サマリー:昨今の不確実性を伴うビジネス環境に加え、ハイブリッドワーク導入による影響で、世界の労働者の4人に1人が燃え尽きを感じている。そうした中で、組織のコラボレーションを促し、イノベーションを実現するには、リー.ダーが従業員にエネルギーを与えることが重要だ。筆者らが行った調査から、部下にエネルギーを与えて成功を収めているリーダーは、ある3つの方法を用いていることが明らかになった.
ハイブリッドワークで活力を失った従業員たち
クリス率いるプロダクトマネジメントチームは、いま苦境に陥っている。設定された締め切りを守り、プロダクトの基礎的なアップグレードの実現を目指して、マネジメントを行ってきたが、売上げは落ち込んでおり、画期的なアイデアも久しく生まれていない。イノベーションを成し遂げたいと思ってはいるものの、そのために必要なエネルギーを生み出せずにいるように見える。
このような状況にあるチームは少なくない。近年、レイオフや景気の減速、地政学的情勢の不安定化など、ビジネスに負荷を与える要因が積み重なり、職場のチームが消耗し始めている。その結果として、世界の労働者の4人に1人が燃え尽き(バーンアウト)を感じている。そこへ、ハイブリッドワークの導入に伴う負担も加わるようになった。ハイブリッドワークの職場では、チームの縦割りと分断に拍車がかかり、コラボレーションがいっそう難しくなっているのだ。
しかし、コスト削減の圧力が強まり制約が増えている時代でも、チームはより少ないリソースでより多くのことを成し遂げるだけでなく、イノベーションを成し遂げることも期待されている。素早くイノベーションを実行することにより、成長を促進する必要がある。
この点では、有効なコラボレーションが実現しにくくなっていることの打撃は極めて大きい。より賢明なコラボレーションが実現すれば、売上げと利益が増加し、より包括的な問題解決策が編み出されて、顧客満足度と従業員満足度も向上するはずだ。問題は、そのような成果が表れるまでは、コラボレーションにコストがかかり、リスクが伴い、時間が浪費されると思われやすいことである。それでも、人々のエネルギーが高まれば、意見を持ち寄って斬新な問題解決策を考案しようという意欲が強まるだろう。
その点、リーダーがポジティブなエネルギーを生み出せれば、従業員のエンゲージメントと生産性、仕事への満足度が高まり、イノベーションが強力に後押しされて、組織のパフォーマンスも向上する。こうしたことができるリーダーは、必ずしも強烈なカリスマ性や社交性など、特定の性格の持ち主とは限らない。研究によると、人々にエネルギーを持たせることに長けていると評価されるリーダーたちには、ある種の行動パターンが共通して見られる。その行動パターンとは、思いやりがあり、謙虚に振る舞い、ほかの人たちの努力に感謝する姿勢である。
しかし、こうしたことは、あくまでも最低限求められる資質と考えたほうがよい。今日のように複雑な時代においては、リーダーにはさらに多くのことが要求される。チームのエネルギーが減退している原因の違いによって、異なるアプローチが必要とされるためだ。
筆者は近々発表予定の共同研究で、3000人の従業員にアンケート調査を行い、加えてリーダーとプロフェッショナルを対象に詳細なインタビュー調査も行った。この調査により、部下にエネルギーを与えて成功を収めているリーダーたちが用いている3つの方法が見えてきた。それらの方法を通じて、ポジティブなエネルギーを活用し、ハイブリッドワークの下でも強力なコラボレーションを実現させ、それにより高いパフォーマンスを生み出しているのだ。その3つの方法とは、チームのエネルギーを適切な方向に向けること、エネルギーを生み出すこと、そしてエネルギーを増幅させることである。
エネルギーを適切な方向に向ける
チームの状況によっては、一人ひとりのメンバーのエネルギーが不足しているのではなく、あまりにも多くのプロジェクトに同時に取り組みすぎていることが問題の原因といえる場合もある。そのようなチームのリーダーは、すべてのメンバーの関心と労力を一つの方向に向けさせて、チーム全体の活動をより強力なものにすべきだ。
コロナ禍が始まってハイブリッドワークの時代に移行して以来、バーチャル会議に費やされる時間が飛躍的に増えている。マイクロソフトの調査によると、2020年2月以降、その時間は252%増加しているという。従業員は次第に、ひっきりなしにバーチャル会議に参加するようになり、重要な課題のフォローアップを行う時間を確保することすらままならない。ましてや、リフレッシュのための時間などまったくない。
