日立製作所、Generative AIセンターで生成AI推進 「グループ32万人活用」に向けた施策とは?

日立製作所は「Generative AIセンター」の設立を発表。3月15日の会見では、生成AIのLumada事業への取り込み、テキスト生成と画像生成のユースケース、日立グループ32万人で利用推進するための施策としての業務利用ガイドライン策定などが発表された。

日立が「Generative AIセンター」を設立する理由



 「日立は生成AIの活用推進と、雇用の問題やプライバシーの課題への取組みを両輪で進める」──日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部CTO 鮫嶋茂稔氏は、会見の冒頭でこう語った。

 日立のAI関連研究の歩みは長い。80年代の第二次AIブームや第五世代コンピュータープロジェクトへの参画を記憶している人は、相当のベテランかもしれない。先端研究だけでなく、製品検査装置や海外向けATM、指静脈認証などの実用分野でも、地道で息長く研究開発を続けてきている。2020年代からはAI映像解析ソリューション、材料開発ソリューション(MI:マテリアルズ・インフォマティクス)などの分野でもAI研究に力を入れている。

図:日立のAI関連研究の歩み(出典:日立製作所)
図:日立のAI関連研究の歩み(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

 その日立が、ChatGPTをはじめとする生成AI (Generative AI)の急速な進化を背景に、「Generative AIセンター」を新設し、AI事業を加速化する。5月15日に行われた会見で発表されたのは、以下の項目だ。

  • 「Generative AI センター」新設:データサイエンティストやAI研究者、社内IT、セキュリティ、法務、品質保証、知的財産などスペシャリスト集結
  • 生成AIのLumada事業へ取り込み
  • 生成AIの活用支援コンサルティング、環境構築・運用支援などのサービス
  • 日立グループ32万人で利用推進するための施策
  • 業務利用ガイドライン策定、社内利用環境「Generative AIアシスタントツール」整備、コミュニティを形成

 日立のAI事業の目的は、2012年から立ち上がったデータ利活用サービス「Lumada」事業の拡大だ。今回設立する「Generative AIセンター」は、生成AIに対して知見を有するデータサイエンティストやAI研究者と、社内IT、セキュリティ、法務、品質保証、知的財産など業務のスペシャリストを集結し、リスクマネジメントしながら活用を推進するCoE (Center of Excellence)組織となる。

 これまでも、Lumada Data Science Lab. (LDSL) の活動を中心に、年間100件以上のAI関連のPOCを推進してきた。また、2021年2月にLDSLと社内有識者による「AI倫理原則」の策定などにも取り組んできている。

日立独自の生成AI、6つのユースケース

 デジタルエンジニアリングビジネスユニットData & Design 本部長 吉田順氏は、生成AIの業務改革の可能性として、1)文章の要約:公開文書や社内文書の要約、2)文章の翻訳、3)リサーチ:検索エンジンのような使い方、4)資料の草案作成などの文章の生成、5)社内FAQとしての活用など、6)開発効率化・生産性向上などの6分野を示した。

 これらは一般的な事例だが、「ChatGPTはインターネット上で公開されている大量データで学習されているが、業務データと組み合わせることでさらに可能性は高まる」(吉田氏)として、日立で取り組んでいる、6つのユースケースを紹介した。

  • テキスト生成:「議事録作成」「チャットボット攻撃性抑制」「対話システムにおける機械読解」
  • 画像生成:「設備の損傷画像を用いた要件のすり合わせ」「気象状況画像を用いた判断ノウハウの獲得」「ドキュメント・コンテンツ作成支援」

議事録の要約

図:テキスト生成(1)議事録の要約(出典:日立製作所)
図:テキスト生成(1)議事録の要約(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

 マイクロソフトのTeamsの音声認識のスクリプトから要約を作る技術。テキストを分析のしやすい長さに区切り、「私」や「僕」などの発話者の呼称を話者の名前に変換し、因果関係を分析して箇条書きにしたり、重要な文を切り出したりすることができる。

チャットボットの攻撃性抑制

 人種、ジェンダー、宗教など、カテゴリごとに、攻撃的な応答を抑制する技術。学習データの中に含まれる攻撃性を AI が学習し、安全な応答を出力する。

図:テキスト生成(2) チャットボットの攻撃性抑制(出典:日立製作所)
図:テキスト生成(2) チャットボットの攻撃性抑制(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

対話システムにおける機械読解

 会話履歴と業務文書から機械読解技術(MRC:machine reading comprehension) を用いて回答を生成する技術。ChatGPTではテキストを生成する時に、事実と異なる文書が作られることがある。企業用途で使う時には事実があれば事実のまま答えてもらいたい。会話履歴から業務文書の中で合致する解凍箇所があれば、そのまま出力させることで事実性を担保する。

図:テキスト生成(3) 対話システムにおける機械読解(出典:日立製作所)
図:テキスト生成(3) 対話システムにおける機械読解(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

