつも、やはり広く障害がある方の雇用推進や能力を生かすという社会課題に貢献していくことが、最終的に荏原の企業価値に繋がるのだと思います。それを踏まえてグループ企業として、そこを推進する一翼を担う企業になっていきたいと思います。また、障がい者の働き方に関しては、他の会社の目線が変わっていくことも必要だと実感しています。実習対応を社員がやっていると話すと、名だたる特例子会社の方たちも驚くんです。そういう偏見をなくしていきたいですね。

角氏:それも悪気はなくて、そういう認知しかないだけなんですよね。そこにみんなが気付いてくれるきっかけをどう作るか。アーネストさんのノウハウが広く世の中に広がっていったら、知的障害だけでなく発達障害の方を含めて色々な方の福音になるでしょう。そうなることを僕も願っています!

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

https://japan.cnet.com/article/35191306/

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