ビジネスが絶えず変化する中で、予算に柔軟性を持たせる3つの方法

安定した世界で成功するためのルールと、不安定な世界で成功するためのルールはまったく異なる。このことを理解していても、どのように実践すべきか具体的な解決策を見出すのは難しい。とりわけ、戦略立案や予算策定に取り組んでいる時期に、今後数カ月間の不安定性や不確実性に備えるにはどうすればよいのか、頭を悩ませている人も少なくないはずだ。激動の時代に、単に生き残るだけでなく成功するには、環境の変化に適応するための「柔軟性」が欠かせない。本稿では、混乱した状況に即応できる予算策定を実現するための3つの解決策を提示する。

組織の運営方法をどのように刷新すべきか

筆者らは2年に1度、クライアントやコミュニティとともに「変化のスピード」調査を実施している。2018年にマネジャー2000人以上を対象にした調査では、47%が「生き残るためには、3年以内ごとにビジネスを改革する必要がある」と回答し、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生した2020年には、その数字が60%に跳ね上がった。

2022年のデータはまだ揃っていないが、最初の600人の回答からは、変化のスピードは依然として非常に速いことが示されている。55.8%が3年以内ごとに改革を行い、20.8%が12カ月以内ごとに計画を変更しているというのだ。これまで筆者らが見てきた中で、最も速いスピードで変化している。

ニューノーマルの世界で生き残るには、そしてさらに重要な成功のためには、あらゆる職務や業種に新しいルールが必要とされる。

例として、製造業における生産方式の一つ「ジャストインタイム」の実践について考えてみよう。比較的確実で不安定性が少ない世界では、在庫を少なくする、あるいはゼロにすることが極めて効率的だ。資本を拘束したり、在庫管理に投資したりする必要がないからである。しかし、現在のようにサプライチェーンが不安定な状況では、ジャストインタイムの生産方式がビジネスを破壊するおそれがある。

それは当然ながら、戦略プランニングにもあてはまり、最近『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された論考の著者を含む複数の思想家が、激動の時代における戦略立案のための新しい原則を提示している。

しかし、これらの原則をどのように実践に移せばよいだろうか。特に、戦略プランが予算や日々のマネジメントを通じて日常業務に落とし込まれていく場合には、どうすればよいか。いままさに、多くの人が戦略立案や予算策定に取り組んでいる段階で、今後数カ月間の不安定性や不確実性に備えるには、どうすればよいのか。

科学的根拠があり、実地検証されている3つの解決策を実行すれば、いますぐに変化を起こすことができる。以下に紹介しよう。

●目標は「一つの数字」ではなく、「一定の範囲」で設定する

解釈の余地を残さない単一の目標を設定することは、長年、一般的だった。たとえば、「純利益成長率10%」「EBITDA成長率7%」「市場シェア15%獲得」というものだ。このアプローチは、予測可能で不安定性の少ない世界では、極めて有効だった。しかし、絶え間なく変化する世界では、そうはいかない。

では、どうすればよいのか。

「純利益成長率10%」という単一の数字の代わりに、市場に対応した範囲を決定するための有意義な議論をすることだ。たとえば、分析結果を参考に「8~12%」という範囲を決める。あるいは「市場シェア15%」という単一の数字目標を掲げるのではなく、「12~18%」「11~17%」というように一定の範囲を設定することで、チームに柔軟性を与えつつも、注力すべき目標から離れることなく、原理原則を守ることができる。

目標に幅を持たせることの効果には、科学的な裏付けがある。経営思想家のスティーブ・マーティンは、次のように説明している。

「フロリダ州立大学の研究者らは最近、目標設定におけるこの小さな変化が、いかに素晴らしい影響を与えるかを実証した。ある研究では、週2ポンド(約0.9キロ)の減量を目指す減量クラブのメンバーを、『週2ポンド減量』という単一の数字を目標とするグループと、『週1~3ポンド減量』という平均値は同じだが目標に幅を持たせたグループのいずれかに振り分けた。

幅のある目標を設定されたことが、メンバーの目標達成に対するモチベーションの維持(10週間の追加プログラムへの登録)に与えた影響は顕著であった。単一の数字で減量目標を設定されたグループの中で、減量の取り組みをより長期的に継続した人は半数に限られたが、幅のある減量目標を設定されたグループでは、その割合は80%近くに上った」

筆者らの実地研究でも、この科学的データを裏付ける結果が得られた。加えて、数字に幅を持たせるもう一つの利点も明らかになった。それは、目標設定をめぐって古くから存在する、組織の「上層部」と「下層部」の争いを解決することだ。

