DX推進のための環境整備–推進環境の成熟度を高める企業内変革

デジタルトランスフォーメーション(DX)施策の立案・実行と並行して進めるべき展開・実践段階のもう1つの道筋は、DXの環境整備です。社内環境は企業によって異なることに加えて、組織、制度、権限、人材などの課題も多様であり、企業の悩みも対処法も多岐にわたります。

DXの環境整備の進め方

DXを円滑に推進させるには、企業内の環境整備が必要であり、そのためには組織、制度、権限など多岐にわたる枠組みを変革しなければならない場面にしばしば直面します。DXの実践施策を次々に繰り出してもうまく進まなかったり、社内に浸透していかなかったりするのは、環境整備の不足が原因であることが多いといえます。

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旧来の社内制度や権限規定がDXを推進する際の妨げとなることもあります。DXを進めるに当たって組織体制が整っていなかったり、人材が不足したりしていることが問題となるかもしれません。また、従来の業務プロセスや既存の情報システムが新しい業務や事業に対応できないということも考えられます。

DXを円滑に推進するためには、こうした問題を解消するために多岐にわたる変革を進め、環境を整備していくことが求められます。

例えば、人事戦略においては、DXビジョン・戦略が示す企業像となるために、求める人材像、採用の基準・方法、人事評価制度、報奨・処遇などの見直しを迫られることもあるでしょう。社内制度においては、DXの活動を促進する新制度の設置に加えて、DXの円滑な推進を阻害するような制度の緩和も視野に入れるべきでしょう。また、この段階になると中央集権的なマネジメントでは進みが遅いため、組織運営においては従業員の自主性と自律性を重んじるよう、組織のフラット化と権限委譲により意思決定のスピードを高めることが推奨されます。こうした取り組みによって、社内のあらゆる部門や個人が、自発的にDXに関わる行動を起こせるような環境を整えていくことが重要です(図1)。

DXの環境整備に向けた企業内変革とは

DXに向けて求められる企業内部の変革は多岐にわたります。とりわけ伝統的な大企業には長年培ってきた企業文化や事業における成功体験があるため、変革には大きなエネルギーを必要とします。従来の価値観との食い違い、長年通用してきた社内の常識、既存の資産やプロセスに対するこだわりなど、変革を阻害する要因は多数存在します。

DXを推進するに当たって必要となる企業内部の変革には、「意識」「組織」「制度」「権限」「人材」「情報システム」などが挙げられます(図2)。これらの変革はいずれも大きな労力を必要としますし、互いに関係しており、1つだけをレベルアップすれば良いというものではありません。また、これらは「足し算」ではなく「掛け算」の関係になっており、どこかのポイントが欠けると全てがゼロになってしまいます。

例えば、改革に向けた意識を強く持っていたとしても、組織体制や人材がそろっていなければ実際の取り組みは進みません。立派な組織を設置し、外部から優秀な人材を集めたとしても、権限や制度がついてこなければ彼らが活躍してDXを推進することは困難です。

多岐にわたる変革を実行してDX推進の体制や環境を整えることは、決して容易ではありません。そのため、最初の推進者には、具体的なDXの実践を遂行しながら同時に環境を整えていくというパイオニアとしての覚悟が求められることになります。

図2.DX施策の基本的な実行プロセス(出典:ITR) 図2.DX施策の基本的な実行プロセス(出典:ITR)
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ここで挙げた6つの変革のうち、組織・制度・権限は会社の枠組みであるためトップダウンの変革が求められますが、裏を返せば経営者層の意識が高まって一定の手続きを踏めば、1日で変えることも可能といえます。一方、全社員の意識改革や人材の確保・育成には時間と労力を要しますが、一人一人がボトムアップで取り組める活動もあります。まずは個人や小規模な組織が一歩を踏み出し、全社的な取り組みへと拡大・昇華させていく地道な活動を積み重ねることから始めなければなりません。そうした活動を通じて、理解者や協力者を増やし、組織・制度・権限などの環境が整えられていくことで、個人の活動が支援され、さらに活動の幅が広がっていくというスパイラルを築いていくことがデジタルジャーニーと呼ばれる長い道のりの進み方といえます。

DXの環境整備の成熟度を高める

所属する業界や企業の成長曲線などによってDXに対する姿勢やディスラプターに対する危機感には温度差があります。また、これまでの取り組みや実施してきた企業変革によって、DXに向けた環境整備の成熟度は異なります。そこで、「全く何もできていない状態」をレベル0、全社的にDXに向けた環境が整備され、「社内の誰もが意識することなくDXを推進できる状態」をレベル5とし、6段階の成熟度モデルを設定しました(図3)。環境整備の成熟度では、次のことがポイントとなります。

  • 個人や一部の部門の取り組みではなく会社全体の取り組みとする
  • 一過性のものではなく組織に定着し継続的な営みとする
  • ビジネス環境や自社のポジションの変化に応じて常に軌道修正がかけられる

従って、成熟度の全般的な評価基準となるキーワードは、全社的、継続性、柔軟性です。多くの場合、成熟度を一足飛びに高めることは困難であり、6つの分野における不断の変革を実現しながら階段を一段ずつ上がるように環境整備を行っていくことが求められます。そのためにはまず、自社がこの6段階の成熟度のどのレベルにあるのかを、客観的に評価する必要があります。

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図3.DXの環境整備の6段階の成熟度(出典:ITR) 図3.DXの環境整備の6段階の成熟度(出典:ITR)
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ちなみに、従業員数1000人以上の国内企業に対して3年連続で実施したITRの調査では、2019年の時点から大きな進展は見られず、直近の2022年6月の時点においてもレベル4以上の企業は2割にとどまり、7割以上の企業がレベル1からレベル3の間に位置付けられています(図4)。この結果から、レベル3とレベル4の間に大きな壁があることが明らかとなっています。すなわち、全社への浸透と定着化は非常に重要ではあるものの、大きな困難を伴うことを意味します。

図4.国内企業におけるDXの環境整備の成熟度(出典:ITR) 図4.国内企業におけるDXの環境整備の成熟度(出典:ITR)
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DXの環境整備の状況は企業によって異なることに加えて、組織、制度、権限、人材などの課題も多様であり、その対処法も多岐にわたります。企業は、一時的な取り組みとしてDXを捉えることなく、全社への浸透と定着化を目指して、全社的、継続性、柔軟性の3つの観点を意識しながら着実に環境整備を進めていくことが求められます。

内山 悟志
アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。