なぜ相反する考え方が企業戦略を強化するのか

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サマリー:企業は先の読めない変化の激しい世界に対応するために、相反する考え方を含む、ラディカル・オプショナリティ(徹底した選択性)を前提とした経営戦略を採用する必要がある。しかし、多くの企業はなかなかラディカル・オプショナリティを実現できない。なぜなら、複数の選択肢をつくるにはコストがかかるからだ。本稿では、ラディカル・オプショナリティの実現を主導する立場にあるリーダーが取るべき、3つの行動を紹介する。

新たな選択肢をつくり続ける重要性

筆者らは、最近のHBRの論考で、企業は先の読めない変化の激しい世界において、ラディカル・オプショナリティ(徹底した選択性)を前提とした経営戦略を採用する必要があると主張した。それは、予測不能な状況に置かれることを想定しながら、将来の成功の基盤になりうる新たな選択肢をつくり続けるという考え方である。

しかし、企業はなかなかラディカル・オプショナリティを実現することができない。なぜなら、選択肢をつくるにはコストがかかるからである。可能性の検討は、高いコストとリスクを伴い、複雑性を増し、過剰な冗長性をもたらしかねない。さらに、経営資源の限界、特に資本コストの増大がさらにハードルを高くしている。

前述した論考で述べたように、これには、戦略に付き物だったトレードオフを打破することに加え、戦略に対する考え方、コミュニケーション、リーダーシップに関する新たなアプローチも必要となる。本質論として、我々は、もはや戦略が単一の不変のロードマップではなく、まったく新しいプレーブックを必要とする「可能性のポートフォリオ」であることを認めなければならない。このラディカル・オプショナリティという新たな世界で成功するために、マネジャーやリーダーは、以下のことを受け入れる必要がある。

アイデアの非両立性と不整合性

企業や個人は、複数の計画やタスクに同時に取り組んでいる。通常、これらの活動自体は大きく異なるものであっても、基本的には一つの戦略や将来像に合致しているという前提がある。

しかし、「可能性のある複数の未来の状態」に応じた選択肢を用意している組織では、場合により、補完的でない、あるいは両立しない選択肢を同時に追求する必要がある。

たとえば、エヌビディアは、コンシューマー向けにグラフィックカードを販売しているが、クラウドベースのサブスクリプションサービスも構築している。後者を使えば、遠隔地から処理能力の高いグラフィックツールにアクセスし、ゲームやその他のソフトウェアを(エヌビディアが搭載されていない)デバイスにストリーミングできる。この場合、たとえばストリーミングの待ち時間を短縮するなどの問題を解決すると、エヌビディアのクラウドベースのサービスの魅力は増すが、従来のハードウェアビジネスの魅力は、直販とのカニバリゼーションにより低下する可能性がある。

選択性を高めるには、このような相容れない選択肢を持つことの潜在的な利点を認識する必要がある。たとえば、収入源が多様化することによるレジリエンスの向上や、集中型システムへの依存が拡大すると見込まれる将来への足がかりをつくることができる。さらに、エヌビディアのクラウドサービスは、ハードウェアのブレークスルーだけでなく、ストリーミングソフトの改善などの技術進歩によって向上し、今後起こりうる広範なイノベーションの恩恵を受けられるようになる。

将来の勝者になるには、同様のやり方で、不整合を選択的に受け入れることが必要だ。未来に関する多様な説を受け入れ、その結果生まれた「可能性の樹形図」の枝々を検討し、未来の展開を見据えながらフォーカスとリソースを移動させるのである。

未来に対する見解が多様であることは、組織のステークホルダー内の整合にも影響する。「同じ船に乗る仲間」のイメージは魅力的だ。みんなで息を合わせて漕げば、それだけ早く効率的にゴールにたどり着ける。しかし、不確実性が高い世界では、目的地がどこなのか、あるいはその船が目的地に行くための最適な選択肢なのか、必ずしもわからない。

つまり、完全なる整合を目指すことは、もはや正しいこととはいえない。先の見えない未来に対して、企業は多様な(現実)認識と(未来)視点を育み、それらを社内でぶつけ合い、掛け合わせのイノベーションによって新たなアイデアを引き出し、企業の将来性を高めていく必要がある。

物語の多重性と不統一性

我々は便宜上、複雑な現実を単純化し、魅力的なストーリーを描いて戦略を語ることがよくある。しかし、将来に向けて、潜在的に相容れない複数の選択肢を追求するとなると、単一不変の戦略的物語に頼っていられなくなる。むしろ、複数の選択肢を追求し、途中で切り替えられるようにするためには、複数のストーリーとその書き換えを認め、共有することが必要になる。

たとえば、マイクロソフトは称賛を浴びたここ数カ月のAI戦略において、自社のソフトウェアがコーチ、アシスタント、自動化エンジンの役割を果たすことを強調する発言をしている。そのストーリーの中には、人間を明示的に登場させたものもあれば、そうでないものもある。これらのストーリーがすべて同時に、同じ文脈で、同じオーディエンスに対して現実になることはありえないが、マイクロソフトは、状況が急速に発展する中で、物語も、提供する製品やサービスも継続的に進化させる能力によって、適時性を保つことができている。