このような状況では、頻繁に作業の切り替えを行う結果、人々のエネルギーが奪われるうえに、残されたエネルギーも多くの課題に分散してしまう。しかも、最近レイオフが実行された会社では、職場に残った人たちがそれまで以上に多くの業務を課されることになりそうだ。
このようなチームでしばしば生じるもう一つの問題は、メンバーのエネルギーと関心が分散している状況について、マネジャーが誤った解釈をしかねないことだ。たとえば、ハイブリッドワークを導入するチームのマネジャーは、在宅勤務をしている部下が怠け者だったり、上の空になっていたりして、チームに貢献する意思がないと決めつけてしまうかもしれない。その部下のエネルギーが低下している本当の原因は、割り振られている課題があまりに多すぎることであるにもかかわらず、だ。
これは、「根本的な帰属の誤り」と呼ばれる認知バイアスの一種である。人はしばしば、物事の状況面の要因を過小評価する一方、個人の性格面の要因を過大評価してしまうのである。このような誤った思い込みを抱くと、マネジャーは部下の勤務時間を監視したり、マイクロマネジメントを行ったりすることに固執してしまう。しかし、筆者らの研究によると、マイクロマネジメントを行うことは、マネジャーが人々のエネルギーを枯渇させる典型的なパターンの一つなのだ。
このように、従業員が過度に多くの業務を課されているうえに、リーダーが部下の置かれている状況に共感していない状況は、ハイブリッドワークを実践するチームでは珍しくない。この点を考えると、リーダーは、チームのエネルギーが落ち込んでいる場合に、その理由を掘り下げて検討する必要がある。
そのような検討を行うためには、メンバーに直接尋ねるのも一つの方法だ。特に、自然な会話の流れの中で、そうした問いを投げかけることができるのであれば、これはよい方法といえるだろう。しかし、職場における信頼感が乏しかったり、心理的安全性が低かったりするなど、状況によっては、匿名の自由回答形式のアンケート調査を行ったほうが率直な回答を引き出せるかもしれない。
いずれにせよ、過剰な負担を抱えているチームのリーダーは、共通の目標に向けてメンバーのエネルギーを集中させることにより、チームのエネルギーを適切な方向に向けさせる必要がある。具体的には、以下のようなことを行うべきだ。
大きな目標をはっきりと示し、追求しないと決めたことはくよくよ考えない。人は、多くの課題を抱えていても、目標が明確であれば比較的対処しやすい。そこで、チームの会議や、メンバーとの一対一の話し合いを通じて、大目標を明確にするという観点の下で、さまざまな課題の位置付けを考え直すことが重要になる。たとえば、さまざまな活動がどのように一体として顧客サービス全般を向上させるのかを強調したり、さまざまな業務がどのように一体として製品開発の道筋を形づくっているのかをわかりやすく示したりすればよいだろう。
逆に、大目標を追求するのと引き換えに追求できなくなった機会について、くよくよ考えることは慎むべきだ。優先的に取り組む課題を決めて、それをチームに周知した後は、新たに浮上するかもしれない機会のいくつかに対してメンバーが「ノー」と言うことを受け入れるべきだ。アンケート調査の回答者の一人は、こう述べている。「実際に起きていないことに関して、エネルギーを費やすことは避けるべきだと思います」。今日の従業員たちは、ただでさえ厳しい状況に置かれている。不要なストレス要因をさらに増やして、従業員を取り巻く状況をいっそう厳しいものにすることは避けたほうがよい。
業務負担が大きすぎる状況を透明化する。ただし、「忙しいこと」を美化してはならない。抜きん出たリーダーは、部下がみずからの課題について同僚たちと意見を交わす場をつくる。それを通じて、活動が重複していたり、矛盾していたりしないか、そして互いに助け合う方法はないかを把握できるようにするのだ。
視界に入らないところで働いている同僚の業務内容を把握することは難しいので、この種の話し合いを頻繁に行うことは、ハイブリッドワークを実践するチームにとってことのほか重要な意味を持つ。しかし、そうした話し合いの際には、膨大な量の業務に忙殺されているメンバーを称賛するのではなく、メンバーの関心を適切な方向に向けさせる方法を見出すことに重きを置くべきだ。