取締役会が高い目標を掲げると、チームはその目標を非現実的なものと考えることが少なくない。その結果、すべての関係者が目標達成までの道のりに不満を抱き、いら立ち、最悪の場合は完全にやる気を失ってしまう。

目標を一つの点ではなく、一定の範囲として考えることで、環境の変化に適応するための柔軟性が生まれる。目標の範囲を慎重かつ明確に設定することが重要であり、そして、実際に達成した数字がその範囲のどこにあっても、それを称えることが欠かせな

●あらかじめ「制限」のラインを定めておく

あなたにもきっと同じような経験があるはずだ。多大な労力をかけて予算案を準備し、何度も修正を繰り返した後、長い承認プロセスを経て、ようやく最終決定する。しかし、市場環境の変化によって、数カ月、あるいは数週間のうちに予算が無意味なものになってしまう。

従来の予算策定は、ビジネスのイノベーションと刷新に悪影響を及ぼす。コーポレートベンチャーファンドを有する大手製造業グループに筆者らが助言をした際、そのことを発見した。

そのグループ内の既存企業は、従来のような計画策定が比較的うまくいっていたが、ベンチャーファンド内のスタートアップは、方針転換するたびに予算項目を承認し直さなければならず、苦しんでいた。

そこで採用したのが「制限」だ。明確に定義され、綿密に計算されたラインをいくつか定めておけば、複雑な予算の再計算を行う際に、完璧ではないにせよ、物事を迅速に進めることができる。たとえば、単位当たりコスト、顧客獲得当たりコスト、新製品のローンチ数など、数多くの側面で、不安定な時期に合理的な制限を設定することができる。

制限を設けることは、そこまで景気後退が深刻でない時期でも有効だ。あるサプライヤーが年度途中で価格を変更したり、新しい規制によってコストが高くなったりした場合、制限があることで、予算全体を毎回再承認することなく、チームに十分な情報に基づいた意思決定を行う自由を与え、マイクロマネジメントを減らすことができる。

「マネジャーは、既存の枠に囚われずに考える必要がある」とよく言われるが、一流のクリエイティブな人々が数多く指摘しているように、何か新しいものを創り出すには、まず「枠」が必要だ。私たちの創造的思考には、制限や制約が欠かせない。そして、戦略こそが創造性を発揮する最高の場なのである。

過去の教訓を活かして、議論を前に進めなくてはならない。どのような制限を設ければ、マイクロマネジメントの必要性を最小限に抑え、チームに明瞭さを与えることができるだろうか。ある程度のコストか、地域の制約か、あるいは顧客セグメントの制約か。戦略プランを実行するに当たって、自社のビジネスが越えてはならない境界線があるとすれば、それはどのようなものか。

●予算サイクルを短くする

伝統的な予算策定のプロセスは、上場企業の実務と密接に結びついているため、多くの企業は年次予算を策定している。それは、比較的安定した世界では機能するが、物価、為替レート、新たな規制、新たなテクノロジーの発展など、破壊的な変化が起きた時に対応するのは難しい。そのため、計画を調整する間隔を短くする必要がある。

これはまさに、商品価格が下落した2015年に、ある大手多国籍鉱業会社と協働した際に、筆者らが経験したことだ。複数の金属価格が50%以上も下落したため、同社の年間予算は数日で陳腐化してしまった。しかし、従来の予算調整プロセスは複雑で、時間がかかり、微妙なニュアンスを含ませることにも限界があった。

同社は、承認された予算計画に固執すれば自滅してしまうことはわかっていた。損害の範囲や、多くの事業部門や地域の中で具体的にどの部分が最も大きな痛手を被るのかを把握できていなかった。

そこで、より短いサイクル(年単位ではなく四半期単位)に移行し、今後18カ月の見通しを立てることで解決を図った。現在では、データの変動がより高い頻度で反映され、予算が最新の状態に保たれている。

このような「ジャストインタイムの予算策定」という解決策は、2008~2011年の経済危機の際に普及したが、多くの人は、あくまでも一時的な解決策ととらえていた。いまでは、不安定性が恒久的なものとなり、このアプローチが定着すべき時であることを受け入れなければならない。

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これら3つの解決策のいずれを採用するにせよ、独自の方法を開発するにせよ、唯一はっきりしていることがある。私たちが直面している課題は、状況が安定するまで生き残ることではなく、絶え間ない混乱の中でどうしたら成功できるのかを学ぶことだ。

そのためには、組織の運営方法を刷新しなければならない。安定した世界で成功するためのルールと、不安定な世界で成功するためのルールはまったく異なる。混乱した状況に即応できるターゲティングと予算策定を行うことが、その出発点となるのだ。

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