このような多重の物語から成る世界では、企業は、一貫して安定した物語の実現という目標(誠実さの証のように見なされてきた)を手放し、代わりにバリエーションと変化を受け入れる必要がある。

ルイス・ガースナーは、「一貫性のないコミュニケーション」を成功させた一人である。1993年4月にIBMのCEOとして招聘された彼が、投資家やマスコミに「IBMにいま最も必要ないものは、ビジョン」であり、合理化と実行に注力すると宣言したのはよく知られている。しかし実際には、「企業がインターネットを活用したビジネスを展開できるようにする」という新たなビジョンを推進した。就任後1年も経たないうちにこのビジョンを公表し、その直後に5億ドルの広告キャンペーンを打って、IBMがこの分野の先駆者となるきっかけをつくったのである。

話すことで考える

物語はコミュニケーションツールであると同時に、戦略を練り、検証するための貴重なツールでもある。物事を言葉で説明することは、自分のためだけであったとしても、思考を構造化し、論理上の齟齬を明らかにする役に立つ。詩人で劇作家のハインリッヒ・フォン・クライストが1805年のエッセイで述べている。「食欲が食べることで生まれる」ように、「アイデアは話すことで生まれる」のだ。

ラディカル・オプショナリティを追求する場合、戦略的なアイデアを人に話すと、それを改善する道も開ける。話すことは、考えることの後に来るのではなく、考えるモードにしてくれるのである。戦略を口に出し、反応を確認し、聞き手と協働でアイデアを選別し、形にする作業は、戦略をテストし、磨く作業である。その意味で、相矛盾する可能性のある複数のストーリーを人に語ると、それによって生み出されるさまざまな反応を観察し、活用できるため、貴重なメリットがある。

「自分が何を考えているかは、自分の発する言葉を聞くまでわからない」というE. M. フォースターの有名な言葉があるが、「自分が何を考えているかは、自分の発した言葉に対する人々の反応を見るまでわからない」と言うこともできるだろう。

「話すことで考える」は、さまざまな説を「試着」しながら理解する方法として、社内で実践することができる。たとえば、ワークショップを行い、幹部が業界の異端児(既存企業のビジネスモデルに対抗する新興企業)の立場になって、自分のアイデアを成功させる方法を議論するなどだ。ワークショップのために筆者らが開発したこのようなイマジネーションゲームは、アイデアの検証や意識転換に有効である。

さらに、「話すことで考える」は、政治家が計画をマスコミにリークしたり、企業が試作品を披露したり、あるいはクラウドファンディングのプラットフォームで開発の進捗を発表したりするように、世間の反応を探る方法として、外向きにも活用できる。最近よく知られた例としては、ツイッターのCEOであるイーロン・マスクが、ツイッターブルーのサブスク料金についてプラットフォームユーザーと公開討論したことだろう。

新しい文化への移行

リーダーシップ分野の権威であり、ハーマンミラーの元CEOマックス・デプリーは、「リーダーの最初の任務は、現実を明らかにすることである」と述べている。企業のリーダーは、「物事に意味を見出す最高責任者」として、企業内で思考され語られることの方向性を示し、世界観を設定する。そのため、リーダーは、ラディカル・オプショナリティを実現するための意識転換やコミュニケーション手法の転換を主導する立場にもある。そこでリーダーには、以下のことが求められる。

・模範を示す: 新たな物語が生まれて、そのタイミングになった時には、自己矛盾を意に介さず、平然と複数の物語を語れなければならない。これは、事実や真実とされていることを捏造したり歪曲したりするように、けしかけているのではない。事実は両立するとは限らない多くの物語を裏づけうること、状況は変化し、我々の知識は進化することを認識しているのである。

・新たな規範をつくる: 「話すことで考える」を実現するためには、同僚たちと内容を相談する以前の不完全な「考えを試す」ことが、キャリアリスクにならない点を社員に納得させる必要がある。もちろん公の場で、考えている最中のことを口にすると、そのアイデアが受け入れられなかったり、最終的に実現できなかったりした場合の影響が大きいため、脱線防止策が必要である。

・安全な環境をつくる: さまざまな意見の衝突を促進し、活かすために、リーダーは遊びの場を作り、社員が安心して新しいアイデアやプロセス、やり方を試せるようにする必要がある。

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ラディカル・オプショナリティの世界で成功するためには、相反するような新しいビジネスモデルやオペレーティングモデルを試せる文化が必要である。そのためには、戦略がロードマップではなく、ポートフォリオであることを認識すべきである。 マネジャーは、複数の相反する物語を受け入れ、リアルタイムで戦略を立て、メッセージを考える必要がある。リーダーの課題は、社員がこのような新しい方法で考え、コミュニケーションできるように安全な組織をつくることである。

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