成果を上げるリーダーは、人々の頭脳のパワーを共通の目標に向けさせることに長けている。学生時代に物理学の入門コースで習ったように、熱力学の第1法則によれば、システム内のエネルギーの総量は常に変わらない。そこで、そのエネルギーをどこに向けるかが重要になる。
エネルギーを生み出す
場合によっては、チームのエネルギーが完全に枯渇しているケースもある。相次ぐレイオフを生き延びた人たちはしばしば、疲弊し、情緒面での混乱を経験する。単に同僚というだけでなく友人でもあった人たちとの日々の関わりを奪われることの影響は、それほどまでに大きい。また、ハイブリッドワークやリモートワークの環境は、人々の孤独感を増幅させる。オンライン会議ではたいてい雑談が少なく、親密な雰囲気や信頼関係が育まれにくいためだ。
こうした問題に対処するためには、リーダーがエネルギーを生み出す必要がある。要するに、エネルギーをゼロから生成することが求められる。このアプローチは、本稿で取り上げた3つの方法の中で、最も広く認識されているものかもしれない。これは、コロナ禍の下でリーダーたちが強い関心を示してきたテーマでもある。それでも、筆者らの研究により、リーダーがエネルギーを生み出すために取るべき重要な行動が3つ明らかになっている。
仕事の意味をメンバーと一緒につくり出す。リーダーのビジョンを押しつけてはならない。人は往々にして、自分の担当分野や担当顧客のことしか見えなくなる。しかし、自分がどのような形で顧客やその他のステークホルダーの役に立てているのかという大局が見えてくると、従業員のモチベーションとパフォーマンスに長期にわたって計り知れない好影響が生まれる。
チームのエネルギーを高めたいと考えるリーダーは、メンバーと一緒に、業務をより大きな目的と結びつけるよう努めるべきである。重要なのは、これをメンバーと一緒に行うことだ。間違っても、リーダーが重んじる目的をチームに無理やり押しつけてはならない。ていねいな姿勢で押しつけることも避けるべきだ。リーダーのそのような自己中心的で利己的な行動は、筆者らのアンケート調査の回答者たちがとりわけエネルギーを奪われると述べていた要素の一つだ。それとは対照的に、メンバーと一緒に目的を見出そうとする姿勢は、部下への敬意を伴うものと見なすことができ、部下へのエンパワーメントにつながる。
メンバーの尊厳と自尊心を高めるよう努める。メンバーを道具のように考えてはならない。リーダーは、メンバーを多面的な性格を持った個人として扱い、会社の成功のために欠かせない存在と位置づけるべきだ。リーダーがメンバー一人ひとりの特別な資質を評価すれば、メンバーは、自分のことをより価値ある存在と考えるようになり、やる気が強まる。アンケート調査の回答者の一人は、こう述べている。「(このようなことができるリーダーは)調子はどうかと笑顔で尋ねてくれて、こちらの言葉に耳を傾け、こちらの目を見て話そうとします」
これと対極的なのは、部下を目的達成の手段と見なす姿勢だ。この問題は、リモートワークの環境でとりわけ深刻化するおそれがある。メールによるコミュニケーションが多用されて、効率性や生産量が過度に強調される傾向があるためだ。
最終目標ばかりを意識せず、途中で活動に弾みをつけることにも関心を払う。テレサ・アマビールの研究が明らかにしたように、仕事でたびたび前進を経験すると、その人はポジティブな感情とモチベーションを抱き、創造的な成果を生み出しやすくなる。逆に、挫折はその規模を問わず、計り知れないほど大きな悪影響をもたらす場合がある。大きな前進を遂げるのに必要なエネルギーがない場合でも、小さな成果を上げることができれば、活動に弾みをつけ、挫折によるエネルギーの喪失を埋め合わせるうえで極めて大きな効果がある可能性がある。
見落としてはならないのは、こうしたことが偶然に結果として実現するわけではないということだ。途中で小さな成果を達成したいのであれば、戦略的に目標を細分化して、短期的な到達目標を定めることが不可欠だ。
エネルギーを増幅させる
エネルギーを高める3つの方法のうちで最も強力なのは、もしかするとチームのエネルギーを増幅させるアプローチかもしれない。具体的には、メンバーの多様な強みや才能、経験を見出して、それをうまく活用するのである。
筆者がコンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーでさまざまなチームを率いていた時の経験から次第に見えてきたのは、メンバーの職業的・文化的・教育的多様性を存分に活かしているチームがある一方で、共通の体験に依存していて、イノベーションや思慮深いソリューションを生み出しにくくなっているチームもあるということだ。