「設備の損傷」画像を用いた要件のすり合わせ

 日立の中核事業でもある社会インフラに関わるAI活用。設備の損傷画像を用いてお客様とのすり合わせを行う。線路や壁のひび割れなどを画像生成で示しながら状況を確認し対策を検討する。

図:画像生成(1) 「設備の損傷」画像を用いた要件のすり合わせ(出典:日立製作所)
図:画像生成(1) 「設備の損傷」画像を用いた要件のすり合わせ(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

「気象状況」画像を用いた判断ノウハウの獲得

 航空機の離発着時の気象状況判断ノウハウを熟練者から獲得するために、雲画像を生成するAI活用。熟練者のナレッジであった雲の状況による判断が、画像生成AIによって可能となる。

図:画像生成(2)「気象状況」画像を用いた判断ノウハウの獲得(出典:日立製作所)
図:画像生成(2)「気象状況」画像を用いた判断ノウハウの獲得(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

ドキュメント・コンテンツ作成支援

 PowerPointや特許の明細書に用いる画像の作成が、生成AIによって可能になる。たとえば「白黒画像で〇〇を作る」(Black and white line drawing of <描きたいもの>)というプロンプトによってビジネスに適した画像を作る。ただし、現段階では、AIの出力に著作権、著作者人格権侵害の懸念がないかどうかは利用者による精査が必要となる。

図:画像生成(3)ドキュメント・コンテンツ作成支援(出典:日立製作所)
図:画像生成(3)ドキュメント・コンテンツ作成支援(出典:日立製作所) [画像クリックで拡大]

AIのCoEとして「専業は置かない」

 「生成AIには情報漏洩や著作権侵害、プライバシー侵害などさまざまなリスクがあります。日々、さまざまな生成AIサービスが登場し、サービスの仕様や規約もすぐに変わってしまう。回避していくには、社内の様々なナレッジをかけ合わせる必要があります。そのためあえて専業のメンバーではなく、現場のエキスパートを兼業で結集させました」(吉田氏)

 必要な知見とは、データサイエンス、プライバシー保護、AI倫理、セキュリティ、品証、知財、法務…と数限りない。日立が「Generative AIセンター」の設立に踏み切った背景には、AIのCoE(センターオブエクセレンス)として、こうした社内の知見を結集する必要に迫られたからだ。

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 Generative AIセンターがハブとなり、日立全社でコミュニティを形成し、ナレッジ・ノウハウをリスクに配慮した価値創出を行なっていく。取組みとしては、「Lumada事業向け」のコンサルティング、環境構築・運用支援、パートナーとの連携であるLumadaアライアンスプログラムがある。もう1つが「日立社内向け」の生成AIの業務利用ガイドラインや社内利用環境・ツールの整備だ。この社内向けの制度・環境面において日立は、他社よりも1歩抜きん出ている。

推進施策としての「業務利用ガイドライン」

 「Generative AIセンター」は、生成AIの利用におけるさまざまなリスクを複合的に考慮した「業務利用ガイドライン」を策定し、4月末に第一版を発行した。今後、業界動向を踏まえ、ガイドラインを継続的にアップデートしていくほか、社員向け相談窓口を設置し、ガイドラインではカバーが難しい問い合わせや相談にも対応する。

業務利用ガイドライン [画像クリックで拡大]

 「生成AIについては禁止することなく積極的に活用する。そのために社内でインプット、アウトプットのリスクに配慮しながら使うためのガイドライン。展開が早いので継続的にアップデートし社内では相談窓口も設けました」(吉田氏)

Azure OpenAI Serviceによる社内ツール整備

Generative AIアシスタントツール [画像クリックで拡大]

 また、Azure OpenAI Serviceなどを活用した社内利用環境「Generative AIアシスタントツール」を整備し、5月末より利用開始した。「Generative AIセンター」がその社内活用をサポートすることで、議事録の自動生成やシステム実装におけるローコード/ノーコード化を推進するなど、業務の効率化と生産性向上を図る。

 マイクロソフトのAzure Open AI Serviceは積極的に活用していく考えだと、鮫嶋氏、吉田氏の両氏は強調する。今後「Microsoft 365 Copilot」などの活用も進むことから、日立とマイクロソフトの使い分けが気になるところだ。

 「マイクロソフトはデファクトスタンダードとして取り入れつつ、日立の独自の技術との掛け合わせで活用の幅を広げていく」(吉田氏)

 今回の発表は、日立製作所の生成AIの「活用」に関するものが中心だった。日本を代表する製造業として、独自のLLM(大規模言語モデル)まではいかないとしても、生成AIの新たな技術の開発にも期待したいところだ。「現在のところ、独自の生成AI開発は明らかには出来ないが、様々な可能性を検討していきたい」と吉田氏は締めくくった。

 

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