「企業の歴史」の何を語るかで、競争力は変化する – 経営学の最前線を訪ねて

ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、11万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさや面白さであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、そこで得られた最前線の知見を紹介する。連載第7回では、東北大学の酒井健氏に登場いただく。前編では酒井氏が現在取り組まれている「過去の利用」という研究分野や、企業の歴史が競争優位につながる理由について、入山氏が迫る。(構成:加藤年男)

世界的な学術誌で評価された研究

入山:酒井先生は経営組織論と経営史がご専門です。これまで書かれてきた論文の中でも、2019年に発表された単著論文は、海外の経営史分野のトップ学術誌『ビジネスヒストリー(Business History)』に掲載されています。これは本当にすごいことです!

 まず、このご研究について教えてもらえますか。

酒井 健(さかい・けん)
東北大学大学院 経済学研究科 准教授
早稲田大学法学部卒業、一般企業在籍中の2012年に一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。企業退職後、2015年に一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了、博士(商学)取得。2019年より現職。2020年に経営史学会出版文化社賞(本賞)、2021年に第37回組織学会高宮賞(論文部門)を受賞。Business Historyなど国際学術誌に論文を発表している。2022年6月発行の『組織科学』 では、特集「経営・組織論研究における歴史的転回」の責任編集を務める。

酒井:この論文では、技術という企業のリソースが、歴史のなかでどのように構築され、成長を促してきたのかを探求しました。

研究対象にしたのは、栃木県にある、医療機器を製造するマニーという会社です。手術用縫合針の製造からスタートした同社は、創業時は馬小屋を工場にしていた零細企業でした。けれども、現在は主要製品で世界トップクラスの市場シェアを誇っています。

マニーの成長の背景にあるのがステンレスの加工技術でした。従来は鉄製で、錆びやすかった縫合針のステンレス化に、同社は世界で初めて成功したんです。ステンレスの線材を硬くし、超微細加工することは、当時、非常に難しい技術でした。その技術によって生まれたステンレス縫合針は、マニーに競争優位をもたらします。

この加工技術がどのように構築され、どのように同社の成長に繋がったのかを、長期的な時間軸で研究しました。

入山:興味深いですね。マニーが成功した裏側には、どのような要因があったのでしょう。

酒井:経営者が、当時の「常識」に反した高い技術目標を掲げ続け、その目標にキャッチアップすべく、絶え間なくトライ&エラーを重ね、技術を蓄積したことが大きいです。

技術目標が達成されると、また新たな「反常識」の技術目標が経営者から掲げられる。そのようにして技術目標と現状の間に不均衡を作りだし、それを埋める努力を続ける。その繰り返しが重要な成功要因だったと言えます。

しかし、高い技術力によって生まれた製品は、コストや品質面で優れていても、常に問題なく普及するとは限りません。普及する背後には様々な社会的要因の後押しが存在することが多いのです。この論文では、マニーの製品が市場に浸透した背景を、医療政策や、看護師の役割・地位の変化といった社会的要因にまで踏み込んで分析しています。

入山:この論文は、学問的にどのような点が評価されたと思われますか。

酒井:『ビジネスヒストリー』は、経営理論の発展というよりも、世界的に重要な産業や、注目すべき企業の歴史理解に貢献することを、特に重視する学術誌です。経営理論は、産業や企業の歴史を解読するレンズとして使用されるのです。もちろん歴史研究の結果として、経営理論が見直される「可能性」が示されることもあり、それはそれで重要な貢献になるのですが、それ以上に、経営の世界で注目されるべき歴史に関する、豊かな理解が重視されるわけです。

医療機器は世界的に重要な産業で、それに関する歴史的研究は多数存在します。けれども、その分析対象の大半は大企業です。中小企業の分析も存在しましたが、経営者の主体的行為を中心とする内的駆動力に着目して成長を分析した研究は、ほとんど見当たりませんでした。

それに対して私の論文では、大企業の陰で成長を遂げ、医療機器産業に一定のインパクトを与えてきた中小企業の超長期の成長を、内的駆動力を中心に分析したことが大きなポイントだったのかと思います。

理論的な側面では、経営戦略論のリソース・ベースト・ビュー(RBV)を歴史的視点から捉え直す意義を提示したことは、評価された点ではないかと思います。この論文では、リソースの構築を数か月や数年といった期間で捉えるのではなく、世代を超えた長い時間のなかで研ぎ澄まし、競争優位の源泉へと発展させていく過程を分析しています。

https://dhbr.diamond.jp/articles/-/8745

Leave a Reply