ハイブリッドワークを実践するチームに付き物のリスクは、一人ひとりのメンバーに特有の強みが明らかになっておらず、十分に活用されないというものだ。リモートワークでは、人々が孤立して働くことになりやすく、その影響により、同僚たちの専門分野や視点を知る機会が乏しくなるだけでなく、自分自身の強みを理解する機会も乏しくなる。
筆者の共同研究によると、チームのエネルギーを増幅させるリーダーは、以下のような行動を取っている。
恐怖心を克服して、自分がどのような人間かをメンバーに語る。リーダーは、みずからの専門分野や性格、これまでの人生におけるもろもろの経験について語ることを通じて、チームのメンバーが自分自身のさまざまな側面について考え、同僚に語るよう後押しすることができる。それは一般的に、人々にとって楽しく、胸躍る経験といえる。
アンケート調査の回答者の一人は、エネルギーを高めるうえで最も重要な要素として、自分の上司であるマネジャーに以下の助言を送った。「あなたの人生のこと、そしてあなたという人間のことを話してください」。自分自身について語ることには、リスクがあるように思えるかもしれない。しかし、それは、ハイブリッドワークのチームで欠如しがちな信頼関係を育むうえで、コストがあまりかからず、しかも効果の実証されている方法なのだ。
自分だけでなく、メンバーの異なる側面を目にとめる。リーダーは、自分のことばかりを語りすぎてはならない。部下の複雑な能力や視点にも関心を示すべきだ。「あなた自身について語ってください」と水を向けることほど、その相手のエネルギーを引き出すうえで効果的な方法はないだろう。あるアンケート回答者の言葉を借りれば、リーダーが部下への関心を示せば、「士気の向上」「集中力の改善」「意欲の増進」など、数え切れないほど多くの恩恵が期待できる。
コントロールすることばかりを重んじず、学習と成長に光を当てる。エネルギーを増幅させるリーダーは、実験することやコントロールを失うことを恐れない。むしろ、メンバーが各自の強みを活かして、チームの戦略上の目標に対して独自の価値ある貢献をするよう後押しする。また、たとえ目標を達成できなかったメンバーがいても、それを失敗とは見なさない。スキルとビジネス感覚を育むチャンスと位置づける。
加えて、このようなリーダーは、マイクロマネジメントを行わない。メンバーが最善を尽くして、自分を改善し、成果を上げると信じているからだ。とはいっても、メンバーを暗闇の中に放り出すようなことはしない。課題を乗り切るための導きを必要としているメンバーには、そうした導きを与える。
そのようなリーダーの一人が、グーグルでクリエイティブワーク担当ディレクターを務めているアビゲイル・ポズナーだ。ポズナー率いるチームがクライアント企業の広告キャンペーンのた
ポズナーは、違いを評価できる人物として知られていた。そのような姿勢を持っていたために、映画制作の経験を持つメンバーがチームに関わり、チームの提案内容に基づくユーチューブ用動画広告の試作品を作成した。それに続いて、元ジャーナリストのメンバーが営業素材を作成した。こうした多様な人材の能力を組み合わせることにより、ポズナーのチームは、それまでよりもクライアント企業の心の琴線に触れる形で、提案内容を示せるようになった。すると、顧客価値が高まり、売上げが増加し、チームのエネルギーも高まった。
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より賢明にコラボレーションを実践するためには、エネルギーの注入が欠かせない。コラボレーションが行われているチームのリーダーは、メンバーのエネルギーを適切な方向に向け、エネルギーを生み出し、エネルギーを増幅させることを通じて、より強力な成果を上げ、より迅速にイノベーションを成し遂げ、従業員のエンゲージメントをより向上させる道を開いている。
コロナ禍や不確実な経済環境、そして不安定な地政学的情勢がもたらした最近の混乱から見えてきたのは、エネルギーが落ち込んでいたり、完全に欠如していたりすると、ビジネスの成長が脅かされかねないということだ。不確実な状況が続く中で、ポジティブなエネルギーは、もはや「あるに越したことはないもの」と片づけることはできない。「欠くことのできないもの」と位置づけるべきだ。チームが重要課題に集中し、イノベーションを成し遂げ、その結果としてビジネスを成長させるために、欠かせない要素なのである。